こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

2024年のエンジンがやっとかかってきました。

 

日差しに春の明るさが見えています。

 

その光が心にもとどきますように。

 

 

本日年はじめのお話です。

 

 

新年はじめのピアノのレッスンにいったぶどうさん。

 

お師匠に年はじめのご挨拶をし、2024年のピアノライフがスタートした(大げさ)。

 

自宅での練習はアップライトだが、レッスンではグランドピアノが弾ける。

 

レッスンは緊張するため前夜は眠れないのだが、グランドピアノだけ楽しみだ。

 

楽しみだけれど、毎回勝手の違いに驚いてしまう。

 

ピアノは個体によって弾き心地が違うため、練習している自宅のものに慣れ、レッスンの時間が空くと感覚を忘れてしまう。

 

ピアニストが楽器を持ち運べない大変さを、素人でも味わうことになる。

 

まあでもレッスンはうまく弾くためではなく、練習の成果と、できていないところを見てもらう場なので、かえってありがたいことかもしれない。

 

アラがわかりやすいともいえるからだ。

 

それでも、ハノン、ツェルニーと進んでいくうちに何となくピアノに慣れていく。

 

慣れた最後に、練習中の楽曲となる。

 

ある意味ズルだが、順番とは有り難いものだ。

 

年明けからは、ドビュッシー小品の、「夢」を弾くことになっていた。

 

実は11月には楽譜を手に入れていて、それからボチボチ譜読みをしていたので、2ヶ月も前準備していたことになる。

 

その前のモーツアルトが全然仕上がらず、お師匠の思し召しで年をまたがせず強制終了?したので、ドビュッシーは年はじめからのスタートになったのだ。

 

「夢」を弾くことになったのは、遡ること2年以上前のことだ。

 

ピアノのレッスンを始めた時、薦められた曲のひとつだったのだ。

 

曲の楽譜を持っていなかったのと、ピンとこなかったのでそのまま忘れ去っていた。

 

2年経った頃、発表会後に弾く小品にいいかもしれないと、思い出した。

 

曲は短めで、全音ピアノピースの難易度はCで、初~中級程度というのも理由だった。

 

楽譜を手に入れていざ弾いてみると、久しぶりのドビュッシーは弾きにくかった。

 

全然記憶にないが以前何曲か弾いたことがあり、その時はそんな意識はなかったので新鮮に驚いた。

 

面倒だなと思うのが指使いで、指使いを間違うと総崩れになる。

 

またこの曲は、やたらと左ペダルを使う。

 

夢というタイトルらしく、うすらぼんやりした、浮遊感のある曲にするためのようだ。

 

譜読みの段階では、右ペダルだけは最初から入れたが、左は無視していた。

 

これは失敗であった。

 

左ペダルを入れるのは、不器用なぶどうさんには難しい芸当だった。

 

随分後になって左ペダルをいれたので、全然慣れないままレッスンにいった。

 

いつもならどんよりな状態なのだが、今回だけはしかし違った。

 

ぶどうさんのピアノは、アップライトだ。

 

アップライトとグランドの左ペダルは、用途が一緒のように見えて働きが違う。

 

グランドで左ペダルを踏んだら、きっと音が変わって、素敵になることだろうと楽しみだったのだ。

 

バッハのレッスンが終わり、さあいよいよ「夢」を弾ける!となったとき、珍しくワクワクした。

 

どんな音がでるのか、期待したのだ。

 

 

ところが!

 

曲のはじめからウナコルダの指定があるので、左ペダルを先に踏んだ方がいいかな?と踏んだと途端。

 

ぶどうさん、呆気にとられた。

 

鍵盤がぐっと右に移動したのだ。

 

そうだった、そうだった!

 

アップライトの左ペダルを踏んでも鍵盤は移動しないが、グランドはハンマーの位置が変わるのだ(ですよね?)

 

すっかり忘れていたぶどうさん。

 

以前は鍵盤の移動が怖くて、曲の途中で左ペダルを踏むのは躊躇していたんだった。

 

楽しみが先行していて恐怖を忘れていたなんて。

 

普通の人にとって恐怖ってほどのことではないかもしれないけれど、絶対に動かないであろうと思われる、あんな大掛かりなものが動くのは心臓に悪い。

 

それにしても、アップライトでのなんちゃって左ペダル練習って、半分無意味だった。

 

もちろん意味はある。タイミングをはかれるから。

 

左ペダルを外した時の、音量のコントロールも想定はできるけど。

 

あんなびっくり感、小心者のぶどうさんには、心臓に悪い。

 

左ペダルを踏んだ時の音の変化を味わうどころではない。

 

やっぱりグランドピアノでの練習って、定期的にしないとなあと思った、新年一番のレッスンであった。