ダンカンの大学4年間の成績は平均16.5得点12.3リバウンドとなり、ウェイク-フォレスト大は彼の在学中97勝31敗の成績をあげた。通算481ブロックはNCAA史上2位となり、またNCAA史上10人しかいない通算2,000得点1,500リバウンド以上達成者の一人となり、史上初となる通算1,500得点1,000リバウンド400ブロック200アシスト以上達成者にもなった。ダンカンはウェイク-フォレスト大学での4年間を全うし、満を持して、1997年のNBAドラフトにエントリー。1995年のNBAドラフトでケビン-ガーネットが高校卒業後すぐにエントリーしたことが象徴するように、ドラフト候補生は年々低年齢化していくなかで、ダンカンのように大学で丸々4年間プレイすることは珍しい例となる。
NBA-サンアントニオ-スパーズ[編集]
ツインタワー[編集]
NBAにとっては待たされたダンカンのNBAドラフトエントリーだったが、彼を指名できる幸運を得られたのがサンアントニオ-スパーズだった。リーグ屈指の強豪チームであるはずのスパーズがドラフト全体1位指名権を獲得できたのは、前年1996-97シーズンに大黒柱のデビッド-ロビンソンがシーズンをほぼ全休してしまい、その影響で20勝62敗、リーグワースト3位の成績となったからである。ドラフト抽選で見事に1位指名権を射止めたスパーズのグレッグ-ポポヴィッチヘッドコーチは、迷わずその1位指名権をダンカンに行使。ダンカンはスパーズに入団することになった。当時スパーズは1位指名権を得るために故意に多く負けたと巷で囁かれたことは、ダンカンに対する期待の高さの表れでもあった。ダンカンのスパーズ入団は強力なビッグマンデュオ、すなわちツインタワーの形成を意味した。216cmの長身を誇るデビッド-ロビンソンはリーグのベストセンターの一人であり、その傍らにカレッジバスケの個人賞を総なめにした身長211cmのダンカンが居座る(NBA入り当初は公称213cmだった)ということは、対戦するチームにとっては悪夢でしかなかった。なお、大学時代はセンターを務めていたダンカンだが、スパーズではロビンソンがいるため、パワーフォワードにコンバートされている。ツインタワーはダンカン、ロビンソン双方にとって大きくプラスに働いた。人格的にも優れたロビンソンからダンカンはNBAで活躍するための多くのノウハウを学び、またその実力は誰もが認めながらもリーダーシップに欠けると度々指摘を受けてきたロビンソンは、ダンカンの入団でその負担が大きく軽減された。