いのちの現場に触れると、腹の底から湧いてくるものがあります。それを書いてみました。
軽やかさと重み
私は、重すぎるのが苦手です。
呼吸がしづらく、何よりも苦しく感じてしまいます。
「重い」というのは、話が重いとか、空気が重いとか、そんな種類の重さのことです。
暗い雰囲気も、好きかといわれれば、やはりあまり好きではありません。
でも、ときどき、そんな重みを感じたくなります。
「軽やかに」「身軽に」。
そんな言葉が並ぶ時代になりました。
確かに、世界はどんどん軽くなっています。
昔は、本や辞書を片手に調べていたことを、
今ではAIが一瞬で答えてくれるようになりました。
時間とお金をかけて会いに行っていた人とも、
オンラインで顔を見ながら話ができるようになりました。
音楽も軽やかになりました。
昭和の頃のように感情をたっぷり込めて歌い上げる曲より、流れるように聴ける軽やかな曲が増えました。
軽いことは、心地よいものです。
そんな軽やかな世界に身を置いていたいとも思います。
生きること
けれども、生きていれば、やはり重いこともあります。軽さというのは、重みがあるからこそ感じているものです。
軽くて明るいものばかりに囲まれていると、その重みのことを忘れてしまいそうになることがあります。大切な何かを、置き去りにしてしまうような気がするのです。
人間の本質は、きっと変わらない。
生まれた瞬間から、わたしたちは死へと歩いていて、流れの中に死は常に存在しています。
だからこそ、生きることには、漂う哀しみと、美しさが同時に在るのだと思います。
生きるということは、死を遠ざけることではなく、
その存在を感じながら、今を生きることだと思います。
日常は、軽くて、重い。
光のなかに影があり、始まりの中に終わりがある。
それらがひとつながりになって、この世界をつくっている。
軽やかな時代だからこそ、忘れずにいたいと思います。
生きているという、その重みを。
追記:本質的な軽やかさは、重みを含んでいるというのが持論です。
