こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

クリスマスが終わり、1週間で元日。

 

いまさらながら年末の忙しさに気が付きました。

 

寒い寒いといいつつ、あと2ヶ月もすると3月になります。

 

春は待ち遠しいですが、この冬を目一杯楽しみましょう。

 

 

本日答えられるか、のお話です。

 

 

休日の夕方電話が鳴った。

 

母が入所している施設からである。

 

電話を受けると、お相手はあいさつの後必ず「緊急の要件ではないのでご安心ください」と付け加える。

 

この言葉を聞いて、ホッとする。

 

母は無事なのかと安堵するとともに、相手の気遣いがありがたい。

 

電話の件は、2か月前に施設側が検討していることに関しての報告と、聞き取りだった。

 

母は最近、大声を出すことがあるらしい。

 

春に出ていたが収まったのでそのままにしていたらしいが、秋からまた始まったという。

 

施設で誰かが大声を出したり叫んだりすると、まわりの入居者も大声を出したり不穏になったりするらしい。

 

そうなると安定した集団生活が難しくなるので、精神科を受診して薬を処方してもらうかもしれないとのことだった。

 

薬を処方されると人によっては急速に悪くなる人がいるので、慎重にする必要がありしばらく様子見していたらしい。

 

先月施設を訪問した際には、大声を出したりはしなかった。

 

ただ、これまでに聞いたこともない変な歌を歌い、時折唸っていたのは気になってはいた。

 

母の意識状態はもう、ぶどうさんの知っている時代のものではないようだった。

 

少なくとも、誰かの妻になり母になり、子供を育て上げて年をとったことは抜け落ちているようだ。

 

人は自分が一番幸せだった時代に意識が留まるのだろうか。

 

話を戻そう。

 

母が病院を受診するために、前もって問診が必要らしく、記入して持っていかないといけないという。

 

わかる範囲で教えてくださいと言われて面食らったのが、生い立ちと学歴(最終学歴まで)であった。

 

一体何に必要なんだろう。

 

母は両親を看取った後結婚しているので、母のことを詳しく話してくれた人はぶどうさんにはいない。

 

母本人が語ったことしか知らないのである。

 

母の兄弟は誰も存命せず、ぶどうさんの兄弟に聞くにしてもおそらくわからないだろう。

 

最も困ったのが、学歴だ。

 

母は昭和一桁生まれの90超えなので、学校制度が違う。

 

昭和の初めの市町村にある学校も今とは違うし、平成の市町村合併でさらに町と学校が変わっている。

 

100年近く前のことを、本人の弁なくして話せと言われても、わからないことが多い。

 

50年ほど前に母といった実家や話したことを思い出しながら、なんとか調べることができた。

 

インターネットの検索能力は素晴らしい。

 

折り返しの電話で、

 

「よく考えたら自分の子供たちが母親の学歴を答えられるわけないですよねえ」

 

と施設の方がおっしゃった。

 

確かに、とうなずくしかない。

 

今の若い人の親や祖父母は戦後の学校制度の人が多い。

 

出身地さえわかれば、特に転勤族でなければ、なんとか調べられるかもしれないが。

 

親自身のことを子供に伝えてないとそれさえわからないかもしれない。

 

そして、ぶどうさんちには子供はいない。

 

ぶどうさんの生い立ちや学歴を必要とする人は夫以外ぶどうさん本人だけだ。

 

ボケないようにしよう。

 

人は毎年ひとつずつ老いていく。

 

50年も前に聞いた話を思い出すことができてよかったが、何気なく聞いた話が50年経って必要になるとも思わなんだ。

 

あと10年後だったら絶対に思い出さなかったかも(笑)

 

親子の、祖父母との会話は、とても大事だ。

 

そんなに高尚なおうちでなくとも上の世代の歴史や歩みを伝えることで、子孫がルーツを探り自身のアイデンティティを保つのに役立つのではないかと思う。

 

ぶどうさんにはラッキーなことに長生きの親はいたが、その上の世代が短命で、ご先祖のことは全然わからない。

 

けれど60歳近くになり、自分がその世代に相当し始めてきたことに気が付いた。

 

親の歴史、答えられますか。

 

自分の歴史、答えてもらえそうですか。

 

親子の会話の時間、大事にされてくださいね。