take me to the firmament

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隔てたままでも良いから
この美しいものを守りたいだけ

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ひまだなーってこと。
お金も余裕も、自信も注目もないと生きてけないんだな。

人のこと裏で散々言っておいて
「逆に言われちゃいますよ」
って言われたら
「大丈夫、俺メンタル強いから」
って言ってたのが、忘れられない。

私は関係ないし、言うつもりもないんだけど
イライラする。

面白くないし、そういうこと言って
言われてる人は、言われた人は、どう思うんだよ。
メンタル弱かったら、どうするんだよ。って思っちゃう。

まあだから上にいけないんでしょうね。
年が5歳上なのに、私より年収も低いもんね。
※今年の給料改定で、4万円UP

でもなー今の現場、半分くらいづつ気にする人と気にしない人がいる。
気にしない人が偉いみたいな雰囲気がいや。
私は気にするなー、本当にどうでもいいけど、仕事はうまくやりたいから我慢しちゃう。
仕事ないただ同じ会社の人なら、バンバン言うわ。営業の人にめっちゃ言う。
騒いだもん勝ちなんだよね、結局。

また勉強して資格持ってますという、上から目線しよう。
正直バカなところが救いです。
好きってついつい言っちゃいそうあるあるで
いやもういいのにとか言って
全然良くなくて返信出来ないラインの夜
夜長ブウブウ
どっちに転がっても良いような文句なんて
在るわけないでしょの
_<)に2時間もかけて
なんてことない思考が止まらない

会っちゃったら
絶対やばいにやにやで死ぬから
もう会わないで
この微妙なやりとりだけでいいよ
でも会いたいって誘ってね

どうして?なんて聞くのは本当にずるくて
返ってくる言葉が全部良く思う
手が伸びそうで
目線がもう合ってそう
肩が腕が指が目の前にあるの
あとは言葉だけってなってるのに
いつも言わずにいて
なんとかお互い保ってる気がする

何か言われたくらいで動揺するなら
もう先に言いたいよ
そうやって一回こころにしたら
胸に閉じていても伝わってしまいそう
私をそれくらい突き上げておいて
あなたは麓で見上げているだけだから
ほんと嫌い、ずっと嫌い


※感想文
こうなったら良いなという清潔感のある純粋さや
ある程度のステータスも持っていて、充実してそうに見えても
本当は、普通よりもかなりえぐい見方でしか生きてこられてない。
手に入らないことが分かっていて、でも目の前から消すこともできなくて
近くにいるのに遠くから眺めて見ているだけのスプートニクの恋人たち。

本題はもともとビートニクに似ているということが作中にあった。
ビートニクを調べたら、アメリカ合衆国の文学界で異彩を放ったグループ、あるいはその活動の総称とある。
またはビート・ジェネレーション。
日本でいう団塊世代のように、米国でもその時代の若者やムーブメントを指しており
このビートニクは1914-1929のことだそう。このビートニクも次の世代はジャズエイジと言われその名の通り、
薬玉のようなジャズが溢れ(因みにF・スコット・フィッツジェラルドの『ジャズ・エイジの物語から由来)、世界恐慌によって終わる。

この前の世代はまた不幸で、20代に第一次大戦、40代に世界恐慌、50代に第二次世界対戦を経験した、失れた世代(ロストジェネレーション)。
生き残ったが社会生活に支障を来たす負傷をした者や戦争による好景気の米国を憂い離れた人も多く、遠くパリで過ごす人も数少なかった。
その中でアメリカ文学の傑作を書かれたとされる。
ヘミングウェイの「日はまた昇る」(1926年)や
フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」(1925年)などの作品はロストジェネレーションの文学と呼ばれた。
逆にビートニク世代といえばジャック・ケルアックの『路上』(『オン・ザ・ロード』)だという。
このケルアックは放浪生活を題材にしており、私生活でも行き詰まってしまい、最後は小説のようにかなりアウトロー。
文学の他にもイージー・ライダー、俺たちに明日はないなどもこの時代のもの。パンチのある、まさにビートが効いているかな。
因みに、キャッチャーインザライのサリンジャーもこの時代の生まれ。

ビートニク世代は特に行き場のない、頼りもない、そんなケルアックの小説のように放浪したくなるほど
人生にストレスを感じていたのだと思う。そんな時代はまた、ヒッピー文化の興隆ももたらした。

元々ヒッピーとは、伝統・制度などの既成の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とした人々とある。
人間らしさとは何だったろう、迷いで日々の生活が送れないという感じならすごく分かる。
生活に希望がなくては人は真直ぐな心で生きていけない。どこかで立ち止まっても自分を奮い立たせるものがなければ。
私にとってそういう経験は財産であり、生かしてくれていると思う。そういうものが誰でもあるし、おかげで曲がることはなかった。
でも、その財産以上の過酷さを前にしたらもう無理になる。いつも前より手ごわくなっていて逃げたはずが結局倒さなきゃいけない。
この時代に耐えて成功した人もいたと思うし、現状維持の人もダメになった人たちもいたと思う。
でも皆耐えていたんだと思う、結果がどうでも史実には感情が無いから、冷たく思っちゃうけど。
この前テレビ見てたら、カルトって言葉は米国で1978年に出来たんだって。まさしく社会不安と共和主義が咀嚼出来なかったんだろうな。
そういうストレスが背景にヒッピーという人たちがいたんだと思うし、今の日本でも同じような人いると思う。
因みに、ヒッピーは一端終息するんだけれども、ソビエトのアフガン侵攻だとか共和主義が崩れ台頭した社会主義スゲーの時代に再燃する。
福祉拡充に政府が動いても中々上手くいかず、その頃のレーガンはソ連とのデタント(雪融け)を掲げたくらい、世の中は保守的で反戦感情の中にいた。

ヒッピーで思い出すのは映画フォレスト・ガンプで、ガンプの思いの人ジェニーがある日ヒッピーになって飛び出してしまうところ。
ガンプはその後ベトナム戦争へ、ジェニーは日々放浪と麻薬の生活で、最後二人は結ばれるのだけれどジェニーは何かの病気で早くに亡くなる。
ジェニーは小さい頃父親はアル中で性的暴力もあって、若いころには戦争があった、思うに真直ぐな時代がない。
救いがないのに、死んでしまえばなんだったろうと思う。
でも、どうすれば良かったのか、全然分からない。いざ自分に不幸が起きればどうすればいいのか誰も知らないよね。
ガンプは生きていればいいと言っていた。足を失っても、人生に迷っても、今僕の隣に君がいると。所詮映画ながらこの中にもリアルがあるからいきてくる台詞だ。
ガンプも知能障害の持った子供として昔からいじめられっ子だったけれど、お母さんのおかげで、ガンプはずっと真直ぐ生きてこられた。
障碍者学級なんて行かない、うちの子は普通とだ言い切って学校に行かせて、いつもあなたは正しいとガンプを励ましたし、真っ当だったから。
だから幸せだったとは思わないけど、不幸じゃない不幸ってあるのだと思う。幸せでも幸せではない。
ガンプはそれをチョコレートの箱みたいだって言った。

この小説では他にも色々トピックがある。
例えば半分の自分、またはドッペルゲンガーの類に関する話である。
このトピックではもう一人の自分が自分の別の世界にいて、自分が持ってないものを持っている。
そしてどっちが本当か分からなくなってしまう。これからどうなるか分からなくなってしまう。
あれほど、ステータスを守り、惜しみなく誰かには垂れ流していた慈愛やその心は対象を失えばあっけなく迷う。

それでも人は生きていかなければいけない。多分そうは思ってないけれど、じゃあ死んでしまおうというのも考えることが出来ない。
それほどの執着で手に入れた、それ以外のステータスが高ければ高いほど、なぜ手に入らないか理解していて
孤独を耐える強ささえ持ってしまっているから。そうやって生きてきて他は要らないから執着もなくて人付き合いはきっと楽だろうな。
それなりのステータスは自信を作るし、何よりもね、嘘が上手くなるかな。
そして例え、そんな自分をもし半分失っても残るのは他に何もないから。
潔癖なほど純粋で、狂った人たち。それでも望みを捨てられない、もしかしたらの夢を捨てきれない人たち。
でもそれさえ叶わないことを知っているから、救いなんてもう求めてすらいない。
時代に翻弄され生きてきたし、周りに歪められてもきた。自分のせいで傷つきもした。
けれど唯一のものを失って尚、生きていかなければいかないと知っている。
それほど、頭が良いし、それは不幸でも幸せでもない。
前提がまずもうフィクションなのだけれど、そういう中で生きている人はいる気がしてる。自分はあり得ないけれど。

でもね悲しいのが、結局人にとっての幸せが違うからなかなか共有出来ないことだと思う。
分かり合うために、話し合ってもそうなれるわけない。なれないことの方が多いし、出来たところで表面しかみてないかも。
じゃあ、裏も聞いてみるかっていうのは流石にNG。だからそういうのでお互い満足できるかは結局相性という気がする。
聞いたって答えてくれなきゃ意味ないし、話してもらえなければじゃあ終わりなのって感じ。
そういう時もあればそうもいかない時もある。長く一緒にいればいるほど。

ライプニッツの話はまさしくそんな感じで、じゃあどうすればいいのって時に
ずっと取り組めばいつか解決できると本当に言っていたのを(※数学的に)
ゲーデルが不完全性理論を証明してしまった。これをライプニッツの夢っていうんだけどかなりショックだったな。
世界の理さえきっと証明できるって純粋な考え方は嫌いじゃないし、私はそっちがいい。
じゃあ、昔に逆戻りしようにも出来ないし、過去は無駄なくらい自分を利口にさせるよね。
ガンプの言っていたチョコレートの箱のようにというのも、開けないと何が入っているのかわからないから、ということなのだけれど
量子力学的に絶対なんてことはないから、それが良いものか悪いものかどちらでもあり得るからどうしょうもないな。

只、チョコレートの箱といえば、英国1870年代、バレンタインにはチョコレートをハート形の装飾箱で送ったそう。
ハート形でキラキラしていた箱は、中身を食べ終わっても使ってたみたいで、そういうのは良いなって思っちゃうんだよね。

だから、多分スプートニクみたいなんだってって思えば胸にすとんって落ちていくんだな。
思い出とともに静かに部屋の片隅に置いてあるものは昔と今を繋いでくれる。
無関心なようで、地球のとの交信はかなり密だし、離れていればいるほど光のまま。
だって打ち上げられたら運命でしかないし、軌道を逸れないことも分かっている。
彗星みたいに一瞬でも近づくのも時には良いかもしれないけれど、ビートがないと交信は出来ないから。人と人はそういうものな気がしてる。

そして私と誰かは、好きな人も生きている人生それこそも違うけれどスプートニクの恋人同士なんだって思う。
どこに終着してもそういうものに生かされてるよ。
だからこの小説はこんなタイトルな様な気がしてる。
叶わないもの全て捨てられたら
なりたい人になれるかな
きみのイフには飽き飽きで今日まで
でもきみは優しいからどうしょうもなく
頼りないイフを信じたくなる
愛されてるな、愛されてるなで
泣けてしまうのは
悲しいから?嬉しいから?
私のイフはきみがどうなったって
結局そこなんだと思う
それって不幸?
叶わないなら捨てたいよ
今叶わないなら捨てたい
優しくて可愛くて、愛してくれる
イフは叶わないままで良い
今叶わないなら捨てたい
それって不幸?

幸せはいつも自分の中にあって
温めて解して分けてあげたりする
昨日の私に、明日の私に

きみは違うの?
そうじゃなきゃ、幸せなのって
そうじゃないよって
きみが言うの?
誰なら教えてくれる?
すきだよーが言えない




どうするか迷ったけど
更新はしようと思います
意味とかじゃあもうなく
今でも私は会いたい
もう何もないのだから
最近はこういう考えが変って思うけど
どのくらいかって測れない
仕事のこともそう
悩むしか今出来なくて
評価がどれ程かって叫びたくなる
きちんと教えて貰える様に思うのに
すごく時間がかかって遅く感じてしまう
でもそれに従って足りない部分
経験や自信を少しずつ貯めたい
それと皆何でそんなに我が物顔でいるのかそろそろ知りたい
自分もそう見えてるといいけど
内心は徹夜で逆にハイになって
ストレスをやり過ごそうとしてる
ただ弱くて情けないだけ
でもそれが皆そうだったらいいのに
誰にもそれが聞けないから
変なやつでもいいよ
時々黙っちゃうけどそんなときは
誰よりも真っ先に会いたい
そんな話を聞いて欲しいです


宝くじで人生は変わるって
聞いたとき
人生を変えてくれた人を思った
夢を仕事にしてくれた人
仕事を斡旋してくれた人
仕事になるよう教え導いてくれた人
いつも側にいてくれた人
話を聞いてくれた人
何故会えたんだろうとそれで
例えば大金が舞い込むように
小さなことでベットしてたなんて
気付きようがない
大金が当たるように出会った人
手に入れたもので出来てる毎日
きみがいなければなんてつまらない
なんてつまらないの
きみにもそんな毎日をあげたい
舞い上がって夜中電話しちゃうようなイッツアワンダフルデイ!








ここにいないのに
見えるのは何時なくなるの
モラトリアムの最中で
うふふときゃはは
皆さんすいませんね
バカみたいに幸せへ
足も手も突っ込んで
痛みも気持ち良いも突っ込まれた
君を分かってあげられない
心から
時間だって心があるのかも
もうやめろって言うじゃない
誰もかれも分かってて
心配ってなに

あいしてるって云ったらころす
すきなだけでいい
哀れめばいい
あなたそんなに誇れるんだ?
だから?
私がすきなだけでいいの
他に何にも要らない
ともかく云ったらころす

面倒と綺麗事はあしらって
そばにいないなら即デリート
シンプルじゃない?
簡単じゃない?
努力なんて出来ない
可愛いってなに?
今いないならずっといないのと同じ
期待した?
はじめはそっちじゃない
そんなの嘘つきだよ
だったらもうやめて
下らないことでから回るのは
もうとっくの昔にやめたの
今いないならずっといないのと同じ
くれないならもう要らないから
お気に入りの赤ソファとコンランのクッション抱えてな
だいっきらい
だいっきらい



あいしてるって伝わりますように
それでやるべきことをこなそう
かみさまに誓って、あいそう
私の全てが私で間違いない
全力で私はそこに行ける
もし一人でも間違いない
今この瞬間だって一人を選んでる
ただだからいつも
同じ方を向いてますように
疲れたら目が合いますように
そんな訳なくとも

一人でも出来るだけ傷つけず
最後まであいせますように
かみさまに誓ってこなしたら
手に入る全ては私のグラスプ
ただ、振り向いたら
笑えてますように
泣きたいとき側にいなくとも立っていられますように
あいしてるってそれでも伝わりますように
私を捧げなくともあいせますように
やるべきことを全力でこなして
何もかもなくなってもあいせますように
一人でも