アメリカです。順調に身体壊してます。

朝ご飯ポテトチップスとか水分接種足りないとか言い訳あげればきりないですが、それでも頭だけはいろんなこと考えれますね。いろいろ考えましたよ。

①メディアはもろい
メディアってその存在ははっきり言ってバブルですよね。
ある事象を切り取って今日はこれが起きました!っていってるけど、それを報道しようとしたのはた1人の人の意思決定だし。別にメディアの存在を否定してるわけではないよ。というかここでいうメディアの定義は、割と権力を持ってるメディアのこと。
テレビ、新聞はもちろんyahooニュースとかのインターネットもそう。

ほんと世界でいろいろ起こってること1つだけとりあげて報道。
今日の1番のニュースはこれ!
ってか、今日みんなが1番知っとくべきニュースはこれ!!って感じだよね。

でちなみに知っとくべきとかもなんのためかっていうとただのネタ作りのためだよね、これ今日学校とか会社言って話のネタにでもしてくださいてきな。

要はいいたいのはメディアは「エンターテイメント性」が強くなってき出してること。
ここでいうエンターテイメントっていうのは、「おもしろいけど、別に重要じゃない」ってこと。

病院という場所は価値基準となる軸が非常に多いと思う。

病院は、身体に関わるサービスを提供する場所であり、そのサービスに対しての対価が治療費であり、そのサービスに欠陥があれば、その補償を病院はしないといけない。

このような考えが、近年強まっている。そこに医師に対する尊厳はほとんど皆無。
だが、この問題はアパレルの店舗や飲食店が、消費者に対してへりくだった接客をするのとは多少ずれてくる。

医師は、この世の職業のなかで最も高い知能及び倫理を持つ人間のみが務められる職業である。

医療は、日本においては、飲食や衣服類提供とは違う、公共サービスに分類される。

しかし「美容整形」はどうであろうか。これはなくてはならない公共サービスだろうか。

もし、公共サービスなのであれば、医師のチャレンジは正当化されなければならない。
だが、これが一般的な市場に委ねられたサービスなのであれば、このチャレンジは淘汰を受ける。

医療サービス。医師の尊厳の損失と同時に、この種のサービスが公共サービスではないという時代が来るのであれば、消費者(患者)は、つまりこの手のサービスが世のなかから消えてもいいという覚悟をしなければならない。
卒業にあたり、ゼミのHPで公開する予定の寄稿文を書いておりまして、ここでも紹介させていただこうと思います。




名称:組織(organization)

特性:やわらかい。ふにゃふにゃしている。あやうい。実態がつかめない。「ここからが組織である」というような定義が困難。

得意なこと:感動を与えるようなこと、をすること

苦手なこと:組織を構成する1人1人の意識を尊重すること

好きなこと:名前を付けてもらうこと

きらいなこと:やりたいこと以外をすること


殊に、この組織のふにゃふにゃ性であったり、やりたいこと以外俺は興味なーいという性格については、かなり自分のなかで考察/議論してしまいます。


組織の定義は多くの方がされていますが、私自身はその定義は非常に難しいものであると思っています。学者/研究者の方々は、確かにその定義をされてはいますが、きっとその方々の多くも「ある論文」を書くために定義が必要であったりしただけで、決してこの問題は、これからも研究されていくのかなと思ったりしております。


身近なところにある組織は特に、名前を付けてもらうことによってその命を吹き込まれることが多いかもしれません。「バンド名決めようぜ」「なんて会社名にする?」「サークルの名前どーする?」
この「名付ける」という動作によって組織であることが非常に認知されやすくなります。

ただ、それがあまりに認知されやすくなりすぎていて、実態を伴っていない場合も多いのも事実であると思います。というか、この世には果てしない数の「組織のふりをしている組織」なるものが存在すると思うのです。

つまり、1つの目的を遂行するために集まった人々を組織と呼ぶのであれば、組織が組織足り得る状態、というのは奇跡であると思います。


しかもその状態を維持することにおいては、もはや神業。
だって人は同じことをしていても全然そのモチベーションが違うのだから。
目的が同じだなんてことは、あり得ない、

もしかしたら、いいだしっぺが自分の考えに心酔させることで、モチベーションを維持しているかもしれない。
いや、俺たちはできる!とか言って。

けれど根本的なインセンティブなんて変わりにくい。企業はそれをお金というものに置き換えることである程度は維持できるかもしれないが、そうでないお金のかからない、ただ純粋に「ある目的」を実現するために集う「人」がいわゆる「組織」であり続けることは非常に困難であると、思ってしまうのであります。

いや、もしくは組織というものはそもそも「もの」なのではなく、ある「状態」と捉えることが正しいのかもしれない。

うん、やっぱりこの議論は止まないです。