graybanのブログ -38ページ目

graybanのブログ

ブログの説明を入力します。

 田中将大の同僚でもあるヤンキースのマイケル?ピネダが不正投球で処分を受けた。日本時間4月24日のレッドソックス戦に先発したピネダは、なんと自分の首に違反物質の松ヤニをつけて登板。投球時にその松ヤニを指につけて投げることで、ボールに不規則な回転を与える不正投球をしていたことが判明。退場処分となり、後日、10試合の出場停止処分を受けた。
 田中自身の登板日程も変更せざるを得なくなるなど、さまざまな影響を与えた今回の出来事。日本では考えられない不正投球に、クローズアップしてみよう。
◎昔はOK!? 不正投球
 松ヤニの他にも不正投球はいくつかある。唾(スピット)などをつけて投げることを、総称してスピットボール。砂やヤスリ、自身の爪などでボールに傷をつける場合はエメリーボールと呼ばれ、グラウンドの土を滑り止め代わりにつけて投げるとマッドボールになる。さらに、使い込みが激しく、表面が磨り減ってピカピカになったボールを投げる時は、シャインボールと呼んでいる。
 これらの他にも、投手たちは犯行がバレないよう工夫して、違反物質をあらゆる場所に隠し持っているケースもある。帽子のひさしに塗ったひげ剃りクリーム、頭髪に多めにつけた整髪用ジェル、さらには耳たぶに隠し塗ったワセリン、口の中に仕込んだ歯磨き粉などをボールに付着させて投げることで、ボールに不規則な変化が起きるのだ。
 現在はもちろん禁止されている不正投球。しかし、1920年以前のメジャーリーグでは投げることが認められていた。しかもこの不正変化球は、当時の投手たちの大きな武器として認められており、禁止された後もスピットボールを持ち球にしている投手に限り、例外的にその使用が許されていた、というから驚きだ。
 こうした不正投球がなくなっていった理由はただひとつ。汚れたボールが打者の頭部に当たって、死亡事故が起きたからだ。
 1920(大正9)年8月16日、インディアンズvsヤンキースで打席に立っていたレイ?チャップマン(インディアンズ)が、ヤンキースのカール?メイズの投球を頭に受けた。昏倒したチャップマンは病院に搬送されるも翌日死亡。当時はヘルメットもない時代で、当時29歳のチャップマンは将来有望な選手としてチームで期待されていた。この試合は薄暗くなってきた夕方に行われており、汚くなったボールは余計に見にくくなっていたという。その影響で、チャップマンは避けるのができなかったと言われている。この事故以降、試合中は汚くなるとすぐに新しいボールと交換されるようになった。
◎日本では大騒動に発展したエピソードも
 もちろん日本球界でも、これらの不正投球は禁止されている。日本では過去、不正投球にまつわるこんな事件もあった。2000(平成12)年6月27日、当時ロッテに在籍していた抑え投手のウォーレンの投球に対して、東尾修監督(当時西武)がクレームをつけた。「ウォーレンが投げたボールに傷がついている」と指摘し、試合終了後に山本功児監督(当時ロッテ)と審判団を含めて協議の場が設けられた。
 翌日、パ?リーグからウォーレンに厳重注意が与えられるも、真偽のほどははっきりしないまま。疑いをかけられたウォーレンも徹底抗戦の構えをみせ、カッターやヤスリを差し込んだグラブをベンチに持ち込んで西武を挑発。登板時には不正をさせまいと球審が何度もボールを交換し、執拗にチェックするのが気に入らないウォーレンは、西武ベンチに向かって中指を立てる仕草をみせ、東尾監督が「覚えておけ」と発言して大騒動になった。
 こうした一件もあり、日本でも不正投球がない(きれいなボールでしっかり投げたいという理由でもある)ようにボールは頻繁に交換するようになった。多少の汚れがついたボールは、消しゴムなどで汚れを消して再利用される。また傷ついたボールは試合後、スタンドに投げ込まれるサインボールに使われたり、高校野球などのアマチュア球界に練習ボールとして送られるそうだ。
▼『週刊野球太郎』とはイマジニア株式会社ナックルボールスタジアムが配信するスマートフォンマガジン。5月は「プロ野球逆境の男たち」特集! 数々の困難を乗り越えた男たちや、今まさに逆境と戦っている男たちにスポットライトを当てます。