家具屋 -47ページ目

ディズニー・オン・アイス

ミッキーの声真似がレパートリーの一つになりました

ちょっと自信あるなぁ~


それにしても人気のディズニー


家具屋-Donice

家具屋



家具屋-D-onice4

動画ダイジェストはこちら

http://www.disney.co.jp/onice/douga.html

中津江村の焼酎


家具屋-kamitue1

家具屋-kamitue2

家具屋-kamitue3


お盆の帰省が出来ていない兄の為に


弟から焼酎のプレゼント


カメルーンサッカー代表のキャンプ地でも有名で


金山でも有名な


大分県の中津江村の金粉入りの焼酎です


金回りが良くなる予感


★ ★ ★


母がお米と一緒に送ってくれました


お礼の電話を入れ


『お盆に帰れなくてごめんね』と言うと


母曰く『心は通じ合っているから大丈夫よ!』


ドキッ


韓国ドラマのようなセリフに


やられました


母と子の絆は強しか・・・



Q&AとFAQ・・・

FAQの語は英語 Frequently Asked Questionsの略語で、「頻繁に尋ねられる質問」の意味である。


日本語では「よくある質問」となっていることが多い。


「エフ・エイ・キュー」、「フェイク」、「ファック」(/fæk/) と読む。


主に、コンピュータ ハードウェア ソフトウェア オペレーティングシステム などの使い方やメッセージの意味、原因など)や通信関係、周辺機器 の使用方法、セットアップ方法などの分野で多用される。


それ以外の分野では、同様の問答集をQ&A(質問と答え)と呼ぶことが多い。



パソコンインターネット が専門知識の乏しい層にも普及した結果、次々と訪れる初心者や入門者などが同じような質問を尋ねることから、その都度答えを繰り返す代わりに、一連のQ&A集(ファイル、ウェブページ など)を参照するように促すことで、問い合わせに対する時間と手間を省くことを目的としたものであることが多い。




語源については侮蔑語である「Fuck 」とのダブル・ミーニング との説がある[要出典 ](すなわち、一々分かりきったような当たり前の質問を繰り返すな、の意味である)。


ウィキペディアより



最後の語源のくだりがうけたwww


優しくクリック???

最近は商売っ気の無いブログを書いています


始めた当時は100件越えのぺタを頂いていました・・・



今でもアクセス解析とやらでは沢山のアクセス数がありますが・・・


まぁ~とにかく家具に興味がある方が見て頂けたらハッピーです



★ ★ ★



ワイフに気になっている方の


『アメンバー限定記事を読みたいんだけど・・・』 と相談しました




すると『アメンバーになればいいよ』との返事


『コメントを書いてアメンバー申請をすれば簡単よ』だと




言葉を選んでメッセージを書きました


そして申請しましたが


エラーです?




ワイフ曰く


アメンバー申請をする時は


優しくクリックしなければダメだよ



真顔で返してきました




私もその通りに優しくクリックしましたが。。。


エラーは変わりません




酔っ払い顔に対する真顔の攻撃だったんでしょうか?




それはそれで いいんですが




美人の方がぺタをして頂くと幸せになります


『 優しく ぺタします!!』




Gooood  night ♪♪










率先垂範。。。お〇〇な一部上場企業?

サラリーマンの17年間


率先垂範という4文字熟語は常に頭の中にありました


でも・・・そう簡単な言葉ではありませんでした



『長たる者は 部下の誰よりも知識が多くて実績をあげられる人』


というのが私のリーダー像の条件でしたから


仕事が出来ない上司は尊敬に値しません



最近は『コピーライティング』やら『コストパフォーマンス』やらで


動かない上司が多いみたいです


はっきり言って 現場の邪魔者なんです




日本人は義理と人情に厚い民族です


上司が率先垂範すれば目標達成は必ず実現出来ます


しないから未達で終わります




率先垂範をネットで検索しました


その中の


先人のお言葉集


男のロマンですね!!




やってみせねば人は動かじ

 「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、 誉めてやらねば人は動かじ。」
 これは、連合艦隊司令長官山本五十六が言った有名な言葉であるが、絶対服従の軍隊ですら山本は自ら率先することの重要性を訴えている。
 昨今、はやりの「コーチング」でも率先垂範の重要性が力説されている。
  偉大な起業家達は実際に率先垂範をどうとらえているのか。
実例
本田宗一郎 ・・・「言葉とか文字では人は動かせない」
 本田は、「言葉というのは一見便利なようだが、人によって捉え方が異なる。例えばりんごの味ひとつとっても世界中の人が納得できる表現はないではないか。」と言っている。
 言葉に頼ることの限界を伝えている。
 では、どうするか?そのカギは日々の言動によって培われた「信頼」ということになる。

伊藤雅俊 ・・・「上司は率先して行動で示すこと」
 伊藤は、著書で率先することの重要性を訴えている。
 「お客様やお取引先の信頼関係が成り立つためには、会社内部における信頼関係ができていることが必要で、上司も部下に口で不平を言うだけでなく、率先して実行して始めて言葉に説得力が出る」と言っている。

鈴木敏文 ・・・「加盟店オーナーに掃除を徹底してもらうためには」
 セブンイレブンのクリンリネス(店の清潔さ)は徹底している。
 汚い店からお客様は二度と商品は買わないと考えているからである。
しかし、 これをフランチャイズ加盟店のオーナーに理解させ、徹底させる事は難しい。
まして、若いOFC(店舗指導員)が年配のオーナーにさせるときはなおさらである。
その場合、鈴木は、まず1週間でも説明しながらも、OFC自ら清掃してみることを薦めている。
こうすることで、口先だけと違って重要さに説得力がまされるのと、人を説得することがどういうことか理解できるからである。

小林一三 ・・・「人任せの店」
 小林が著書の中で店のあり方について述べたとき、知り合いが開業した料理店について言及している。
 「銀座の裏通りにカフェー・リッツという洋食店があり、そこの主人をよく知っているが、商売人としては腑に落ちない点があるので、あれではうまくいくまいと心配している。それはあまりに人任せ過ぎて、お客商売としては第一線に立たなくてはいけないと思うのに、早くから人任せ。その結果、商売にはなっているまいと他人事ながら案じたのである。」
 ちなみにこの店は不幸にも小林の予想通り数年を出ずして滅びたそうである。
<小林一三著「私の行き方」より一部引用>

藤田田 ・・・「土日も仕事」
 藤田田は、「リーダーは米国のように陣頭にたってリーダシップを発揮すべき」と著書で述べている。実際に藤田は引退する最近まで土日も関係なく仕事に没頭していた。

豊田喜一郎 ・・・「工場へ寝泊り」
 豊田も、国産自動車の量産化に寸暇を惜しんで没頭した。その際も常の陣頭に立ち、夜遅くまで仕事に熱中することが多く、時には工場事務所内にある風呂付日本間に寝泊りしていたという。

松永安左エ門 ・・・「停電の原因を調べるために」
 松永が九州での電力事業を成功させた後、名古屋で電力事業を手がけている福沢桃介(福沢諭吉の娘婿で友人)に救済を頼まれた。
 松永は両事業を合併させ、東邦電力と名を改め、名古屋に乗り込んだ。 当時名古屋では火力の不足から停電が頻発、顧客の信用地に堕ちていた。
 松永は停電対策のため、配電室にベッドを持ち込み寝泊りしていたという。こうすれば、どこの発電所や送電線が故障かという弱点が手に取るようにわかったからだという。
 やがて停電はみるみる減り、松永も家で寝るようになった。

堤康次郎 ・・・「常在戦場」
 堤が西武グループの基盤となった箱根、軽井沢、国立といった土地の開発をする際も、自ら陣頭指揮に立つのが常であったという。

五島慶太 ・・・「工事現場の陣頭指揮」
  大正12年のこと、直前に起きた関東大震災で遅れがちな田園調布と蒲田を結ぶ鉄道の工事現場でシャツ1枚でシャベルをとって陣頭指揮にあたる男がいた。
 その男こそが目黒蒲田電鉄専務で、後に東急グループを築き上げる五島慶太であった。

安藤百福 ・・・「口先だけで人はついてこない」
 安藤も自分で生み出した商品を育てるのは自分の義務であると言っている。工場の増設の際も残業につぐ残業であったが、「人頭」に立ち他の人の何倍も働いたと振り返っている。

松下幸之助 ・・・「一心不乱」
 松下も著書「経営のコツはここなりと築いた価値は百万両」の中で「人を使う上では、何人か問題を起こす人は必ずいる。そういう覚悟に立った上で、こうしたらいいということを身を持って示すべきだ。まず自分が一心不乱にやれば、まわりも見てばかりいられなくなるものだ。」と述べている。

まとめ
 どの自伝を読んでも偉大な起業家は「率先垂範」で共通している。自らが陣頭指揮して大事業を築き上げていくことこそが、偉大なる起業家の真骨頂とも言えよう。
 自分が燃えることで、ぐいぐい周囲を引っ張っていく。なぜそうなるのかについて、理由はいくつかあると考える。
 ①自分の思いを実現していく会社なのだから、俄然自分が一番仕事をするため。
 ②やはり自分が動かないで、他人が動くことはあり得ないため。
(最終更新日2004年1月7日)