ちょっとばかり毛色の変わった記事を目にした。ネットニュースに挙げられていたパワハラ問題に関する記事だったが。
「Jリーグだけじゃない。大学・高校サッカーで相次ぐ指導者処分の深刻な背景」と題された記事なのだが。
「大学・高校サッカーの現場では、監督や指導者による暴力・暴言が原因」で、直近2年で6件の「解任・辞任・処分が確認」されているそうだ。
高校や大学の運動部の活動で、指導者が部員を口頭で非難したり、時に手を出してまで部員を責め立てる、といったパワハラが起こり、それが表ざたとなって処分にまで結び付く。
こういう時によく言われるのが、昔は指導者が強く叱ることは当たり前だった、とか、自分の若いころは、鉄拳制裁など〝どこにでもあった〟といったセリフだろう。
それこそ大相撲の世界では、「無理偏に拳骨と書いて兄弟子と読む」という有名(?)な言葉すらあるくらいの世界だった。今もその名残りがあるようで、時に暴行が表面化する。
(大相撲の本場所は晴れの舞台)
その一方で、バレーボールの元・日本代表の益子直美さんが進めている、少年少女バレーボールの大会は、指導者が怒って〝怒鳴るのは反則〟というルールの大会である。
つまり益子さんの考えでは、スポーツは楽しむためにある、ということが一番最初に来る。だから怒鳴られながら練習や試合をするのでは、選手は楽しくないだろう、という発想だ。
プロ野球の桑田真澄さん(元・巨人軍投手)も、現在は、指導者として学生野球とも関わることが多いけれど、その場で怒鳴ったり叱ったり、ましてや手を挙げるなどというのは、根本的に間違っている、という方針で指導しておられる。
そこで今日のネットニュースの記事だけど、プロ・サッカーの世界では、選手が「監督と折り合いが合わなければ移籍という選択肢がある」という。これは、その通りだと思う。
ただし、選手が自分の所属するクラブの監督の指導方針を嫌って、シーズン途中で移籍することも有り得るとは言っても、受け入れてくれるクラブがあるかどうかにもよるだろう。
だから、百歩譲ってプロ・サッカーであれば、そうした時に移籍という手段があるとしても、高校や大学のクラブであれば、移籍をすることはほぼ不可能に近い。
移籍というか、その監督の下を去るというのは、学生にとっては自主退学や転校という究極の形式になり、よほどのことが無い限り、移籍などと言った選択肢は行使できない。
ましてや、転校などをすればそれ以後は、その競技とも離れてしまわざるを得ない、という結果にも結びつくだろう。だからこそ、監督の権限が絶対という状況になってしまう。
そうした一方的な力関係が生み出す結果が、パワハラであったり、暴力行為であったり、ということになる。これが体育系クラブの悪しき風習となってしまうのだ。
ましてや、監督に気にいられなければ試合で使ってもらえない、ということにもなって来る。記事には、大学や高校のパワハラなどの具体的な事例が何例も挙げられていた。
さらに高校・大学では、監督などが自らの指導者としての地位に、それこそ必死でしがみつくといった事例も述べられていた。
サッカーの場合はプロ組織が確立しており、プロ選手であれば自分なりに対処法を考えることもできるが、それでも、プロ・チームでも監督がパワハラで処分されるケースもある。
そしてプロ・チームの監督が、パワハラなどで処分されるケースがあれば、大学や高校の指導者にとっても、それが規範の一つの限界ラインとして受け取られる。
ただし、そうした際に「処分基準が曖昧だったり軽微にとどまったりすれば、その網をかいくぐる形でハラスメントが陰湿化」しかねない、という恐れが出て来てしまう。
記事では結論として、「プロの現場での基準と対応が、日本サッカー全体の文化を形成する」という言い方で、あるJリーグ球団の監督への処分について触れていた。
私自身が大学の運動部の出身であり、一時期、コーチ・監督を引き受けたこともあったから、ある程度は推察がつくところもあるが、「指導と叱責の境界」は測り難いものである。
言葉を受け取る側の〝感じ方〟に依っている問題でもあり、人間同士の「馬が合う・合わない」とも微妙に関係するので、何が正解なのかの判断は難しいこともある。
ただ一つ言えることは、手を挙げる行為は指導ではない。また、大声で怒鳴り散らすのも指導ではない。それは自分の指導力のなさを、自分で大っぴらに示しているだけである。
そこにこそ、バレーボールの益子直美さんが、指導者が怒鳴るのを反則とする、という大会を運営している理由があり、桑田さんの野球の指導者としての姿があるのだから。



