「もう会えない」

寂しい……。

楽しかった日のこと、何気ない出来事が次々と思い出されます。そのとき感じた喜怒哀楽が、今ここにある心を揺さぶります。すると、別れの事実はますますはっきりと浮かび上がります。

あぁ、やっぱり悲しいね……。



大切なものが自分から離れて二度と戻らない。

その痛みを知ると、失うことが怖くなります。「こうであってほしい」が叶わない。そういうことを考えるのはつらすぎて、現実から目を背けたくなる。

でも、失うことができるのは、自分がそれを持っているから。何も持っていなければ、失うことも悲しむこともありません。

そんなこと言われても、こんなにつらいなら何もいらないと叫びたい。大切なものを失うのは本当につらいことだから。

それでも現実から少し距離を置いて見てみると、何かを大切にできることは素晴らしいことじゃないかと思うのです。誰かを大切にすることは、自分を大切にすることでもある。やっぱりそれは素晴らしい。悲しいことだけれど、そう感じるあなたは美しい。

痛みを知ってはじめて、それが大切だったと気づく。そして、後悔する。それは心の傷となって、いつまでもあなたを苦しめるかもしれません。

でも、相手に向き直って「ごめんね」「ありがとう」と心から思える瞬間、それはやっぱり美しい。

こういった感情は、悲しみとともにじっくり味わうべきものなのではないでしょうか。自分を責めるためではなく、自分を大切にするために。



別れのつらさ。
大切な人を失ったときの悲しみ。

私にとってこれは不思議の対象です。

なぜ別れは悲しいのでしょうね。


どんなに素晴らしい言葉を授かったとしても、今、嘆き悲しんでいる人の心は簡単に癒えないでしょう。だから私は「つらいよね」としか言えません。いや、それさえも適切ではないかもしれません。

でも、忘れてはいけないことがあります。人は死ぬという前提です。今の状態がずっと続くわけじゃない。命あるものは変化し続ける。だからこそ、出会いや別れがある。

当たり前のことが当たり前に起こっただけ。ついつい忘れてしまいますが、そうなんですよね。

それでもやっぱり悲しい。涙がこぼれる。

それこそが人間の素晴らしさなのかなと思います。

なぜだかわからないけれど、人や世界は存在している。それってすごい。「失うことが悲しい」ではなくて、存在して同じ時を共有できたことがすごい。一期一会ってこういうことなのかな。

だから、自分を責める必要なんてない。後悔は、これからの生き方をよりよくするためのものなのだ。