14日に1ヶ月を迎えた次男くん。
週数も少し早めで、体重も減っていたこともあり、はじめは全く体重増えず。
退院のときに、ミルクは毎回60足して飲むだけ与えてくださいと言われるけど、
やっと40飲めるか飲めないか。
おっぱいも5分と加えてられない。

母乳外来に通ったり、頻回でおっぱいあげたりと、頑張った1ヶ月!
徐々におっぱいもミルクも飲めるようになりました。

そして、1ヶ月検診では…

2404g(退院時2202g)→3590g!

めっちゃ成長してましたー!!

このまま混合にしようか迷いましたが、ミルクやめて、完母でいきますっ

しかし、最近は本当に泣いてばかり。
ずーっと抱っこで、ほんとキツいです。

頑張らねば!

新生児仮死で産まれたので、これからの発達や脳に影響ないか見るために、一歳半くらいまでは月1で発達外来に通うことになりました。
大変だけど、何もないことを願い、通いたいも思います!


明日はお宮参り~
雨降りませんように。
長くなります。

いろーんなことが起きた、出産当日。
旦那は、22時前に家に帰りました。

広い回復室でひとり。
その日はお産もなく、とても静か。

一人になって、今日をゆっくり振り返ろう。
そう思って、陣痛の来る前の気持ちに戻るんだけど、

「今日産むなんて思ってもなかった。
なんでこんなことになったんだろう?」

と、そこから気持ちが進まず、
赤ちゃんも近くにいないし、産んだ実感がわきませんでした。 


あんなに辛かった妊娠中の治療、入院なんて、すっかり忘れていました。 
それぐらい衝撃だった。

小児科医に、
「ここで産んでなかったら、どうなっていたかわからない。」
と言われたのが、すごく怖くて。


後陣痛のと会陰切開の痛みもあり、なかなか眠れませんでしたが、少しだけ眠れて朝を迎えました。

翌朝、午前中に脳梗塞の再検査があるとのことだったので待っていたけど呼ばれず。
午後に大部屋にうつりました。
赤ちゃんがNICUに入っているママの部屋と言われ、四人部屋に私ともう一人いました。


やっぱり入院しなれたこの空間が落ち着くなぁなんて思っていたら、
助産師さんたちが代わる代わる来てくれて、

「大丈夫!?ビックリしたよー!かなり早いお産だったね!」
「脳梗塞って!聞いたとき鳥肌たったよ…」
「赤ちゃん、無事でよかったよー」

などと、声をかけてくれて。
そこで知ったのが、
陣痛室、分娩室での状況は、病棟のナースステーションにも共有されており、モニターで赤ちゃんの心拍も届いていること。
赤ちゃんの心拍がどんどん下がっていって、スタッフに緊迫した空気が流れていたこと。
たまたま16時前後で、夜勤のスタッフへの引き継ぎ時間で、たくさんの医師や助産師がいて、みんなが分娩室へ飛んでいっていたこと。

そんなことを聞いて。
あー、ほんとにこの大学病院で産んでよかったなーとそう思いました。
確かに、出産直後、ふと気付いたときには20人くらいの人がいたんです。
平日のこの時間でよかったなーと。

出産の立ち会っていた助産師から、産まれたときの次男くんの様子を聞きました。  

体は真っ青で、だらーんと手を垂らしたような状態で出てきていたとのこと。
心配したけど、蘇生してよかった、命があってよかった

と。その時思ったのが、旦那はこれを思いっきり見たんだよね? あのときの旦那はとても冷静で、私を励ましてくれたし、大丈夫大丈夫って言ってた旦那は、大丈夫だったのかな?
私は眼鏡をかけていなかったので、はっきりと見えなくて…ただ、出てきた時は手がだらんとしていたなーくらいなんです。
旦那はどんな気持ちだったんだろ。 


夕方MRI検査が終了し、昨日と同じ場所に白い影が映っていました。
脳外科医は、血栓とも考えられないことはないが、症状がないことを考えると、ほかの影ではないか。今後ワーファリンも飲むし、ひとまず様子見で大丈夫。
となり、こちらは、経過観察となりました。
まあ、その後、血液内科の先生からは、画像の先生も急性期と言っていて、私たちもそう思ってます、と言われたんだけど…どちらにせよ、ワーファリンもあるしそのままでとなりました。

よかったんだけど、なんかどうでもよかった。そんなことより、赤ちゃん!って思ってた。


検査のあと、部屋でおっぱいを刺激してもらったら、少しだけでました。
3時間後とに搾乳して、NICUに運ぶことに。

夜にマッサージしてもらって、ほんと5ccくらいしかないおっぱいを持って、NICUにいきました。
まだ口からも鼻からも管が入っていて、痛々しい。点滴も漏れてしまって差し替えられてたんだけど、漏れていた部分が青くなってる。 

夜、旦那もNICU面会にやってきました。
その時に、産まれてきたときビックリした?と聞いてみたら、
こわかったけど、私には絶対に言えないと思ったそうです。
産んだ本人も辛いけど、一部始終見た方も辛いよな。

次男くんの面会に行って、帰ってきて涙がでましたが、同室のNICUにいるママと話したり、助産師さんと話したり、あと、産後のママの精神状態をケアする先生が来てくれたりと、いろんな人と話すことで、気持ちがだいぶ落ち着いてきました。

それから、NICUにいる間、旦那は毎日面会に来ました。
次男くんは、経過がかなりよく、翌日にはミルクを飲み始め、その翌日には保育器からでて、そしてGCUにでて、5日目に退院して母子同室になりました。

大きめベビーではなかったこともあり、吸う力が弱く、なかなか体重は増えませんでしたが、3日後に一緒に退院できました。



持病があっても、それが分かっていてこちらもそれを乗り越える気持ちと、ドクターたちの強いサポートがあれば乗り切れられることが多い。でも、出産って、本当に何が起きるか分からない。
実際にそれを身をもって体験して、とてもショックでした。
あんなに頑張って、この結果?
どう気持ちを持っていけばわからない。
そんな感情がありましたが、
とても危険な状況で赤ちゃんも私も無事でいられたのだから、それだけでも幸せなんだと思えるようになりました。

アンチトロンビン欠乏で血栓症を繰り返してる私が、赤ちゃんに影響なく2度の妊娠出産を乗り越えられたこと、本当に奇跡だと思います。
転勤で今の土地にやってきて、よきドクター達に巡りあえてよかった。

もう妊娠することはないけれど、同じような病気の人がいたら、少しは勇気付けられるかなーなんて思います。


これから、次男君に何か影響が出たとしても、しっかり守っていきます!

忘れないうちに綴ります。 
※今まで、ムスコくんとしてきた長男を長男くん、産まれた次男を次男くんとさせていただきます!


22日に母子共に無事に退院できました。
出産後すぐは、精神が不安定でしたが、長期入院のおかげで仲良くなっていたたくさんの助産師さんたちに話を聞いてもらい、励まされ、だんだんと状況を受け入れられて元気になれました。
またこのあたりのことものちほど書きますね。
まずは出産の日のことを。



5月14日。
管理入院から4日目。朝から少し生理痛のようにお腹が痛む。2日前から同じ痛みがあったけど、続くものでもなかったし、前駆陣痛だろうなーと特に気にしないでいました。
10時頃、母と長男くんが着替えと氷(妊娠中食べたくて持ってきてもらっていた)をもって来るとのことで、食堂でそれを受けとる。30分くらい話して、いつもなら下までお見送りするんだけど、やっぱりお腹痛くてお見送りはやめて部屋で休むことに。部屋に戻って落ち着くと、痛みがなんとなく規則的に来て、痛いときは顔を少ししかめるくらいになってる。

いちおうナースに伝えようかなーとナースコールを押す。

たまたまやってきたのが、ベテラン助産師さん。状況を話すと、
「何週だっけ?」
「36週5日です」
「これ陣痛かもねー、モニターつけるけど、陣痛だったら陣痛室いくね!」

「えー!?私まだ産まないんですけど!これ前駆じゃないんですか!?」

と、まさかの陣痛宣告に焦る私。
とりあえずモニターつけると、陣痛かもと言われたとたん、なんだか痛みは結構つよい気が…
助産師さんが戻ってきて、
「5分間隔で張ってるから、ひとまず診察しよう!」

ってことで、先生に診てもらうとすでに子宮口5センチ。
「陣痛ですね!経産婦さんだし、ここから早いかも。陣痛室へ行きましょう」

先生含め、みんなニヤニヤしてる…
「もっちさん!まだ産みたくないんだって!?でも、残念ながら、赤ちゃんは出たがってるよ!」
と、私がまだ産みたくないと言ったことかが噂になってる。 
それでも信じられなくて、
「私まだ産むつもりじゃないから本とかめっちゃ借りてきてるのに!!いやだー!」

と言うも、ヘパリン点滴が止められ、
「血液内科の先生にも連絡してあるからね~」
と。私の知らぬ間に、かなり事が進んでいる。でも、まだ信じられませんでした。

荷物整理して陣痛室へいくと、先に一人分娩台で苦しんでいる人が!いきんでる声が聞こえる!

怖くなる私。
本当に本当に心の準備ができてない。
連絡した旦那が12時半頃到着。
この時のまだ痛みは、まだ一人で我慢できるくらい。二人でゲームタイムでした。

13時頃、今実習で来ている学生にお産の立ち会いをしてもいいか尋ねられ、男子以外ならと伝えると若々しい女子学生の登場。医学部学生も立ち会い可能か聞かれ、医者のたまごならとこちらは男子もOKしました。

女子学生さんは、はじめての立ち会いにドキドキしてたけど、背中のマッサージなどもしてくれるとのことで心強い戦力に!
担当の助産師以外にも、学生のフォローに入る助産師、通りすがりの助産師、あと旦那と、戦力がたくさんで安心できました。が、まだそんなに痛くない。

14時頃、お腹だけが痛かったのが心なしか腰が痛むようになる。
お腹が痛いと、赤ちゃんの回転の問題でお産が長引くらしく…

「おしりに痛み来たら教えてね~。
もし、このまま順調にいけば、16時には産まれそうよ」

と言われるが、一人目のときも比べても痛みは全然我慢できるし、信じられない。

おしりへこーいと祈りながら、旦那や学生さんに腰を押さえてもらい、乗りきる。


14時半頃、まだまだお腹が痛いと言うと、四つん這いになってと言われる。クッションをお腹において四つん這いになるけど、これが結構痛い。
そんなんしてるうちに痛みが強くなり、
痛みのないとき眠りそうになる。
そして、ほんの少しおしりも痛くなる。

15時過ぎると、ベッドの柵を握らないと耐えられないくらいの痛みになり、助産師さんに内診してもらうと、なんと子宮口全開!


「えーーーー!?
そりゃ確かに痛いけど、まだ産む感じじゃないんですけど?!」
 

一人目のときは、いきみたいのにいきめない、お尻からなんか出る!という苦しみの時間を何時間も過ごした記憶があるので、
まだまだそこまで至っておらず…
産むのかな私…



しかも、お腹もまだ痛い。
でも、確実におしりも痛い。
回転とか大丈夫なんかな…と、不安もありながら、15時半分娩台へ。

分娩台までは歩いていかず、ベッドで運ばれて分娩台に寝転がって乗り移るという、謎の移動方式。しかしこれは助かった!歩きながら痛みに教われることなかった!

分娩台に乗ってみると、すでに先生二人と助産師さん、医学部学生がスタンバイ。
痛みはかなり強くなってるけど、まだいきみたくない。

「もう産まれますか?
全然産める感じしないんですけど…」

「赤ちゃんはもうすぐそこまで来てるし、経産婦さんはここから早いから!」

先生にも
「この痛み方と子宮口の様子だともう産まれるからね~」


とりあえず、私がいきみたくなったら、いつでもいきんでいいからと言われ、痛みに耐えつつそのときを待ちました。


そしたら、だんだんおしりに違和感が出てきて、いきみたくなってきました!

「産みたくなりました!いきめそうです!」

と言うと、じゃあいきもう!ってことで、一番痛みがつよいときにいきんでみる。

痛みは結構強くて、旦那と看護学生さんの手を強く握らないと乗り越えられない。
いきんでるとはいえ、一人目のときのいきむぞー!という解放感的な気持ちはなく、まだ気持ちが産むことについていけてなくて、とにかく痛いしこわかった。

「痛いー!なんでこんなに痛いの?」

「言葉でなく、息をしてね、赤ちゃんも苦しいんだから!笑」


そんな会話が和やかに繰り広げられながら、数回いきんでました。
ちょうど16時前で、夜勤のスタッフさんたちもやってきて、みんなにがんばれと励まされ、あと少しだー!と気合いをいれました。 

ここまで、誰もが安産だなと思っていていただろうし、私もそれを疑わなかった。
事態が変わったのはここからでした。

ちょうどその頃、それまで陣痛の間隔があって、一番痛いときにいきんでたのに、なんだかずーっとお腹がいたくなったんです。しかも、激痛。

「産むのこんなにいたかったっけ!?
なんかほんと痛い!めっちゃ痛い!!」

赤ちゃんが苦しがってるから酸素取りましょうと酸素マスクをつけましょうと言われたので、きっと産道を通ってて今息苦しいんだろうなー一人目もそうだった!
と思ってましたが、強烈な痛みに襲われてました。

痛い!痛い!と叫び続けてたら、まわりが一気に慌ただしくなり、

助産師さんたちに囲まれ、お腹を押される。

「めっちゃ痛いんですけど!もうやだ!
ほんとに痛い!!」

先生に
「会陰切開しますね、麻酔します!」

とさらっと言われ、助産師さんたちも今まで優しかったのに

「痛いじゃなくていきんで!」
と言われ、とにかく痛いけどいきむ!


すると、「下見てねー!」
と言われ、みると、赤ちゃんが出てきた!


あー、産まれた。
痛かったよー。

と、呆然としてて、ふっと気付くと赤ちゃんを誰も見せに来ない。
赤ちゃんの方をみるとたくさんの人に囲まれてる。
あれ?泣いてなくない?!

旦那に、
「赤ちゃん泣いてないよ!大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ!今先生呼んでるって!大丈夫。」

感動したのか泣いてる学生さんも
「大丈夫ですよ!今先生来ましたよ!」

そうだよね、大丈夫だよね、でもなんで泣いてないの?


ほんと状況を全然理解できなくて、なんで泣かないの?なんでなんで?
と思っていたら…

「小児科の先生に診てもらってますよ!大丈夫」
と、助産師さんに言われ…


「先生きたけど、まだ泣かないよ!
どうしたの?」
「今診てもらってるから大丈夫だよ!」

と、冷静な旦那。

そこからとても長い時間に感じましたが、
ギャーと泣き声が!

よかったー泣いた!!
よかった!!

そのまま保育器に入れられて、小児科医から
「赤ちゃん泣かなかったけど、蘇生で2分40秒後に泣きました。大丈夫です。今からNICUで検査してきますね」
というようなことを言われ、赤ちゃんは連れていかれる。


緊迫した場の空気が少し緩み、私も涙が出てきました。


そのあと、傷の縫合タイム。
助産師さんや先生に、

「産む前ほんとに痛かったんですけど…」

と言うと、

「うん、痛かったと思う。陣痛の痛みだけじゃなかったから。
胎盤が剥がれてたみたい」

と、衝撃の一言。


「普通なら、赤ちゃん出たあとにちょっとしてから胎盤を出すんだけど、一緒に出てきたの。だから、お腹の中で赤ちゃんが酸欠状態になってて、出てきたあとも泣かなかったんです。
」

まさかの常位早期胎盤剥離を起こしていました。


もうビックリだったんだけど、そのあとの縫合がめっちゃ痛くてそれどころじゃない!!
なんとか耐えて無事終了。。

何がなんだかわからないけど、とにかく産めた!早かった!

先生から、出産の状況の説明がありました。
・赤ちゃんの心拍が100を切ったのでママに酸素マスクをつけたが上がらずどんどん下がったので、急いで出すことにした。

・赤ちゃんが出てきたと同時に胎盤がでてきて、そのときに心拍低下の原因はこれだったのかとわかった。
最後今までとは違う痛み方をしていて、お腹もまな板のようにかたくなっていたので、剥がれたのは本当に最後の方だろう。

・ママに状況を説明する時間がないほど、危険な状況だった。

・胎盤を病理検査に出してもいいか。
なぜ剥がれたのか、もしかしたら、胎盤に血栓ができていたのかもしれない。なにかわかることがあるかもしれないので検査する。

・とにかく、胎盤が剥がれたのも最後でよかった!これが少し前なら緊急帝王切開になっていたし、ママ自身出血リスクが高いのに、大変なことになっていた。



なんかすごいことになってたんだな。。 
赤ちゃんは大丈夫なんかなーと思っていると、目がチカチカ頭痛い。めまいがしました。

血栓もかなり出来やすくなってるし、念のため、MRIを取っておこうと、産後二時間後に検査…
すると、脳幹という部分に影がうつっていました。脳外科の先生が来て、言語障害などがないかチェックしてもらうが、症状がないのでとりあえず様子を見ることに。 
翌日再検査となりました。

このあたりから、もう頭の整理がつかない。
あれ?私産んだんだっけ? 
赤ちゃん大丈夫なのかな?

陣痛室に戻り、本当は、数時間休めば大部屋に戻るんだけど、脳梗塞のこともあったので、ここに泊まることになりました。 


NICUの入院手続きの済んだ旦那が戻ってきて、とりあえず赤ちゃんの状態は落ち着いてるということだけ聞いて、ホッとしたのを覚えています。


21時前に、小児科医の説明があり、
・赤ちゃんの状態を示す、アプガースコアは1点の、重症新生児仮死という状態だった。その後の蘇生で泣いて、順調に回復している。
・今NICUで酸素を送り、点滴をしている状態。
・胎盤剥離を起こしたことにより、お腹のなかでも酸素がいっていない時間が長かったことが考えられるので、脳に障害が残る可能性がある。退院してからも、発達外来に通うことになる。


このような説明があったけど、このときは今回のお産がどれくらい大変だったのかをまだ理解できなくて、とりあえず助かってよかったーとそれだけしか考えられなかった。

そのあと、21時頃、旦那とNICUに面会にいきました。

保育器の中で、たくさんの管や点滴をつけられて眠っている次男くんの姿を見て、涙が出そうになりましたが、なぜか私は泣いちゃダメだ!と思い、保育器の穴の中から手を入れて、あったかい体に触れ、産まれてくれてありがとう。
それだけを思いました。


あまりに色々なことがあり、衝撃の大きすぎた今回の出産。
辛かったヘパリン注射や週に2回も3回も通った点滴や、長かった入院。
そんなこと、すっかり忘れて去ってしまうようなものとなりました。