昨日乱数発生器(ランダム性)やサイコロの話を書きましたが、そしたらBossBさんのこの動画が出てきました。
動画の1分過ぎあたりで、サイコロが同じ高さ、同じ角度、同じ消耗度合いなど、まったく同じ条件にあれば、毎回6を出すことができるのでは?という話が出てきます。
しかしまったく同じ条件を揃えるのは無理ですよね。
同じ時間はないですし、湿度や気温やサイコロの消耗度合いも毎回変わるわけですから。
だけどももし人間にすべての条件を知り、すべての条件を再現する能力があれば、毎回6を出すことができるのではないかという話みたいです。
つまり、この宇宙や世界がランダムなのではなく、人間側に限界があるために、確率やランダムのように思えているだけじゃないかということらしいです。
これを見て思いました。
スピでは、高次元は理屈を超えた世界だとよく言ったりします。
超理論、超理屈と言えるかもしれませんが、それは、「理論を超えた」とか「非理論的」と言うよりも、「理論を極めた」ということなのかもしれないなと!
つまり、めっちゃ高度な理論の世界、それが高次元なのではないかと!
でも高度過ぎて今の人間が作ったスーパーコンピュータや量子コンピュータでも解析できないから、人間には非理論的で不条理に感じられるだけなのかなと。
だけどもよくよく考えると「宇宙の法則」という言葉をスピ界では普段から使ってるわけで、最初から高次元も理論の世界と知っている気もしますね。
と、思う一方、こうも思います。
ソース(存在そのもの)が完全に統合されていた最初期の時点では、そこにはエネルギーや存在そのものだけがあって、それ以外のものは何もないわけですよ。
つまり、その原初の段階では法則や理論さえなかったのではないかと。
だからその最初の最初の段階で、初めて分離が起こった段階では、法則や理論と無関係に偶発的に分離が起こったんじゃないかと。
ほんとたまたまに。
(そしてそのときまったく同時に宇宙の法則や理論が生じた。)
バシャールも、宇宙の外は「無」なのか、あるいは何かあるのか?という話題で、
『「有る」とか「無い」という概念自体、「存在」の中に初めて登場するから、存在や宇宙の外側が「有」か「無」かという問い自体が成立しない』というようなことを某所で言ってましたが、なんとなくそれに似たものを感じます。
→訂正。
正しくは、
『「内」とか「外」という概念自体、「存在」の中に初めて登場するから、存在や宇宙の外側が「有」か「無」かという問い自体が成立しない』というようなことを某所で言ってました』
でした。よく思い出したら、「有」と「無」ではなく、「内」と「外」って言ってました。
まあ雰囲気としてはそんなに違わないからまあいいか。
ところで動画の3分以降はちょっと難しいのですが、私が理解できる範囲で要約すると、以下のようになります。
「ラプラスの悪魔」という言葉が出てきますが、ざっくり言うと、今の宇宙のすべての状態を知ることができれば、未来を完璧に予測することができる、という考え方をラプラスの悪魔と言うらしいです。
そしてラプラスの悪魔がいる説と、ラプラスの悪魔はいない説、両方が紹介されています。
冒頭のサイコロ「6」の話のように、確率とは私たちの無知による主観的なものだとすれば、「ラプラスの悪魔はいる」。
つまり宇宙のすべてを知らないから、人間には宇宙がランダムに見えているだけであって、本当はすべて決まっている(決定論的)。
つまり宇宙のすべても未来も完全に予測することができる。
一方、人間が無知であろうとなかろうと、そんなこととは関係なく、客観的な確率があれば、ラプラスの悪魔はいない。
つまり人間が宇宙のすべてを知っていても、宇宙にランダム性があるとすれば、未来を完全に予測することはできない。
ということでしょうか?
さっき、高次元はものすごい理論の世界かもしれないけど、最初の分離だけは例外で、偶発的だったんじゃないかと書きました。
つまり99.99999999999……%以上はラプラスの悪魔の世界だけど、ほんの一瞬だけ、ラプラスの悪魔がいない世界(瞬間)があるんじゃないかと。
動画の中でもどっちなのか結論は出ていないとおっしゃってた気がします。
つまり「ラプラスの悪魔はいる」も「ラプラスの悪魔はいない」も、両方ありなのかも?
その「ラプラスの悪魔がいない」一瞬(つまり決定論的でなない一瞬)に可能性を感じるし、もしかしたら人間の自由意志や選択が入り込む余地があるのかなぁなんて思います。
だけどみんなが前提として疑わないところをこんなふうに掘り下げて動画にしてくれるBossBさんおもしろい!![]()
理系じゃないのでぜんぜん知らない世界でしたが、理系の思考実験の世界ってめちゃくちゃおもしろいなぁと思いました。
ちなみに今ググったら、決定論の反対語は「自由意志論」だそうです。