こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

雨が続きます。

 

黄砂からちょっと解放されて、雨も悪くないものです。

 

月曜日、緩くエンジン掛けてまいりましょう。

 

 

本日オブジェのお話です。

 

終の棲家に持っていく家具を考え中のぶどうさん。

 

全部持っていくことはできないので、かなり頭を悩ませている。

 

気に入ったもの、使っているもの、使っていきたいものを持っていくのは当然だ。

 

当然なんだが。

 

気に入っても、使っても、使う予定もないものを、一つだけ持っていく予定だ。

 

それは、鏡台。

 

基本お化粧はしないので、鏡台なんていらない。

 

嫁入り道具としても、鏡台は買ってもらっていない。

 

両親は一通りそろえてくれたが鏡台だけは買わなかった。

 

理由はよくわからない。

 

若い頃は、一応お化粧はしていた(かなり適当だったのは否めない)が、鏡台は使っていなかった。

 

使っていたのは、持ち運べる小さな鏡と、化粧品の入ったかご。

 

ここ10数年まともに化粧していないので、現在洗面所の一角に眉墨と口紅とBBクリームが置いてあるのみ。

 

1年に一回、おしろいをつける(笑)ええ、ピアノの発表会のときですのよ。

 

そんなぶどうさんの家に鏡台がある。

 

もともとは、母の鏡台だ。

 

子供の頃から、この鏡台を持っていくようにと言われていた。

 

そんなに立派でも美術的価値があるわけでもないが、母の嫁入り道具である。

 

昔ながらのデザインで、三面鏡がついたもの。

 

椅子があったらしいが、早々に壊れて存在しない。

 

昔はたまに見かけたが、今どきは多分・・古道具屋に売っているようなもの?だ。

 

60年以上前のデザインで、古臭い。

 

それでも、思い入れがあったのであろう。

 

いつかもっていってほしいと母はよく言っていた。

 

両親が家に住めなくなり、実家を手放す時、ほとんどのものを家に置いてきた。

 

荒れた家に放置された鏡台は諦めようと思ったが、母の言葉もあり、最後の最後に運び出した。

 

運び出してからも・・色々あって、それはまた今度お話する。

 

ぶどうさんちに到着しても、使い道はない。

 

鏡台として使うつもりはないし、そのまま数年鎮座している。

 

本来なら、捨てである。

 

それもいいが、一応持っていくことにした。

 

きっかけは。先月我が家の持ち物を見に来た建築会社の人だ。

 

この鏡台を見て、

 

「これはなんですか?使っているんですか?持っていくんですか?」

 

と尋ねた。

 

若い人だったから、このタイプの鏡台を見たことがなかったのかもしれない。

 

ぶどうさんは、

 

「鏡台ですが、使ってないんですよ。思い出のもので、ただのオブジェです」

 

とのみ答えた。

 

家具だけど、鏡台という目的のあるものだけど、使ってないけど、持っていきたいもの。

 

表現のしようがないシロモノだったので、こう答えたのだけれど。

 

とっさに口から出たこの言葉は、言い得て妙だなあと、後から思った。

 

60年以上前に作られた、三面鏡の、引き出し付きの鏡台はアンテクィークには早すぎるが、近年は作られていない形のものだ。

 

美術品のないぶどうさんちの、面白オブジェになってもらおう。

 

終の棲家で異彩を放ってくれれば、母は本望?かもしれないし。

 

60年の歳月を経たら、違う価値(笑)になった母の鏡台。

 

だとしたら、ぶどうさんの手持ちのものも、そうなるのかも。

 

時間の経過で価値が生まれるもの(?)を持つことは面白いかも?と気が付いたぶどうであった。