MIRAIの傘

MIRAIの傘

涙の雨から彼方を守れますように。

この先何があっても。
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長年ミュージカルをやってるV6の坂本さん。
そして長年V6ファンをやってる私。
でも彼のミュージカルを観たのは昨日が初めてでした。
森山未來のヘドウィグ以来の衝撃を受けた初体験でした。
ミュージカル界ではマサさんと呼ばれ一目置かれる存在の坂本さん。
でも「V6の坂本くん(以下まぁくんと呼びます)」しか知らない私は「マサさんwwwww」と常々草を生やしておりました。バイラバイラ。(ゾロザミュージカル参照)
だって!メンバーにもネタにされてるし!映画とかドラマ出たってまぁくんの演技全部オーバーでミュージカルっぽくて笑っちゃうんだもん!

でも昨日「MURDER for two」を観たら心の底から謝りたくなりました。
歌がうまいことはもちろん知っていましたし、彼がミュージカルという場所でメキメキと実力を付け遺憾なく発揮していることも知らなかったわけではありません。現にソロコンサートが決まった時なんてすごーい!よかったね!と思ってFBにも投稿もしてますし。
でも心のどこかで信じてなかったんすよ…歌が上手いとはいえ、=彼のミュージカル作品の人気ってことには私の中では繋がらなかったんですよ。
FCでもチケットがなかなか取れない、一般なんて尚更無理で、当日券は戦場化してるって現状があっても、いや本当かよ…ってどこかで思ってました。
つまり私はまぁくんの歌唱力には絶大なる信頼を置いていましたが、お芝居にだいぶ不信感を抱いていたってことです(笑)

それがどうでしょうか。
昨日ステージに立っていたまぁくんはたった1人で爺さん婆さんおっさんおばはんバレリーナ若い女の子八戸の消防士少年3人組を見事に演じ分けていたのです。
いやいやいやいやいや…
もうびっくりした。
しかもそれぞれの声で演技しながら歌いながらピアノも弾いてたんですよ!?バカじゃねぇの!?!?ごめん間違えた天才すぎるわなんなの!!!!!
ピアノなんてもともと弾ける人じゃなかったはずなんですよこの公演のためにどんだけ頑張ったのこの人…ヤバイん。
あなたそんな顔すんの?そんな声出んの!?声帯おばさんなのか?爺さんなのか!?そんな動きまで出来んのかよオイオイオイオイ待て待て「V6のまぁくん」は「坂本昌行」の100%で、ミュージカルのまぁくんはもはや160%の坂本昌行なんじゃねぇの!?って思いました。まぁくんの坂本くんの坂本さん部分が正しくマサさんなのであろうと思ってやっと理解できた気がして心がバイラバイラでした。

(支離滅裂)

これはチケット取れないわ。みんな観たいに決まってるわこんなん!
マサさん疑ってごめんなさい紛れもないミュージカルスターでしたあなたは。大好き。
ストーリーもとても面白かったし相当笑わせてもらいました。
でも今はマサさんの素晴らしさに圧倒されてなんかもう。なんかもう。

最後に、今回見事にチケット当ててくれたどんちゃん本当にありがとうございました。
最高の席でした。
近すぎて震えました。
また一緒にマサさんのミュージカル観に行きましょう。

今日はV6のDVDでいつものまぁくんでも見ようかと思います。
Question:
ダンスとは、演劇とはなにか。

Answer:
森山未來。



以下の長文は森山未來への遠回しなラブレターである。




2015年11月21日の13時から14時半までの間、私が見ていたものは一体なんだったのか。
死刑執行中脱獄進行中。
http://ssds-st.com/
森山未來の"舞台"だったことに間違いはないのだろうけど。
観劇中も観劇後も、ひたすら戸惑い続けた舞台は初めてだった。
今まで舞台作品は生でもDVDでもある程度数は見て来た。
それでも初めての感覚だったし、正直に言えば訳が分からなかった。
私が原作を知らなかったからか、説明台詞が全くなかったからか、まさか森山未來のことが嫌いになってしまったからなのか。

んなわけあるかいな。

開演してわりと早い段階で、これは"演劇"なのか"ダンス"なのかを考えてしまったことがまずよろしくなかったのだと思う。
そこで壁にぶち当たって、終始頭の上にハテナが浮かんでしまっていたのだろう。
だけど誤解しないでほしい。
決してつまらなかったわけではない。
観終わってから3日が経とうとしている今でも、生々しく記憶に残っている劇中の光景。
場面一つ一つを思い出してその"イミ"を考えるも、ハッキリとした答えは出てこない。
"映像"や"画"は鮮明に浮かんでくるのに、それを説明しようとした途端にぼやけてくる。
面白い。
実に面白い(笑)
この舞台にだって"ストーリー"があって、それは当然言葉で表現されているはず。
しかしそれを台詞にしてしまえば簡単なものを、ほぼ全て身体の動きに変換している。
苦労して変換したそれを、私がわざわざもう一度言葉に戻す必要もないということか。
ストーリーを詳しく知りたければもはや原作を読めばいい。
この舞台では全体の"流れ"を見て、"音"を聴いて、なんとなく"そういうことか…?"と思うくらいでいいのではなかろうか。(勝手な解釈なので他の未來ファンに怒られるかもしれないが)
ただ、表現方法が今まで見て来た"舞台"と似ても似つかないもので、どう受け止めたらいいのかさっぱりわからなかったわけだ。
どうにか既存のものに当てはめようとして、真っ先にこれは演劇か?ダンスか?と考えてしまった。
演劇のような気がする。だけどこの動きはなんなんだ?一体彼は、彼らは何を表現しているのだろう。
私の抱いた感想が"訳が分からない"だったのは、ビジュアルで全てを伝えようとしたこの作品に、言葉による説明を求めてしまったからであって、つまらないと感じたわけではない。
理解するのが難しかっただけで、面白くなかったわけではない。

決してない。

でも。

もしも、森山未來がイスラエルからの帰国後上演した3つほどの作品を私が見ていたら、今回の舞台もすんなり受け入れられたのかもしれない。
ウォールフラワー、談ス、駆け込み訴え。
全て日本国内で見れたものなのに。悔しい。

未來さんって私のことなど振り返らずにどんどん先へ進んでいくんだな(笑)
そしてとてつもなく大きくて重いものを、ほらよ!とぶん投げてくることがあるんだな。
『死刑執行中脱獄進行中』を受け入れるのに時間がかかっているのは、イスラエルから未來さんが持ってきたお土産があまりにも大きくて、私の中に上手く収まってくれないからで、きっとこれから談ス等他の作品を観ていくうちに、それがすっぽりと入るほどのスペースが出来ていくのではないかと思う。
ツイッターでも話したけど、こんな書いたことないような感想を書いているのも、未來の伝えたかったことをちょっとずつ理解してきているからだと思いたい。

そして結局。
この作品は演劇だったのかダンスだったのか。

森山未來は自分のことを俳優ともダンサーとも言わない。
いつかあさイチで井ノ原さんが言っていた、
「マイケルジャクソンって、マイケルジャクソンとしか言いようがない」
みたいに、森山未來も森山未來としか言いようがないのか。
森山未來を俳優もしくはダンサーだと決めつけているのは私たちで、演劇だダンスだと決めつけてしまっているのも私たち。
世間一般的に、演劇とダンスなんて全然違うだろwwwwwwという意見も間違いではないはず(私もそうだし)。
未來だって多くの人が持つその境界線を知らないわけではないし、否定しているわけでもきっとない。
だけど未來が何かを表現する上では、ダンスも演劇も同じようなものなのだろうと思う。
彼は私たちにはないその感覚を、今回の作品で伝えたかったのだろう、か。

ダンスとは、演劇とは。
全くの別物であると言い切れるような気がするけど、いざ説明しろと言われると困る。
喋らなければダンスなのか?
音に合わせて手足を動かさなければ演劇なのか?
当たり前のように引いていたダンスと演劇との境界線が、なんだか曖昧になって来た。
未來自身はきっと自然な流れで境界線をなくすことができているのだろう。
だとすれば、未來の作品を見ていくうちに、私の中の境界線も自然に消える瞬間というものが訪れるのかもしれない。
まだまだ演劇とダンスとが溶け合いひとつになる感覚を、完全に理解しきれてはいない。
だから、これからも私は森山未來の作品を観続けていきたい。

しばらくは『死刑執行中脱獄進行中』の最後の場面を思い出しながら、次の作品を待ちたいと思う。



……

………

…………

……………

………………

”音楽”が鳴り響く。
彼らが踊っている。
いつしか彼一人になる。
”音楽”が消える。
無音の中彼が再び踊り出す。
ステージ上に存在するのは彼一人のみ。
彼が踊り続ける。
照明が消えていく。
何もなくなったかのような空間の中で、彼の呼吸と、床と身体の擦れる音だけが聴こえる。

音楽はない。
台詞はない。
光はない。

彼は踊り続けている。

以下、長い長いラブレターです。




V6ファンになって今年で10年が経ちました。
やっと胸を張って10年と言えるようになりました。
今年20周年を迎える彼らの活動の半分を、見守り応援し続けてきました。
V6という存在をいつ知ったのか今となっては思い出せません。
今やV6は私の中で本当に特別な存在であるにも関わらず。
だけど確かに覚えているのは、6歳の時から「伊東家の食卓」を観ていたこと。
そして、その中にいた“健ちゃん”が大好きだったこと。

中1の頃の私は、見栄を張って6歳の時からV6ファンだなんて言っていたような気がします。
でも、6ちゃいの私は“健ちゃん”のことは知っていても“V6”のことは知らなかったはず。
“健ちゃん”に6人の仲間がいることを知ったのは恐らく小学校に上がった頃、「学校へ行こう!」を観はじめてからでした。
その頃も確かに面白くてかっこいい6人組のことが“好き”ではありましたが、他にも沢山ある“好き”の中のひとつに過ぎませんでした。
そもそも坂本くんとイノッチに限っては下の名前を知らず、ウルトラマンティガも観ていなかったので長野くんのこともよく知らず、とにかくトニセンには興味がなかったように思います(ごめん)。
更にあろうことか剛くんのことはあまり好きではなく(ごめん)、岡田くんについては番組でおデコをよくいじられていたのを楽しんで観ていたことしか覚えていません(ごめん)。
とにかく私がファンであったと言えるのは健ちゃんだけ。
もちろん小学生だったので、CDを買えるほどのお小遣いは持っていませんでしたし、コンサートなんてものも行けるわけがありません。むしろ行こうとも思わなかったと思います。
ファンらしいことは何一つしていませんでした。


だとすると一体いつから私の中で“V6”の存在が、多くの“好き”の中の一つではなく、“特別”なものになったのでしょう。


キッカケは覚えています。
2005年1月に見た“プールに落ちる岡田准一”です。
映画「tokyo tower」の予告映像でした。
それを共に観ていた母の「岡田くんは演技の方で頑張ってるんだね」という一言。
岡田くん…あ、V6の岡田くんか。
ピンと来るのに時間を要したのも無理はありません。
その頃の私は森山未來大好き人間になっており、健ちゃんへの想いは薄れ「学校へ行こう!」や「伊東家の食卓」もあまり見ていなかったのです。
しかしその予告映像を観てからというもの、どうにも“岡田くん”のことが気になって気になって仕方がなくなり、新聞のテレビ欄で出演ドラマやバラエティ番組をチェックし、出演作のDVDを借りまくり、「学校へ行こう!」もまた観始め、「VVV6東京VシュランⅡ」も録画して観るようになると、完全に岡田くんに惚れ込んでしまい、メンバー全員のフルネームも漢字で完璧に覚えました。
CDもあっという間に(レンタルで)コンプリートし、録音したカセットテープをまさに擦り切れるほど聴いていました。
のちにアルバムは数年かけて全て購入、シングルは未だ集め続けています。
こうして晴れてV6ファンとなった私は、友達との会話も専らV6のことばかりになりました。
中1から中3に至るまでは、休み時間も授業中も掃除中も部活中も、沢山の人を巻き込んだものです。
3年3組の女子みんなで「愛してるゲーム」(学校へ行こう!MAXより)をしたことなんかは特に忘れられません。
一緒に岡田くんやイノッチの映画を見に行ってくれた友達もいます。
一緒にカラオケに行けるほどにV6の曲を覚えてくれた友達もいます。
あまり話したこともないのに「私ランチの女王の森田好きだったよ!」と話しかけてくれた友達もいます。
V6のことだと良く喋るよね、と実は大人しい性格だった私のそんなとこに気付いてくれた友達もいます。
転校するときに「V6見るたびに(私の事)思い出すよ」と言ってくれた友達もいます。
素敵な友達に恵まれたことが一番だとは思いますが、もしV6ファンになっていなければあんなに楽しい中学校生活はきっと送れませんでした。
高校でも短大でも同じです。
みんなV6ファンである私をV6共々受け入れて仲良くしてくれました。
みんなありがとう。

だけど随分と迷惑もかけました。

V6の話ばかりする私をV6ヲタクだと言い避けるようになった友達もいました。
(全くその通りなんだけど当時は悲しかった)
岡田くんの映画を見るために部活をサボって先輩に怒られ泣きじゃくる私を慰めてくれた友達もいました。
(友達ありがとう、先輩ごめんなさい)
V6のことしか頭に無いがために部活に集中しておらず怒らせてしまった友達もいました。
(スマッシュでラケットを破壊する程の力を持つダブルスの相棒だった)
V6から離れて欲しくない思いを一方的に押し付けてしまった結果私から離れていった友達もいました。
(中学の3年間一番一緒にV6を追いかけてくれた友達だった)

もっともっとたくさんあると思います。
本当にごめんなさい。

最後に挙げた一件は、後悔も反省もしています。
しかし私は、V6を好きになってくれた人がV6から離れてしまうことを何よりも恐れているようです(笑)
少しでもそんな空気を感じれば、必死になって引き留めようとします。
10年経ってようやく「何に興味を持とうが飽きようがその人の自由」と割り切れるようになってきたものの、やはり力任せに引き寄せようとしてしまうのです。
だってV6を応援してくれる人が身近にいることが嬉しいんですもの!!!
今V6を追いかけてくれているそこのあなた。
どうかこれからもずっとV6を好きでいてください。
(言われなくてもずっと好きだわ!ってか)
昔私と一緒にV6を追いかけてくれたみんな。
私の事は思い出さなくて構わないので、時々TVでV6を見かけたら
「相変わらずかっこいいな。面白いな。かわいいな」
なんて思ってくれたら何よりも嬉しいです。

V6を好きになったおかげで、多くの友達に恵まれて、学校生活が楽しくなりました。
それだけでもV6の存在が特別であると言えると思います。
そしてV6が私に与えてくれるものは本当に計り知れないほど大きな愛みたいなもので(大げさのようでその通りなんです)、生きていく上で彼らの存在は酸素並みに大切であると思っています。
社会人になった今でも、V6が沢山の楽しみをくれるから頑張れます。
悲しいことがあっても、すぐに楽しいことがあると信じられます。
なにもない平凡な日でも、V6のおかげで笑顔になれます。
試合や試験や面接も、V6のために頑張る!といつも意気込んでいました。

ただ、V6はアイドルです。
アイドルって友達、先生、家族のように、こちらの投げかけに直接応えてくれる存在ではありません。
実際そんなの当たり前で、万人を元気づけてくれるが故に相思相愛とは成り難いのがアイドル。
私が一方的になるのはおかしいことではないし、特に寂しくも感じなかったので
気にしていなかったのですが。

今年、そんな当たり前がひっくり返る時がやってきました。

8月30日より始まったコンサート。
「V6 LIVE TOUR 2015 ‐SINCE 1995~ FOREVER‐」
(9月19日と20日に私も横浜アリーナ公演に参戦しました)
以下、各公演でイノッチが言っていた言葉をいい感じにまとめたものです。


『みなさんの毎日の生活の中に僕らがいて、それで少しでも生活が楽になるのなら僕たちも嬉しいです。
嫌なことがあったら全部僕のせいにしてください。
僕らに会っていない日も幸せでいてください。
今日僕らと会って笑顔になってくれて、僕らと会っていない日もこの日を思い出して、みなさんが笑顔になってくれることを願っています。』


また、より一層、V6の存在が私の中で特別なものになりました。
"私はこの人たちにずっとずっと助けられてきた"
そう思ってきた日々は決して勘違いなんかじゃなかったのです。
気にしていなかったとはいえ、やはりこちらの想いに相手が気づいてくれることほど喜ばしいことはありません。
井ノ原さんは、日常生活を送る私たちの幸せを願っていると言ってくれました。
私たちの生活の中にV6がいつもいることを、ちゃんとわかってくれているのです。
そして、私たちの幸せを心から願ってくれているその人がV6であることを、心の底から嬉しく思います。
アイドルのファンは一生の片想いだと言ってしまったことがありますが(切ないな)、V6とファンの関係ってそんなもんじゃなく、お互いしっかり繋がっているんだなと強く思いました。
私もV6の皆さんの幸せを心から願っています。
どうか私たちと会っていない日も笑顔でいてください。
幸せでいてください。
笑顔になれない日もどうか、コンサートでの素敵な時間を思い出して笑顔になってください。
それが私たちの幸せです。





V6ファンになって今年で10年が経ちました。
やっと胸を張って10年と言えるようになりました。
今年20周年を迎える彼らの活動の半分を、見守り応援し続けてきました。
V6という存在をいつ知ったのか、今となっては思い出せません。
だけどファンになってから10年のことを、こんな風に思い返すことは出来ます。
10年の間にいろんなことが起こり、いろんなことが変わっていきました。
だけどV6はずっと変わらずV6でいてくれました。
私の中で特別な、大切な存在のままでいてくれました。

6人は会って話の出来る家族や友達とは違うけれど
寂しい時も
悲しい時も
楽しい時も
嬉しい時も、
一緒に泣いて一緒に笑ってくれるような存在だと思っています。

これからもずっと何があってもついていくから、此処からいなくならないでください。

ずっとずっとV6でいてください。

10年間ありがとう。
これからもよろしくね。


2015年11月1日。
デビュー20周年おめでとう。


坂本くん、長野くん、イノッチ、剛くん、健ちゃん、准くん!


大好き!