NHKで、マリリンモンローやっていた。
何がなんでも力のある女優になろうとして、
ストイックに努力を重ねて
鏡を見ながら上唇が上に上がりすぎないように笑う練習を毎晩して、
歩き方から体の筋肉の動かし方、
魅せ方を研究して、
整形もして、
自分を選んでくれる人好みに
すべてを変えたモンロー。
この血の滲むような、努力。
男社会に飲まれぬよう、
自分が、「ただの商品にならぬよう」抗い、
力をつけ続け、戦い続けた人生。
ダンスも演技の練習や研究をして、
人の何十倍も頑張った。
ほんとうは演技に魅了されているのだろうけど、
そこにみんなは気が付かないのか、そうでない表面的なセクシーさのみに心を持って行かれてしまい、素晴らしい演技が注目されることはない。
それでも魅力は許される範囲で出し続け、
ファンも増える。
ただ、
会社の偉いトップの男性たちから
与えられる役は
いつものブロンドヘアのバカな女、の役。
ある映画が特に有名になった。
はい、「みんなのモンロー」の出来上がり。
モンローは、
自分で自分を取り戻そうとする
戦いをするのだが、
まわりの男性たちは、ステレオタイプで
モンローをあつかう。自分が
「思いたいような」イメージに重ねて
モンローを見る。
せつない。
「自分は男性を騙そうと思ったことは一度もない。男性が、こうであってほしいというイメージと自分を重ね自分で自分をだましただけ。」
「誰も本当の自分を見ようとしなかった。」
というような趣旨のモンローのセリフ。
中学受験の塾に行き始めた我が子と重なる。
うーん、いろいろ考えてしまう。
生きていくのに自分を表現する手段は
なんであれ必要だと。
本当の自己表現とは何か。
自分で自分を愛せるのならば、
それでいいのか。
果たして本当にそうか。
自分を殺すことのほうが、
自分が商品になるほうが、
世の中に社会に流されたほうが、
楽かもしれない。
けれど、それは、
本当に生きているということだろうか。
私は、
本当の彼を見ているのだろうか。