海外生活を始めたきっかけについて、過去を思い出しながら書いているのですが、強烈に印象に残っている出来事なのに文章にしようと思うとなかなか難しいものですね。ただ、これまであったことを振り返りながら思うことは、何か次のステップへ踏み出そうとする時には、必然とも思えるような出会いや、手を差し伸べてくださる方々がいてくださったこと。そういった不思議な出会いの数々によって、私は今ここにいるのだなぁ~と思わされます。今回も、そんな話です。前回の最後に、私がアメリカへ行こうと考えていたことを書きましたが、イギリスの間違いじゃないの?と思われた方もいらっしゃることでしょう。海外へ語学留学することを考えた当初、なぜか行き先はアメリカ!と思っていたのです。きっと、よく出入りしていたJAZZクラブで会った人たちのほとんどがボストンやNYへ留学されていたからかもしれませんし、私自身がアメリカへは何度か行ったことがあったものの、イギリスなどのヨーロッパの国には一度も行ったことがなかったので、選択肢として思い浮かばなかったのだと思います。その頃はレギュラーで仕事をさせていただいていた番組もありましたし、部屋も借りていましたので、すぐに何もかもを置いて飛び出す訳にはいかず。カナダに行ったお姉さんの影響で海外留学したいと思ったのは2002年の秋頃でしたが、私が本格的に留学の準備を始めたのは2003年に入ってからのこと。2003年3月末で仕事に一区切りつけ、その後、数ヶ月ほど日本を離れることにしました。今でしたら、インターネットで世界中の留学先が検索できますが、2003年の初め頃にそれが出来たのかどうか?!そういったことに疎かった私は、留学に関しての段取りが全く分からず・・・その時に私の頭に浮かんだのが、非常に交友関係が広く、外国人のお友達も多い知人の顔。すぐにその人に相談しました。すると、「自分の母校に留学を斡旋してくれるセンターがあり、そこに知り合いの女性がいる」と言ってすぐに紹介してくださり、そのセンターを訪ねることに。神戸の裕福な家庭のご令息・ご令嬢が通う学校のセンターでしたので、留学先リストにある学校は、そのセンターが自信を持って生徒を送り出せるところのみ。そうお聞きしていたので、これは何かのご縁と思い、知人から紹介されたそのセンターの女性にすべてお任せすることにしました。留学先の候補はアメリカ、と言った私に薦めてくださったのがサンディエゴにある学校。「これまで忙しく仕事をしてこられたようですから、リラックスしながら勉強できる場所として、とても良い環境だと思いますよ」とおっしゃったその学校は、ビーチからすぐという絶好のロケーション。レジデンスはオートロックの一人部屋で最上階にジムが完備されている上に、ジャグジーまで。もう、私の頭の中は、海辺での優雅な海外留学生活のイメージが膨らみ、すっかりそのサンディエゴの学校へ行く気になっていました。それからしばらく経って、手続きをする段階になった直前。以前からよく司会の仕事をさせていただいていた会社のトップに、アメリカへ短期留学するために今の仕事から一旦離れることを打ち明けると「アメリカ?どうしてイギリスじゃないの?」という言葉が。その方は、イベント関連の仕事で頻繁にヨーロッパへ行かれているらしく、イギリスの歴史と文化、クィーンズイングリッシュなどなど、イギリスの魅力がありありと目に浮かぶような話を聞かせてくださり、「イギリスだと、フランスにも近いし、魅力的なヨーロッパの国々に簡単に行けるよ」と。そして、アメリカのサンディエゴに行こうと考えていたと言うと「サンディエゴには海軍基地があるよね。今、アメリカがイラクへ侵攻して戦争が始まったけど・・・」と、ちょうどその頃に始まったイラク戦争の話をされたのです。それまで、留学先の選択肢として考えもしなかったイギリス。イギリスの魅力をよく知る人物から手続き直前に話を聴く機会があったことで、突如、私の留学先はアメリカからイギリスへと変わったのです。ランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
麗しく生きるために~フランスでしていること・思うこと
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