こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

今朝飛行訓練中?の小雀がベランダにやってきました。

 

まだ羽がきちんと生えておらず、必死に脱出を試みていました。

 

大丈夫だよ~。でももう来んといて~。

 

野鳥にさわるのはご法度なので、放置してたらどこかへ行きました。

 

田舎の面白さです。

 

 

本日電気屋さんに行きたいのお話です。

 

 

家電は比較的何でも長持ちなぶどうさんち。

 

用のある時しか電気屋さんに行かない。

 

というか近くに量販店がなく、わざわざエイッと重い腰を上げなければならないので面倒くさい。

 

しかし、どうしても電気屋さんに行きたいなあと思うことができた。

 

それが。

 

電子ピアノを見たいのである。

 

え?ピアノ買い替えたんじゃないの?って?

 

そうなんです!

 

買い替えましたとも。アップライトピアノを。

 

そのお話はほとぼりの冷めたころにまた・・・まあいろいろありまして。

 

あまりに「え”?」なことが多すぎて、言いたくない。

 

買い替えたピアノには、消音装置はつけなかった。

 

前のピアノにつけて懲りたからだ。

 

消音装置をつけたこと自体は後悔していない。

 

住宅事情に合わせて付けざるを得なかったし、時間を問わず弾くことができつけてよかったし。

 

(打鍵音の関係で早朝や夜遅く弾くのは遠慮してましたが)

 

悩みに悩んで、買い替えたピアノにはつけなかったので、今は弱音ペダルをマックス利用して弾いている。

 

しかし。

 

弾く時間帯が限られてしまう。

 

集合住宅の決まりで朝の8時から20時までは(普通に)弾いていいことになっているが、10時以前にはどうかと思うし、18時以降もどうかと思うので、どうしても昼間の短い時間しか弾けない。

 

そうすると一日のスケジュールは今までと大幅に変更せざるを得なくなる。

 

なにかいつも追われている感じだ。

 

一方で、夜はポーンと時間が空いてしまう。

 

なんだかもったいない。

 

それに、昼間弾けると言っても、何時間も弾けるわけじゃない。

 

2時間も弾いたら多分、いつか苦情がくるだろう。弱音ペダル使ってるけど。

 

だから新しいピアノが来たことは嬉しいが、違うストレスが生じてしまった。

 

もう少し、弾きたいんだよう!

 

集合住宅故のジレンマだ。

 

さりとて防音室を作るわけにはいかない。

 

終の棲家に引っ越すんだし。(何年後かわからないが)

 

ところでピアノ買い替えを検討中に、プロのピアノ弾きの人でも電子ピアノを愛好していることを知った。

 

都会のマンション暮らしではそれが合理的なのかなと思ったものの、昔クラビノーバを持っていたので、もう電子ピアノに戻る気はなかった。

 

だが。

 

このストレス下で、とうとう、電子ピアノに救いを求めようと決意するに至った。

 

調べてみれば、昨今の電子ピアノは素晴らしいらしい。

 

調べれば調べるほど、ああなんでピアノ買い替えの時に検討しなかったんだろうと悔やまれる。

 

終の棲家に移るまで、ヤマハの古いアップライトピアノと新しい電子ピアノで乗り切ればよかったのだ。

 

ヤマハのピアノを手放したことは、少しだけ後悔している部分がある。

 

とはいえ今の新しいピアノを気に入っているので、買ったことに後悔はない。

 

もし電子ピアノを追加で買うことになれば無駄遣いしすぎだなあと思う。

 

それでも、50台の今の時間を無駄にする方がもったいない。

 

お金で時間を買うとはこのことだ。

 

50を過ぎたら時間はどんどん速くなるし、なにより子供と違いこれから先能力が上がっていくことは考えにくい。

 

時間は、貴重品なのだ。

 

というので、電子ピアノを買おうと決めた。

 

どこに置くんだろう?(笑)

 

電子ピアノも楽器屋さんで見たほうがいいと思うが、おそらく電気屋さんの方がたくさん並んでいる気がする。

 

実際目で見て触っても、楽器店より電気屋さんの方がハードルが低そうだ。

 

こんな理由で電気屋さんに行くのは初めてだ。

 

お目当ての機種があるといいのだけれど。

 

予算は限られているので、機種も限られる。

 

ヤマハかカワイの電子ピアノで、安いのが有力候補だ。

 

高いといろんな機能が付いていていいなと思うが、そこは妥協しなければ。

 

電気屋さんで見て、はて、でもどこで買ったらいいのだろう。

 

電子ピアノと言えど家電であり楽器なので。

 

修理を考えたら楽器店なんだろうか???

 

そこはまた考えようと思うぶどうであった。