最近、X(旧Twitter)やニュースでよく目にする話題に、J.K.ローリング(JK Rowling)とハリー・ポッター映画の主人公3人(ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント)の確執があります。きっかけは2020年頃から続いているトランスジェンダー権利をめぐる対立です。

私はこの一件をきっかけに、ローリングの主張を改めて調べてみました。そして、率直に彼女に賛同する立場になりました。理由はシンプルです。この世界に存在するのは、男と女の二つの性だけだからです。確執の概要ローリングは一貫して「生物学的性(sex)は現実であり、女性の権利・安全・公平性を守るために重要」と主張しています。特に、スポーツ、刑務所、女性専用スペース、子供への医療介入などの場面で、性自認(gender identity)だけで男性を女性カテゴリに入れる政策に反対の声を上げ続けています。これに対し、ハリー・ポッターの3人は公に「Trans women are women(トランス女性は女性)」という立場を表明し、ローリングの意見を批判しました。
  • ダニエル・ラドクリフはLGBTQ支援団体向けに声明を出し、
  • エマ・ワトソンは「トランスの人々は自分が言う通りの存在」とツイート、
  • ルパート・グリントも「意見は同意しない」と距離を置きました。
ローリングはこれを「自分の作品で有名になった俳優たちが、恩を仇で返すような批判」と受け止め、近年もXで痛烈に反論しています。2024年のCass Review(英国のジェンダー医療に関する独立レビュー)で彼女の懸念が一部裏付けられた後も、溝は埋まっていません。核心は「スキルの差」ではない「男女で身体能力やスキルの平均差があるから」という話だけではありません。
もっと根本的な話です。
人間の性は、出生時(正確には受精時)にXX(女)かXY(男)の染色体によって決まります。これが生物学的・生理的な二元性を生み出しています。性分化異常(いわゆるインターセックス)のケースは極めて稀(真の曖昧ケースは0.018%程度)で、それを理由に「性はスペクトラムだ」と一般化するのは、科学的事実を曲げた解釈です。99.98%以上の地球人は、明確に男か女として生まれてきます。
それを「細かく解釈を割り振って」無限のジェンダーカテゴリにしようとする動きこそが、現実を無視したイデオロギーだと感じます。
ローリングが守ろうとしているのは、生物学的女性のための「女性」というカテゴリです。
平均的な筋力差、骨格差、肺活量差などが、女性スポーツの公平性や、刑務所・シェルターの安全に直結するからです。
私の率直な感想男と女しかいないだろ、この世界。
少なくとも、地球上の人間に関してはこれが生物学的現実です。
性自認は個人の気持ちとして尊重できますが、それを法や政策やスポーツのルールで生物学的性に優先させるのは、行き過ぎだと思います。子供に不可逆的な治療を急がせることへの懸念も、無視できません。ローリングは「トランスの人々を憎んでいるわけではない。ただ、現実を無視した政策に反対しているだけ」と繰り返しています。私も全く同じ気持ちです。最後にこの話題は感情的になりやすく、反対意見を「トランスフォビア」とレッテル貼りされることも多いですが、科学的事実と女性の権利を守るための議論は、しっかり行われるべきです。Cass Review以降、世界的に「生物学的現実を直視しよう」という動きが少しずつ強まっています。日本でも、同じように現実を見据えた冷静な議論が増えてほしいと思います。あなたはどう思いますか?
コメントで意見を聞かせていただけると嬉しいです。