こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

大雨の影響がかなり出ています。

 

まだ梅雨は始まったばかりです。

 

大雨の後は地盤が緩くなっています。

 

十分気を付けて、避難は早めになさってくださいね。

 

 

本日すき?のお話です。

 

 

ピアノの弾きあい会に参加したぶどうさん。

 

仕上がっているどころか、やっと最後まで弾けた曲を持っていき。

 

惨敗。

 

緊張のあまり途中でやめなかっただけマシと、自分を慰めておこう。

 

こうなることが分かっていたため、直前まで曲目を変更しようかと悶々とした。

 

リハーサル時の他の参加者のレベルと、仕上がりがすごすぎたからだ。

 

それでも変えなかった理由は、変えたところで完璧に弾けるわけではないと予想できたから。

 

直前で変えて、それで失敗したら目も当てられない。

 

自分にあまり信用がないらしい。

 

折角の人前演奏機会なのに、なんとかやっつけ仕事のように曲を弾き終え、情けない気分ではあったが、それ以降は他の演奏者の曲を楽しむことができた。

 

いろんなバックボーンの、大人だけの弾きあい会。

 

他の地域から参加あり、ジャンルやレベルもさまざまで、演奏曲が幅広い。

 

不勉強なため、聞いたこともない作曲者の曲が披露されると、ああ、来てよかったなと思う。

 

自分では永遠に弾くことはない、耳にすることもなかったような曲だ。

 

また、なかにはコンクールに入賞するようなハイレベルの方が参加されており素晴らしい演奏に聞きほれてしまう。

 

仕事を持ち、家庭があり、それでも時間を見つけ人前で弾くレベルのピアノを弾いているなんて。

 

みなさんピアノを弾くことが楽しかったり、お好きなのだろう。

 

好きこそものの上手なれ。

 

好きなこと、楽しいことをしていると時間を忘れて没頭する。

 

そんなものを一つでも人生で見つけられると、幸せだ。

 

ところで、ふと、自分に引き寄せて考えてみたら。

 

ピアノって楽しかったり好きだったりするのか、全然わからない。

 

ピアノの演奏がうまくいけば楽しいかもしれないが、うまく行ったためしがない。

 

ピアノが好きかというと。

 

ピアノの音は好きだし、ピアノのたたずまい自体は好きだ。

 

でもピアノを弾くのは・・・・・?????

 

結構苦行だ。

 

なぜにまた、ピアノを始めたんだろうと最近考え直している。

 

人生に目標も目的もなく生きてきたから、達成感を求めているのかもしれない。

 

だから練習曲系が好きなのか??

 

練習曲系は、一通り弾ければ進むし、課題クリアしたかのように錯覚できるから。

 

などと、ちょっと自分に皮肉を言いたくなる。

 

弾きあい会に集った人たちはそれぞれに胸に抱えているものがあり、好きの形があるんだろうか。

 

無条件に、胸を張ってピアノが好きって言えるようになるといいのだけれど。

 

自分がピアノを弾くことに対し何を思い、何を求めているのか。

 

何をなしたいのか。

 

素人がピアノを弾くと一口に言っても、それなりにお金と時間がかかる。

 

それを費やしてもやるのだから、やっぱり何らかの好きはあるんだろう。

 

意地悪な見方をすれば、目的がなく、なんにもなっていないピアノを続ける事は壮大な人生の暇つぶし、でしかない。

 

50半ばで再開したものを実りあることにすることは、たいていが現実的ではない。

 

もし本来の意味があるとしたら。

 

ピアノを続けることで、他者と関わること、新しい何かを知り、挑戦し続けることができること。

 

これくらいか。

 

ピアノでなくとも何でもいいのだろう。

 

それでも手っ取り早く?ピアノを選んだのだ。

 

まずは突き進むしかない。

 

秋が来て、2回目の発表会が終われば再開して2年になる。

 

2年では、無条件に好きって言えなかった。

 

いつか、自分にとってのピアノがなにかわかったとき、好きって言えるといいなと思うぶどうであった。