痛み?
いや、空間がかゆくなってきているだけじゃない?
気持ちよくかいてごらん。
脱皮するみたいに、
奥の空間、出てきたっしょ?
ほら、
ちゃんと通った。
僕も君も、空間そのものだよね。
気持ちよくかいて通していこう!
Pain?
Nah.
Isn’t it just the space getting itchy?
Go on, scratch it gently.
See?
Like shedding a skin,
the deeper space comes through.There. It passed.
You and I—
we’re the space itself.So let’s keep scratching gently,
and let it pass.
感覚が通過したあとの、静かな空間を示唆する抽象的なイメージ
坐骨神経痛について、少し書いておく。
僕は、青年期までの「机に座って勉強する日々」と、
その後の長年のデスクワークによって、
かなり重い坐骨神経痛を抱えることになった。
ただ、その痛みを
「ただの不具合」や「排除すべきもの」として扱うのではなく、
ひとつの原資として使い始めた。
意識を使って、
その痛みを入口に、
内側で起きている感覚や空間を、
かなり自由に探検するようになった。
その中で確認できたこと、
ある程度の確信をもって言えそうな
“その瞬間のエッセンス”を、
ときどきポエムの形にして残している。
今回のものも、
一応は坐骨神経痛にまつわる感覚ポエムではある。
ただ、これまであまり明言してこなかったけれど、
エッセンスだけを取り出してみると、
身体の痛みに限らず、
他のテーマにも当てはめられそうだな、
という感覚もある。
だからといって、
それを精査して追いかけるつもりは、今のところない。
以前、こうしたポエムを読んだ方とのやりとりの中で、
「誰か他人に向けられた言葉なのでは」と
受け取られているように感じたこともあった。
けれど、
少なくとも僕の中では、
まったくそういう類のものではない。
これは、
自分の身体と意識の内部で起きていることを、
そのままメモしているに近い。
英語に書き直しているのも、
そうした誤解を薄められるかもしれない、
という感覚から始まっている。
少し調べてみたら、
「日本語は虫視点、英語は神視点」
といった話を見かけた。
なるほど、
日本語だと強く響いてしまう断定表現も、
英語だと不思議と馴染むのは、
視点の高さの違いなのかもしれないな、
などと納得したりもした。
これは備忘録のようなポエムだけれど、
エッセンスだけを残しているからこそ、
読む人によっては、
何かが響くこともあるのかもしれない。




