お話って、世の中にはいっぱいあると思う。
嫌われ松子の一生を読んだ。
松子みたいな人は、いろんなシンパって言われてるお話で出てくるのかもしれない。
読んだ事ないけど。

実際に、松子みたいな、似たような人はたくさんいたのかもしれない。

リアルな話。ノンフィクション。

ドキュメンタリーの会社で半年アルバイトをしたとき、「どこかにいい企画がないか?」とアンテナを立てている人を見て、いろんな人に寄生している悪い虫みたいな気がして、これはやりたくないと思った。

でも、感動したりもする。

世の中を生きている、いろんな人生の物語。

それを誰かに伝えたいと思っている人は、やっぱりいるのかもしれない。

親とか、恋人とか、死んだ人なのかもしれない、特定の誰かに伝えたい人もいれば、
とにかく世の中に伝えたいと思っている人もいると思う。

それを聞き、その伝えたい人に、伝える事は、すばらしく有意義な気持ちになれる事なのかもしれない。
僕はなぜか、小説や、映画の中で女性の転落人生に触れるのが好きである。
伝わりにくいが、数少ない、僕が夢中になれる事なのかもしれないと思っている。

なぜなのか、分からない。
考えよう。と思って書いた。
幸せを感じる時には、もう誰もいない。

ないものねだりは止められない。

誰もいないから、思い出す。

分かりたいから、知りたいから、

分かってしまったら、知ってしまったら、

あなたとはそこでお別れです。

誰もいないから思い出す。

幸せな気分は、いつも一人で、頭の中。

そういう感じがきっと好き。


人のつながりに憧れる。でもわずらわしくて、嫌になったりもするから、元気がいるよな。

向上心のない人は、生きる事に向いていないって、誰かにいわれそうです。


母親に関する事が、感動を呼ぶのはどうしてだろう。

考えた。

やめた。

だれかかまってくれないかなぁ。

もう、目標ない。

なんやねん。

なんにもなりたくない。

こんなこと、誰かに言ってもしょうがない。

でも、かまってもらいたい。

人を傷つけても、かまわない。

最低や。