3人家族が




6人家族になったこの日のことは








今でもよく覚えています












家族の誰もが


お腹の中の3人に会える日は


まだまだ先だと思っていました








翌日の転院に向けての準備は始まっていましたが


受け入れができなくなった

との急な連絡






そこから、いろいろなことが

急に動き始めたような気がします








でも

もしかすると

そうなることが決まっていたのかな




それがベストのタイミングだったのかな







そうかもしれない・・・











お兄ちゃんの半分にも満たない


小さな小さな身体で生まれた赤ちゃんたちは







21日で2歳になりました








でも

あの日私の大きなお腹から順番に

生まれたはずの3人は






3人揃って2歳になれたのかな・・・















ずっとずっと




苦しくて心が落ち着かない日々で












落ちた先から戻れません








普通にしてますが








どうにもこうにもしんどいのです









どんなに悩んでみた所で



2歳のにこちゃんには会うことができない






想像することさえできない





だって




いっちゃんとさんちゃんが


似てるけれど全く違うように





にこちゃんも違ったと思う




どんな女の子になっていたのかな・・・













ここに姿は見えなくても






やっぱり




生まれてきてくれた日は






お祝いしてあげたい








おめでとうと言ってあげたい




ありがとうと言ってあげたい









ということで、









大きなケーキを買って






プレートには3人の名前を書いてもらいました








2の数字のロウソクを




3本立ててみました










222歳みたいになってしまったけれど






2歳が3人




でよかったんだよね・・・












いっちゃん


にこちゃん


さんちゃん






2歳のお誕生日おめでとう












あの日も寒い寒い雨の日でしたね







頑張りたいのに

まだまだ小さなあなた達を


このまま産んでしまっていいのだろうか


もっと頑張りたいのに頑張れなくてごめんね





慌ただしく始まる手術の準備に



自分気持ちが付いていかなかったのを

よく覚えています









小さかったいっちゃんもさんちゃんも


驚くくらい元気に大きくなってくれました







長かったけれど


あっという間に2歳になりました







好き嫌いもなく

なんでもたくさん食べてくれます




おしゃべりも上手になってきて





アンパンマンと歌うこと踊ることが大好きな

愛らしい女の子に成長してくれました





2人で仲良く遊ぶようにもなりました



そして

お兄ちゃんが大好きです










時に

お兄ちゃんよりもわんぱくだったりするけれど



元気にこの日が迎えられたことを



感謝しようね










ありがとうね





ありがとう・・・にこちゃん






この子達の中にも

あなたは生きていると信じているよ










コメントのお返事もできていないままで

放置したままですみません


しばらくは閉じさせていただきますね


すみません



















昨日は



メソメソ文句言ってばかりの

記事に


ペタをしていただいたり

コメントやメッセージをいただきありがとうございます・・・




正直

コメントとかしにくいでしょう?涙


気をつかわせてしまったこともあるかと思います


すみませんさげ





また

ゆっくりお返事させて下さいね・・・







引き続きで申し訳ないですが




もう少し書かせていただいて

少しずつ上昇していこうかと


勝手ながら思っていますaya
















生まれてすぐに

保育器に入って


そのまま外へ出ることのなかった次女は




保育器の中で20日間



がんばりました





私たち家族にとっては



その20日という日数は




とてもとても意味のある大切な時間ですが






世間では


それが20日であろうが



10日であっても3日であっても




“生まれてすぐ”というような

感覚なんだと思います



仕方ないことです







それでも



そんな大切な時間があったのに








生まれてきてくれた我が子を抱く事も出来ず

母乳をあげることも出来ず


青い空も

広い海も何も見せてやることも出来なくて




何もしてやれなかったという気持ちは




どんな慰めの言葉をかけられても




消えることはありません






何もできなかったのです















   どんな子どもでも意味のある人生を送っているのです。

   たとえ、短い命であっても、

   いろいろな人との縁を結んで幸せになるために生まれるのです。

   

   れいかちゃんは、あなたの大切な娘の一人として生まれて、愛されて、

   どんなにか幸せだったでしょう。


   どうか子どもたちのお母さんとして、いつまでも愛してあげてくださいね。

   子どもは愛情と人との縁で育ってゆくのですから。



   








ねぇ、れいちゃん




あなたは幸せでしたか?





今もどこかで幸せですか?





いただいた手紙のこの言葉に支えられて

ママはここまでやってきました












あなたがいなくて寂しい

あなたが成長していく姿を見れなくて悲しい



悲しいけれど





自分の運命を受け入れ

決められた時間を精一杯生きたあなたを

誇りに思います




だから




少し時間はかかるけれど




あなたのことを想って悲しむばかりではなく




あなたの命を抱えて


運命を否定せずに受け入れて





生きてゆこうと思います







死ぬことは



もう怖くなくなってしまったけれど





でも


もう少し待っててね











全ての子どもたちと同じように

幸せになるために生まれてきた


次女が



幸せだったのかは




やっぱりわからない





病気であっても


幸せになるために生まれてきてくれた





それだけで嬉しい



そうだったら嬉しい




少しでも幸せだったなら




もっともっともっと嬉しい







あなたに会えてママはとても幸せだった





あなたが生まれてきた意味を



あなたのパパとママと

お兄ちゃんと

お姉ちゃんと

妹とで、いつかきっと見つけてみせるからね







そしてこれからも

4人の子どもの内の一人として




愛していけたらいいな






子供たちが健やかに



たくさんの縁を紡ぎ

愛し愛され育っていってくれますように










お付き合いいただき


ありがとうございます





いつもいつも



支えていただき見守っていただき




ありがとうございます・・・









ブログやってる方って




mixiとかもされてる方が多いんでしょうかね??





私はよくわからなくって

してなかったんですが





ちょっと勧められることがありまして





ちらちら覗いてみたわけです







同級生とか、たぶんあの子だなってのが


見つかるものなんですねσ(^_^;)






当たり前ですが


結婚してママになっている子もいたりして





でも




もうダメですね





なんだかダメです






私はもう




あんな風に楽しく妊娠や出産、子育てを




語ることができない・・・







もちろん


大なり小なりみんな色々あると思います




書いてあることだけが

全てだとも思わない





それでもやっぱり



もう戻れないなと思ってしまったのです・・・









そんなところに



昨日、いっちゃんとさんちゃんを連れて


児童館へ遊びに行っていて





そうしたら




いつもは気にしないことが




気になるというか






どうしても

2人をつれてるからか何なのか

わかりませんが



『双子ですか?』とかって声をかけられて



そんなこと

昨日だけじゃないんですけどね





いろいろ聞かれるんですよね




悪気はないんですけど





どうしていろいろきいてくるんでしょうかね?





嫌な気持ちになることばかりではないです



親切にしていただいたり

励まされたり

助けられたりも多々あります






たまたまだとは思いますが

年子より楽だとか

お下がりもらっても使えないんじゃない

とか

2人で遊んでくれるからいいとか

1度に済んで楽とか


なんとかかんとか・・・




勝手に決め付けられても・・・ね


ってことがありまして





双子って

ポーンと次々順番に生まれるんですか?






って笑えない・・・








でも


きっと紙一重なんだろうな





私だって



きっとそうやって



無神経に人を傷つけてるだろうな







流産したり


三つ子だったり



にこちゃんが18トリソミーだったり





知らなかった世界を


たくさん知った





時々



時々だけど




そういうの何も知らずに生きている人を




羨ましいと思ったりもする







にこちゃんの病気は

5000人から8000人に1人っていわれてたから




多分

私の友達や知り合いは



その1人にはならないんだろうな




とかひねくれてみたり・・・










私だって

こんなにも悲しいことを



こんな形で、知りたかったわけじゃない







でもそう思うことは



なんだか

頑張った にこちゃんを


三つ子だった いっちゃんをさんちゃんを



一緒にがんばってくれるパパを


妹たちを受け入れてくれるおにいちゃんを




否定してしまう気がして






何ともいえない気持ちにもなる・・・










三つ子を妊娠中


とにかく



3人を生きていける週数になるまで



1日でも1時間でも長くお腹においていたかった






その事だけを

ずっとずっと思っていたように思う




がんばって

がんばって


もう少し一緒にがんばろうね


まだ出てこれないよ

もう少し待っててね

狭いけどがんばろうね




何度

何度こう声をかけただろう・・・





三つ子のことを打ち明けた

高校の頃の担任の先生から



手紙をもらったことがあって




その手紙には




3人の赤ちゃんのために

1日でも長くお腹においてあげて下さい

がんばれ!お母さん




と書かれていました






わたし

その頃どんな人にかけられた

どんな言葉より


この一言が嬉しかった





友達はみんな




三つ子ちゃん楽しみだね~とか

だったから





どんなに苦しいか

重たいか

不安かなかなか言えなかった





その時から

もしかすると温度差を感じていたのかな





誰もわかってなんかくれないだろうと



どこかで思っていたのかな





それは今でも


そうなのかもしれない





人に会いたくない話したくもない



そう思っていた時期もあるから






三つ子が生まれた事も

にこちゃんに病気があったことも

お空にいってしまったことも



ずっと言えないでいた






『入院したらお見舞いいくよ!』

『三つ子ちゃんはもう生まれたのかな??』




そんなメールにも

ずっと長い間返信できないでいた







最初は

何も言いたくなくて

そっとしておいてほしくて



でも

その先


こんな風に“話したい”とそう思うとは


思わなかった・・・





でも



もう今は誰も聞いてなんかくれない




聞いちゃいけない



そう思っているんだろうな




触れられないのかもしれない






でも

まるでいないみたい



どこにもいないみたいだ




最初からいなかったみたい






確かにいたのに




よく動いていたし


保育器はみっつ並んでいたし



いっちゃんの名前の横には 1って数字

さんちゃんには 3って数字が書かれていた



にこちゃんはいつも

すこーしだけ目を開けて

ちらちらこっちを見ていた


指をぎゅっと握ってもいた




生きていた






でも




もういなくなってしまったら




名前も聞かれない







何があったのか



どんなふうにがんばったのか




何て名前だったのか





逃げずに話していればよかった






そうしていれば



今でも話せたのかな






ごめんね






なかなか話せなくて書くこともできなくて



泣けなくて




ごめんなさい