少し前になりますが、
withtheangelsの茅湖弥さんがアカデミー賞授賞式での出来事についての記事をご紹介くださり
考える機会をいただきました。
最近もそのことについての記事を目にする機会があり、記事を読み返し振り返りました。
奥様の脱毛症という病気による症状を聴衆の面前で揶揄されたウ〇ル・ス〇スさんが
司会のコメディアンの方を舞台上で叩いたことで、暴力という部分のみがクローズアップされる記事が多いように感じます。
確かに暴力行為は良くないと思いますが
ですが今回の出来事はそれだけではかたずけられないことだと思います。
奥様の気持ちになりきることはできませんが、
あのような場で自分にはどうしようもない病気のことを揶揄される必要はなかったし、
いわれのないジョークにさらされたことで大きな心身の苦痛をうけたと思います。
それは傍にいたウ〇ル・ス〇スさんも同じ、家族として見逃せないほど苦痛であり
叩くという行動をするしかないほどの揶揄の内容だったと思います。
司会者のコメディアンが人の痛みを考えずにすべきでないことをジョークにしたことが
いわれのない苦しみや暴力行為を発生させ、次々と問題が起こりました。
その後の記事でもウ〇ル・ス〇スさんの処分のことは書かれていますが、
司会者の方には何の問題もなかったかのような扱いが多いと感じます。
今回のことが黒人の方同士が起こしたことであり、
黒人の方たちが長年かかって築いてきたアメリカの社会での立場とアカデミー賞での立場を
後退させた、というような記事も掲載されていました。
たった一つ、いうべきでなかったジョークによってこんなにも大きい、
歴史にまで影響する問題に発展したことを改めて感じました。
以前から茅湖弥さんに「問題の発生源にならないこと」を教えていただいていました。
「このくらいいいだろう」
「(人は許さないのに)自分は許されるはず」
「都合が悪いことは考えない、しない、なかったことにする」
と甘く考えて先の予測もせずに日々生活し、仕事をしていれば問題を発生させることにしかならない、(すでに問題を起こし続けている)
それが何につながっているのかをもっともっと視野広く考えて行動していかなければならないと思いました。
茅湖弥さん
考える機会をいただきましてありがとうございました。
