one more…　6

【　Tsukushi　】

『せっかくの休みなのに、あたしなんかと映画なんて… こんな過ごし方で、いいの？』

『だって俺、この映画凄く観たかったんですよ。

　でも野郎一人で観に行くには、抵抗ある「話」じゃないですか。

　牧野さんと一緒なら、堂々と観に行けるし。

　それに…』

『？』

『「なんか」って言い方、止めましょう？

　俺、牧野さんだから誘ったんです。

　一緒に出かけられて、光栄です』

『藤原君…』

年下の男の子はそう言って、あたしに眩いばかりの笑顔を魅せた。
真面目な人柄が伝わってくるかのような、彼の言葉。

… 女の子はこんな台詞、ホントは大好きなんだろうな。
でも、そんな乙女心をときめかせる言葉達も、今のあたしにとっては、心を切なくさせるだけのモノで。

… 思い出させるから。

…「彼ら」を。

『… 牧野さん、そろそろ時間だから。

　行きましょうか？』

『！！　あ…』

あたしは「想い」を、表情（かお）に出していたらしい。

藤原君があたしの顔を覗き込むようにして、声をかけてくる。

その姿が… 首を少しだけ傾け、上目遣いにあたしを見つめる… その仕草が。

とても「類」に似ていて…。

尚のこと、あたしの心を幻視感にとらわせ、動揺させた。

『牧野さん？』

『！』

名前を呼ばれ、再び正気を取り戻す。

目の前に居るのは「藤原君」…「類」じゃ無い。

『… ご、ごめん。

　本、迷っちゃってたから。

　ちょっと買って来ちゃうね』

あたしはその場を取り繕うように、慌てて周囲にあった雑誌を手に取り、レジに向かった。
レジに品物を差し出して、唖然とする。
あたしが持って来たのは、先程眺めて居た、道明寺が表紙を飾る経済誌。

なんでまた、こんなモノを…。

… まぁ、いいか。
二度と会えるコトは無いと解って居ても、一度は深く関わりを持った人達だ。
動向くらいは知っておきたい…。

あたしはそのまま、その雑誌を購入した。

藤原君と観る映画は、今一番動員実数を伸ばして居る、実話を基にした「恋愛」物語。
あたしが今住んでいる街が物語の舞台であるコトもあって、藤原君と出向いた映画館は、とんでもない程の人混みで。
あたしは映画館の入口で、その人の多さに茫然と立ち尽くした。
そんな中、藤原君はあたしの肩を抱き、入口とは違う方向へ歩み始める。

『？　藤原君、どこに行くの？　列に並ばないと…』

『はは… 知り合いが居るんです。

　こちらから入れてもらえますから』

そう言って人混みの脇にある従業員用の通路から、あたしの手を取り館内に向かった。

あ、掌…。

さっきの肩を抱かれたコトといい、今といい… なんて自然に、相手に触れて来るんだろう。

端から見たら、あたし達は「恋人」に見えるのかな？
類や道明寺と居る時は、普通の触れ合いがなかなか出来なくて、とてももどかしかったのに。
相手が『一般人』なら、こんなにさりげなく接するコトが出来るんだ。

… 類と離れたコトは、あたしにとって「正」しい選択だったのだと、こんな時に思う。

… ううん。
…「思おう」と、している。

だって… いつだってあたしは、類との「別れ」の理由を探して居るから。

… 類を、愛してる。
だから、道明寺と別れた。

だけどそのまま、あの状況で。
類の掌を取れる人間なんて、居るのだろうか？

その時既に、道明寺を裏切って居たのだとしても。
類の気持ちを… 受け止めていたとしても。

… あたしには、出来なかった。

あたしが選べた道は「逃げる」コトだけ。
「道明寺」からも…「類」からも…。

… ほんとにそれは…　　

…「正」しかったの…？

『牧野さん、行こう』

受付の男性と話していた藤原君が、あたしを呼ぶ。

『あ、はい』

藤原君の声にあたしは想いを振り切るように顔を上げ、彼の元へと向かった。

【　Rui　】

部屋の窓から見える空に、宵の星が瞬き始める。

昼間、久し振りの雨をもたらした雲は、司の来訪… そして退去と時を同じくして、姿を消し。

その去り際に都会のくすぶる空気をも清浄化させ、今は透き通る闇を創りあげつつあった。

いつも以上に、眩い輝きを魅せる、星々。

花沢の広大な敷地のお陰でビル灯りが届か無いせいか、ベイの高層マンションで見上げる時よりも、近くに存在（あ）るように感じて。

思わず空に向かい、腕を伸ばした。

『… っつ…！』

瞬間、頬に小さな痛みが走る。
腕を引き戻し頬を探ると、固まった血液の欠片が、掌にホロホロと落ちた。

… いつ？
司の拳が触れた感覚は無かった。
かまいたち…？
… それだけ司が本気で、殴りにかかって来ていたというコト。

『……』

「誰の為に…」…。

司に対してあんなコトを言うつもりは、さらさら無かった。
司の言うとおり、俺の元から牧野が消えた責任を、司になすりつけようとしただけだ。

… 子供と一緒だな。
自分の弱さを認めたくなくて、必死に理由を取り繕ってる。
自分を肯定しようと弁解ばかりを繰り返し、とうとう「婚約」なんて、後戻り出来ない所まで来てしまった。

… くそっ！

今頃になって俺は、後悔している。
牧野を見失ったコトに… そして、諦めたコトに。

「桜の会」の情事の後、このまま彼女を連れ去ろうとする俺の腕を振り切り、牧野は司の元へ戻って行った。

『あたしの性格、知ってるでしょ、類？　

　道明寺と此の先のコト、きちんと話してくるよ』

『あんたは婚約してるんだよ？
　そんな簡単に、司が納得するとは思えない。
　どうしてもって言うなら… 俺も行く』

『いいの、類は来ないで。

　これは、あたしと道明寺の問題だから… あいつと二人で、決めるべきコトだと思うから』

『……』

そう俺に告げながらも今思えばこの時既に、牧野は司だけで無く俺との別れも、心に決めていたのだと思う。

司との話し合いに過剰な程の不安を見せる俺に対し、牧野の態度は自信に満ち溢れているように思えた。

それは、誰しもが感じる「根拠の無い」自信…。　

『あたし、ＮＹに行って来るよ。

　道明寺との関係をはっきりさせる』

『… はっきり？』

『うん、きちんと自分の思いを伝えて話し合って… 帰って来たら直ぐ、類に連絡するから』

『……』

『そうしたらあの「非常階段」で、二人で会おう？』

『「非常階段」…』

『ね？』

『… うん』

牧野の言葉に頷いてしまった、俺…。

しかし次に彼女に会えたのは、あの高等部の「非常階段」では無かった。

ＮＹから戻った牧野が指定してきた日時に、非常階段に出向いた俺が見たものは。

踊場で風に吹かれ、儚げに揺れる…

…「チューリップ」と「忘れな草」の花束…

そして…

… 牧野からの「手紙」…

…「類、あなたに何も相談せずに、別れを選んでごめんなさい」…

『……』

… 何だよ？

これ… どういう意味…？

… ふざけるな…！

俺は牧野からの手紙を読み終えぬうちに、其の場から走り出していた。

花より男子 『one more…』 6

花より男子　『one more…』　6