第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住


野次(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。


9

 夕暮れどきの新地のはずれは、街灯もなく、遠くに見える灯りだけが人の住んでいることを思いださせるほど、寂しい場所だ。

 野次は馬車の中で、相棒に携帯電話で状況を確認していた。
「どんな状況だい」
「そうね、県会議員Xが女学生と旅館に入るところをキャッチ。写真もゲット。メールで送るよ。ヨロシクどうぞ」
「了解。では後ほど」
 しばらくすると、相棒の北川からメールが送られてきた。メールに添付された画像には、人力車から降り立つ二人づれが写っている。ひとりは壮年のおやじで、帽子と口ひげとめがねとベージュ色のスーツを着ている。もうひとりは若い女性で、紫の袴姿だ。器量はさほどでないが、まあまあ可愛い部類にはいるかな?
 依頼元に明日はほどよい返事ができるので、野次はほくほくしていた。浮気調査にしては、今回の報酬は大きい。ボーナスとして北川と分けよう。
 それにしても、今まで、まともな探偵らしい依頼というのがなかった。野次はつくづくと回想した。浮気調査がほとんど、素行調査、あとは犬の捜索だ。行方不明の犬を探せなんて、まあ、報酬はいいのだけれども。探偵社Y&Kを設立して、はや、五年。探偵らしい探偵の仕事が舞いこむことはなかった。
 密偵の仕事に飽き飽きして内務省を辞め、独立したのだが。明治政府のお庭番だとしたら、明治維新以来、江戸時代と変わりがない。変わったのは、袴からズボンに変わっただけだ。やってることは、地方の各藩を探索し、情報を集め、報告するだけだ。言葉がわかりづらい北端とか南端だと、なかなか現地人の話がわからない。
 探偵らしい仕事、それは捜査だ。窃盗、殺人など、ご法度に関わる事件の捜査をすることなのだ。
 野次はシャーロックホームズが実在の人物だと思っている。ホームズの翻訳はすべて揃え、座右の書だった。探偵社を開いたのも、ホームズに憧れてのことで、パイプとハンティング、フロックコートを取り寄せ、毎日、パンとコーヒーとゆで卵の朝食は欠かせなかった。ステッキを持ち、どうみても目立つことがわかるので、仕事のときには、目立たない忍者風、黒装束に身を固める。それもまた、目立つのではあるが。

 依頼人の男は短髪に髭、下駄履き、浴衣姿で馬車に乗り込んできた。
「こんな寂しいところで、君は怖くないかね」
「え?いや、慣れてますので。いつも人気のない場所がわたしらの仕事なんですよ」
「ほお、そうかね。いつもたいていはひとりで?」
「はあ、そうです。人数は少ないほうが目立ちませんから」
「なるほどね。ところで仕事の頼みなんだがね...」

 依頼人は着手金を野次に渡すと、馬車を降りていった。くれぐれも頼むよと二回ほど振り向きながら、人力車に乗り込むと闇の中へ吸い込まれていった。

 野次にとって、嬉しい話だ。今回は窃盗犯の捜査だとわかると、笑顔になりそうなのをこらえて、南方の話を聞くのだった。もしかすると、N県への出張もありうるそうだ。まあ、出張は内務省時代さんざんっぱらやったので、どうってことはないが、このところどこへも旅行してなかったので、それもまた、いい気晴らしになりそうだった。
 ちょっと気になったのが、「大根」というところが、なんか今ひとつなのだ。ホームズの手がける事件には、大根泥棒があったかどうか、思い出せなかった。しかし、ホームズ先生は事件のえり好みなどしなかった。

 あの南方という依頼人の服装、風貌からすると、その筋の元締めか密貿易の顔役かなにかだと、野次は推理した。金払いもよかったのもそうだ。
 
 野次は北川に連絡し、事件だ、と告げると馬車を走らせた。


10

 柳田は柊源蔵からの話を聞いて、内心アセリが出てきた。もうブログを数日以上、更新していなかった。このまま、山人の証拠が出てこず、立ち消えになったらどうしたらよいのだ。源蔵にさらに調査費を渡し、何か変化があったときだけ知らせてくれるよう頼んでおいた。源蔵は平身低頭、何か訳のわかりにくい態度で、照れたように去っていった。
 
 南方先生からはメールで大量の情報が来ていた。
 
 世間は注目しているのだ。どうしたらいいのだろう。

 柳田は散歩に出ることにした。初夏の風が吹く、夕暮れに近い森を歩いた。近くの小川を歩くと、子供らが釣りをしていた。遠くでカラスの声がしていた。
 こどもの頃のことを思い出してきた。こどもの頃は、おとなが気づかないことに気づいたものだった。責任もなく、自由でのんびりした日々を送っていた。
 しかし、今はもうこどもではなく、おとななのだ。
 
 そのとき、柳田の傍を、四頭立ての馬車が通りすぎた。幌を立てた馬車に、十数人の男女が乗っていた。乗客がみな、柳田に笑顔を向け、手を振った。この自分の知り合い?、それともファン?
 だが、乗客の服装は着物もあれば、洋服もあり、みな垢抜けた感じだった。馬車の奥から、口ひげの男が現れ、シルクハットをとりながら、柳田にお辞儀し、こんど、公演にきました何々一座でございます。どうかご贔屓に、といいながら、全員、お辞儀をして、遠ざかっていった。

 柳田には、あるおぼろげな考えが渦巻いたが、まだはっきりした形にはなっていなかった。

 そうだ、田山先輩に聞いてみよう。

 柳田は、散歩に出たときとは、うって変わり、足取り軽く帰路へもどるのだった。

(つづく)