その本の中に、日本人社員と外国人社員が入り混じって会議をしている、こんな場面が紹介されている
日本人の社員が意見を言う
「それについては、みんな、そういうふうにしているんですけど…」
外国人社員たちは、一斉に聞き返してくる
「みんなって誰ですか?
誰と誰がそういうふうにしているのですか?
具体的な名前を言ってもらわないとわかりません!」
つまり、「みんな」などという言葉を使ったのでは、自分の意見を主張していることにならない
あくまで「私は、こう思う」と堂々と言わなければ、外資系の会社では埋もれていってしまう、ということなのである
考えてみれば、日本の会社には「みんな」という言葉が氾濫している
人を自在に動かす魔法の「ひと言」—仕事ができる人の話し方
中島孝志氏著より引用
こんにちは、トモです
いつも応援ありがとうございます
人気ブログランキングへ
よくみんながそう言ってたなど聞きますね
日本場合
村文化のせいか
コミュニティ基準の言葉が多いように思います
流行に乗り遅れるなんてのも
みんなを意識したものですよね
そのみんなと違うものを異分子として攻撃するのがイジメに繋がるのではないでしょうか
空気を読むというのも
周りを意識した言葉になります
そうした環境のせいか
個性というものを勘違いしてしまうこともあります
今まであまり経験してこなかったからか
自己主張とワガママの境目もアヤフヤなままです
個性を出すとか
自己主張することを
ワガママになればいいというイメージがあるように思います
また
みんなと言うことで
責任転嫁している部分もあります
人を非難したりするときに
自分はそうは思ってないけど
みんながそうだと言っているみたいな感じです
コミュニティ基準で考えているかぎり
コミュニティと運命共同体になってしまいます
つまり
他人の脚本した人生とも言えます
それでは
個性も自己主張もありません
自分の意見をきちんと言えるようになりたいですね
トモのためになった一文
...