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Let it be

様々な想いが重なって、今日からまたこの日記を始めることにする。


最近の自分は、先々週の土曜日に高尾山に登って、それまでのウツ状態から完全に脱却したと思っとった。

でも今週、おれを落ち込ませるような出来事が2つもあった。

一つはオカンからのメール。
じーちゃんが最近無気力になっとって、ボケはじめているんやないかっち話やった。オカンに払うお金のことを忘れたり、毎日ひたすら寝て外に出たがらんらしい。10月の幕張の結婚式も行きたがらんとか。どうしたんやろう?


おれはいつもあの人を超えよう、あの人に追いつこうっち目標にしてきた。やけ、おれが一人前になるまで、せめて結婚するまでは元気でいてほしい。むしろ当たり前のようにそうなんやろうと思ってきた。ガンや糖尿病、膝の痛みと闘い続けて亡くなったばーちゃんとは対照的に、じーちゃんは昔に比べると歳はとったけどこれまでずっと元気やったけ。


でも今年でじーちゃんも86歳。決して若くはない。でも今まで通り元気でいてほしい。


オカンからそのメールを受け取ったとき、飲み会待ちで渋谷に早く着きすぎた時やった。おれはすぐにハンズに行って、じーちゃんが興味持ちそうな物が何かないか探しまくった。


でもね、そんな物ないよ。
86歳のじーちゃんが、無気力なのに何に興味持つ?戦争で生き残った友達も、一番愛した奥さんすらも失ってしまった今、彼は本当に孤独なんやろうと思う。寂しいんちゃ。最近よくばーちゃんの話するようになったし。


おれは今週末帰省するっちオカンにメールを送った。でも今週末はおじちゃんの還暦のお祝いでじーちゃんは家におらんらしく、帰ってもムダやけその分お金を大切にしなさいっちオカンに言われた。


その日の飲み会はとりあえず飲んだ。いろんなこと考えすぎてしまって、酔わんと盛り上がれんかったけ。


家に帰って独りでまた考えて、初めて内定辞退しようかとも考えた。


来年から仕事で忙しくなったらおれは東京を離れられんやろう。今後10年で何回帰省できるやろうか。そう考えたら、内定辞退してUターン就職しようかとも本気で考えた。じーちゃんの近くにおりたい。


独りで考えるとマジ心細くなって、月曜日にまゆちゃんに話聞いてもらった。この人と話すと不思議と元気が出る。


とにかくおれはおれで頑張ろうと、博報堂に向かうことを決めた。




もう一つの事件はまゆちゃんとメシを食った直後やった。


家に帰ってケータイでミクシィを見ていると、久々にさゆりが日記を書いていたので読んでみた。


衝撃の内容やった。先週さゆりのお父さんが急死したらしい。


さゆりの日記を読んで涙が出た。お父さんは脳出血で倒れて手の施しようがない状態で、家族はもう死を待つしかなかったらしい。


さゆりは日記に「一緒にバージンロード歩きたかった…」っち書いとった。


思い返せば先週1ヶ月ぶりにさゆりからメールが来て、その時は他愛もないメールのやりとりをしたんやけど、日記に照らし合わせてみるとちょうど病院でどうしようもなくお父さんを見守っとう時やったっぽい。


なのにおれは何も気づかんでフツーにメールしとうだけやった…


日記を読んですぐにさゆりにメールした。おれが何をしてやれる訳でもないけど、前向きになろうとしとる彼女を少しでも支えようと思った。


さゆりにはメールでこう言われた。
「嫌われたと思ってたからつらくて、やっと前向きになろうとしたときにお父さんが亡くなったから本当につらかった。」って。


おれは何てタイミングの悪い男なんやろう。最低やわ。









何かいいことがなくて何もかも悪い方にばかり考えとったとき、電車の中でiPodにふとこの曲が流れた。


「Let it be」


中学の頃ハマった曲で、この曲にいまさら感情移入するなんて不思議やった。懐かしかった。


何もかも悩んだってなるようにしかならんのやろう。終わったことも取り返せんし。ただ、いま自分ができることを精一杯やろうと思った。


金ないけど、今日の夜から夜行バスで奈良に行ってくる。1年半ぶりの奈良。


奈良についたらばーちゃんに就活の報告して、じーちゃんが元気になるようにお願いして、さゆりのお父さんの冥福を祈ろう。


それが、いまのおれにできること。