みなさぁーん!勉強しなさい!って言われましたか?
私は、学生の頃は、しょっちゅう言われておりました。(´д`lll)
何故かって?
それは、理由は簡単!
全く勉強したくなかったから いやっ!
きらいだった!成績悪かったし(>_<)
遊ぶのが一生懸命だった。
自分が大人になり 仕事をする中で、新しいことを覚えるのは加齢とともに至難の業になってくる(@ ̄Д ̄@;)
だけど…今さらながら、勉強の意義とは…
勉強しとけば良かったと後悔している現在
思うに、学生の時は、テスト前だと一夜漬けで詰め込み型だった。
けど、どうだろう…覚えているのはほんの一握り(^-^;
数学の公式なんて、疑問をもたずに暗記してたかな
私は今、思うと何しても、疑問をもったことはあっただろうか?
ただ、いい点数をとる為に暗記をしてただけなような気がする
息子が、幼少の頃、どうして、月は丸いの?空は青いの? 夜は真っ暗なの?太陽はどこにいったの?
と当たり前の質問をされた時私自身
答えるのに困ったことがある
学ぶというのは、疑問をもつ→それに対して検証→理解をする
ことが大事だと思う。
「数学なんてやって大人になってもに使うの?」
「物理とか知らなくても生きていけるし」
などと自分も昔言っていた気がする みなさんも心あたりあるのではないしょうか?
たしかにあながちウソではない。 では、何のためにわざわざ中学校までは義務教育で、文部科学省やらが 必死に「学校学習指導要領」をつくり、
そして受験というもので各大学が「意味のないと思われる勉強」のテストを課すのか?
考えたことあるだろうか?
英語と現代文に関しては比較的「必要」と感じている人が多いように思われる。 何故かって?
仕事で外人さんと話すのに英語は必要だし現代文も同じようなものとして。 要するに、コミュニケーション手段として実践的であるからだろう。
それに、確かに「古文漢文」「数学」「理科」「社会 (もかな?)」などと言ったものは専門にでもつかない限り実践的とは言えない。
「古文漢文」 これは一番「意味のない」と感じるものかもしれない。 だた、最初に言えることは日本語でありながら現代文とはルールが違う。単語も似ているようで色んな意味があったり、助詞 や助動詞の使い方も違う。
まずそのルールに対応するというトレーニングといえるだろう。
それから、例えば「源氏物語」は1000年もの前にかかれたことであるが、 「人間の性質」といったものは今も1000年前もあまり変わらないということがわかるであろう。
文章のなかでの教訓や感性といったものを学ぶのが古文ではないかと思う。
こんな偉そうなこといっておきながら
自分自身はべつに古文漢文にそこまで魅力はなかったが(((^^;)
話しは少しかわり、 一般に受験は「詰め込み」「暗記」だから意味がない。といっ た批判を聞くであろうし、そう思っている人もいるのではないか?
でも、どうだろうか? 実際、入試問題は暗記だけで解けるものではない。
例えば慶應大学文学部は辞書を2冊まで持ち込み可能だって!
つまり、大学側は「単語力」「熟語力」の有無をあまり重用視していないのだ。
純粋な「英語力」「国語力」を試しているといえるのかもね!
さらに、「暗記」は悪か? まったくそんなことないと思う。 何においてもオリジナルなんてものはほとんどなく、先人の知 恵をもとに新しいものを生み出しているのであるから、「知識量」が多くて悪いことはない。
知識量を増やすには当然「暗記」という作業も必要だろう。 それに、暗記しなければならないことなんて世の中に腐るほど ある。
どうやら人間の脳は、他の技術と同じで暗記すればするほど暗記が得意になるらしいよ!
若いうちにたくさんに知識を詰め込むことも大事かもしれないけど
どうしてだろうと疑問をもち追及することで1つの世界観が多様に広がる
理解を超え己の体験と実績につながる
夢大き若者よ!時に疑問をもて!
そして、いろんなことを経験し学んでほしい!
その知識を生かすも殺すも自分自身なのだ(*^^*)
勉強とは
生き抜いていくための意義なのだ!
日々、精進(^-^)v