―― ハイブリッドな俺とセレブな面々 ――
コンビニで未来と会った翌日の昼、
俺はいつもの様に、悠菜《ユーナ》とフードコートに来ていた。
これだけ店があってメニューも豊富だと、ほぼ毎日来ているが飽きはしない。
むしろ、全メニュー制覇しようかと目論んでたりもする。
今日はパスタにしようかと店の前でメニューに目をやった時、
急に、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あー! 霧島《きりしま》君じゃない! 昨日はどうも~」
振り返ると、未来《みく》さんが友達と二人、笑顔でこちらへ歩いて来ている。
その声を聞いた周りの男達が、二人と俺を交互に見ている。
まあ、未来《みく》さんは、スタイルも良いし美形だからな。
ましてや、その友達ってのもまた可愛いじゃんか。
「ああ、こんちわー」
男達の視線を若干感じながら答えた。これは少し気分が良いぞ。
それに、昨日、真っ赤なポルシェから降りた姿を見ているせいか、
どことなくセレブっぽさも感じる。
これが偏見ってやつか?
連れている友達もモデル並みだし、凄いぞ大学って。
高校ではこんな出会いは無かったぞ。
「こちらは同級生の友香《ゆか》さんね。あ、悠菜《ゆうな》さんもこんにちは」
「初めまして~」
そう言って、未来《みく》さんと友香《ゆか》さんが、
悠菜《ユーナ》に軽く会釈した。
あ、やっぱり俺の彼女だと思ったのかな。
「こんにちは」
悠菜《ユーナ》は、相変わらずの無表情で会釈を返した。
「あー悠菜《ゆうな》は、いつも無表情だから気にしないでね?
こいつとは、生まれてすぐからの幼馴染なんだ」
初対面だと若干、俺が気を遣ってしまう。
決して相手に不快を与えるような表情ではないのだが、
悠菜《ユーナ》は滅多に愛想笑いすらしないのだ。
「そうなんだ? 嫌われてるかも、って思ったよー」
未来《みく》さんは、笑顔になってそう答えてくれたが、
友香《ゆか》さんは、若干苦笑いだ。
まあ、最初はいつもこうだからな。俺も少しは慣れている。
「で、霧島《きりしま》君は、何食べるか決めたの?」
未来《みく》さんが、聞いて来た。
結構、見た目は可愛い感じの人だなやっぱり。
「うん、今日は俺、パスタにしようかと思ってたとこ」
「そっかーパスタもいいね、一緒に食べない? あの辺の席で」
そう言って、未来さんが向こうのテーブルを指さす。
「いいですよー」
と、答えてそっちを見た時、今は見たくなかったモノが視界に入った。
「お! 霧島《きりしま》ー! おっとー!
未来《みく》さんじゃないですかあああああ!
そして隣に見た事も無い綺麗な方も!」
鈴木に見つかったか。
未来《みく》さんと友香《ゆか》さんという、
綺麗どころ二人と、ゆっくり昼飯を食べたかったのにな。
「あ、鈴木くん、昨日はありがとうね。あれからちゃんと帰られた?」
そう未来《みく》さんが答えると、速攻で近づいて来た鈴木は、
うんうんと頷きながら満面の笑みで答える。
「ええ! あの程度、未来《みく》さんの為なら、何でもありません!」
ほう、そうですか。
まあ、鈴木なら何でもしそうだとは俺も思う。
それぞれがトレイを持ってテーブルに集まると、
待っていた未来《みく》さんが、俺に声を掛けてきた。
「霧島《きりしま》君、昨日あんなにアイス買ってどうしたの? 好きなの?」
まあ、確かに尋常な量ではなかったな。
「ああ、あれね。妹とか悠菜《ゆうな》の母親?
的な? 好きなんだよねー兎に角」
沙織《さおり》さんは一応、悠菜《ユーナ》の母親として存在していたが、
この先はどういう立場なんだろ。
「そうなんだ~凄い量だったからびっくりしたよ! こんなだよ?」
そう言って、友香《ゆか》さんに両手を広げ、
昨日のアイスを買った量を表現していた。
未来《みく》さん、それよりもう少し多かったかも知れない。
「そんなに?! 凄い!」
それでも友香《ゆか》さんは、びっくりしていた。
それよりも俺は、未来《みく》さんが買った氷の方が気になった。
「未来《みく》さんこそ、あの氷は一体何に使ったの?」
「あ~あれね? 家の氷ね、みんなお兄ちゃんが使っちゃってねー
酷くない? どの冷蔵庫の氷もみーんな無いの!」
お兄ちゃんか。って、え? どの冷蔵庫もって言った?
「どの冷蔵庫もって? 何台もあるのか?」
そう俺に聞かれてキョトンとしたが、すぐに頷いて答えた。
「そうだよー? 酷いでしょ?
いくら何でも、私の部屋の冷蔵庫まで開けちゃうんだもん!」
いや、そこか? 普通は自分の部屋に冷蔵庫ないでしょ?
平成から令和になると、そんなにも生活水準が変わるの?
「あのですね、未来《みく》さん。
普通、冷蔵庫は一家庭《いちかてい》に一つです」
冷静に鈴木が口を開いた。今回ばかりは正論だ。
「えー? そうだったの?
他のお家は、余り行った事が無いから~友香《ゆか》ちゃんの家は?」
そう言って友香《ゆか》さんへ問いかけた。
「あ、うちは三つだけど、未来《みく》ちゃんの家は広いからね~
沢山あってもおかしくないよね~」
サラッと言ったよ。やっぱ、この人達セレブだわ、確信した。
「で、あんな量の氷は何に使うの?」
そこが気になった。一袋五百グラムあったとしても、軽く十袋はあったぞ。
ざっと見積もっても五キロじゃん。
「あの氷ね、暫くペンギン預かるつもりで、直ぐに欲しかったのー」
へ? ペンギン? て、確かに南極に居るイメージだけど、氷って必要か?
「ペンギン預かるって、どういう流れだよ」
俺はたまらず突っ込んでしまった。
「それがさ~あの後ね、ペンギンが家に来たんだけどね、すっごく大変だった!」
鈴木が、頷きながら話し出した。
「未来さんの家で、ペットショップの人がペンギンを二匹連れて、
玄関で待ってた時は、流石にびっくりしたよ」
「ああ~鈴木君に沢山氷を運んで貰ったのにね~」
案外変わってるのかも、未来《みく》さんって。
「見てたら欲しくなって、飼ってみたいって行ったら、
ショップの人がお試しでーって」
ペンギンのお試し飼育? 聞いた事無いぞ?
「でもねー魚臭いし、あちこちにフンしちゃうしー
それにね、氷は特に要らないって言うし!」
それはそれは。大変でしたね。
「未来《みく》ちゃん、やっぱりお部屋で飼うのは大変だと思うよ~?」
うん、正論ですよ、友香《ゆか》さん。
「そっかぁ。でも友香《ゆか》ちゃんちはいいな~イルカもいるじゃん!」
ぶっ! 丁度飲んでいたアイスコーヒーを、思い切り吹き出しそうになった。
「イルカ?! 飼ってるの?」
ほぼ同時に、俺と鈴木が聞き返した。
「まさかぁ~部屋では飼えませんよぉ~」
そりゃそうでしょ! 友香《ゆか》さんが、苦笑いしながら答えた。
が、問題はそこじゃない。
「庭とかにプールでもあるの?!」
鈴木が、食い付き気味に聞き返す。
「いえいえ~未来《みく》ちゃんが言ってるのは、うちの水族館の事ですよね?」
友香《ゆか》さんはそう言って、未来《みく》さんを見た。
「ちょっと待て、友香《ゆか》さんの家って、水族館あんのかよ!」
思わず、俺も突っ込んでしまった。
「うんー! あそこ凄く好きなんだよねー
小さい頃から、何度も連れて行って貰ってたし」
未来《みく》さんは、しみじみと語っている。
「水族館!! 凄いですね、友香《ゆか》さん! 是非お近づきに!!」
鈴木よ。お前、水族館目当てじゃないだろ絶対。
「あ、ええ。こちらこそ。でも、お爺さまの水族館ですよ?」
そう言っているが、友香《ゆか》さんの笑顔は引きつっている。
そんなのお構いなしに、鈴木はグイグイ友香《ゆか》さんに食いついてるし。
程々にしとかないと、また女子が引いてくぞ、鈴木。
「あ~あ~、折角ペンギン飼うの楽しみにしてたのに、がっかり~」
そう言って未来《みく》さんはテーブルに肘をついて、
軽くふて腐ったようにしている。
何となく、愛美《まなみ》の仕草に似ている所もあるな。
「てか、俺より未来《みく》さんって、俺より年上じゃないの?」
そんな未来《みく》さんに、俺は問いかけた。
「えー!? 上に見えるの!? 今年からこの大学来たんだよ?
あ、浪人したと思ってるとか?!」
「あ、いえいえ! ごめん、何か凄く大人っぽいというか、
真っ赤なポルシェにも乗ってるし!」
慌てて言い訳してみる。
流石に年頃の女の人に、年上呼ばわりしたのはマズかったか。
「あーあの車? お兄ちゃんのお下がりだけどね~免許とったお祝いに貰っただけ」
お兄ちゃんて、真っ赤なポルシェかよ! どんな趣味だよ。
「あ、この間傷付けた時に、色は塗り替えて貰ったけどね~」
なるほど、そゆことね。
「だから、私の事をさん付けで呼んでたんだ~普通に丁寧な人なのかと思ってた」
んーまあ、初対面から呼び捨てには出来ないしな。
「あ、昨日の昼間さ、霧島《きりしま》くん、
ここに、お姉さんぽい人と居なかった?」
未来《みく》さんからそう聞かれて、俺は考えた。
「きーりーしーまー! お前、お姉さんとか居ないじゃんかー! それ誰だよ!」
鈴木が、俺を指さしながら睨みつけた。
「ん? 昨日の昼間? ああ、沙織《さおり》さんが来てたかも」
そうだ。沙織《さおり》さんとここで話してたっけ。
「何だ、沙織《さおり》さんかぁ。あの人も美しすぎる!
お前の周りは、どーしてこんなに美しい人が多いんだよ!」
鈴木が、まだ睨みつきながら俺に絡んでる。
そう言われてもな、なんて言ったらいいんだか。
「沙織《さおり》さんって言うんだ~凄く綺麗な人じゃない?!
凄く綺麗な人がいるなーって思って、友香《ゆか》ちゃんと話してたんだよね。
その時は男の人と話してたけど、それが霧島《きりしま》君だったのかぁ。
前に会った人かなーって思ったけど、まだ話した事もなかったしさ」
未来《みく》が言った。
そうだったのか。確かに、沙織《さおり》さんは目立つよな。
「あの人が、悠菜《ゆうな》のお母さんの沙織《さおり》さんだよ。
アイスが大好きな」
俺がそう言うと、友香《ゆか》さんと未来《みく》さんが、
びっくりした様に悠菜《ユーナ》を見た。
「えええ!? あの人がお母さん!? 信じられない!」
まあ、そうですよね。設定に無理があるよね。そう思います。
一気に二人は、悠菜《ユーナ》に興味津々になったようだ。
「悠菜《ゆうな》さんのお母さんって、今、幾つなの?!」
「知らない」
二人が食い付き気味に悠菜に聞くが、
アイスティーを飲んでいた悠菜《ユーナ》は、無表情で答える。
「知らない? って...」
その答えに、二人は顔を見合わせて絶句してしまった。
悠菜《ユーナ》は、相変わらず無表情のままストローをくわえてる。
まずいな。ここは俺がフォローしなくちゃいけないんだよな。
「あ、あのね、沙織《さおり》さんて、歳は秘密にしてるみたいでさ!
娘にも内緒にしているらしいよ!」
しどろもどろに答えたが、これで信じて貰える自信はない。
「あ、それ、わかるー! うちもそうだし!」
わかるんかい! まあ、女性はそういうものなのか?
まあ、疑われずに済んでよかった。
「でもさ、滅茶苦茶若く見えたよね! 歳の変わらないお姉さんだと思ったし!」
そうですよね。俺もそう思います。
あまり突っ込んで来られると、流石にヤバいと思っていると、
急に悠菜《ユーナ》が声を出した。
「ああ見えて、沙織《さおり》さんは、私よりも歳上」
おいおい、悠菜《ユーナ》さん? 親子ってそれが当たり前でしょ?
二人は、更に怪訝そうに顔を見合わせてしまった。
ほらな? やばいぞ? どうするんだよ...
悠菜《ユーナ》は、相変わらず無表情で二人を見ている。
「あはははー! やばい、悠菜《ゆうな》さんて面白い! はまっちゃいそう!」
急に、手を叩きながら未来《みく》が笑い出したと思うと、
友香《ゆか》さんも、それに釣られて笑い出した。
「本当ですよね~沙織《さおり》さんって呼んでるんですかー?
何か新鮮な親子関係ですね~」
友香《ゆか》さんも、そう言って感心している。
これがセレブの反応なのか?
「ねね、悠菜《ゆうな》さん、ライン交換してくれない?」
そう言って未来《みく》が携帯を取り出した。
「あ! それはいいですね! 俺も是非!」
急に鈴木が身を乗り出してきた。
お前は遠慮しておきなさい。
「悠菜《ゆうな》さんって、天然なんだね~! これからもよろしくね!」
そう言う未来《みく》は、凄く満足そうだ。
まあ、問題がなきゃ、これはこれでオッケーか。
「ねえ、霧島《きりしま》君も教えてね?
その内、悠菜《ゆうな》さん、借りちゃうかも!」
にやにやしながら未来《みく》がこっちを見た。
「あ、ああ。こちらこそ、俺で良ければ」
未来《みく》も友香《ゆか》さんも、二人とも綺麗だし、断る理由がない!
だが、悠菜《ユーナ》を借りちゃうかも、って何だよ。
まあ、身分の違うセレブな二人ではあるが、
こうしてセレブの友達が出来たわけだ。
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―― ハイブリッドな俺と真っ赤なポルシェ ――
「悠斗《はると》く~ん? まだそこにいたの~? 早く入って来てね」
セレスティアの消えた空間を見つめてボーっと立っていると、
急に家の中から沙織《さおり》さんに呼ばれた。
「あ、はいはい」
返事をしながら、ガーデンテラスからそのままリビングへ入り込んだ。
リビングチェアーに座っていた沙織《さおり》さんが、
俺を見て、悪戯っぽくニヤニヤしている。
何かまた言いたそうだ。
「ねね、セリカちゃんどうだった~? 可愛いでしょ~?」
ほら来たよ。
何か、世話好きのおばちゃんっぽい所があるんだよな。
「ええ。可愛いってか、美人ですよね。金髪だし」
すると、椅子に座り直して身を乗り出してきた。
「もしかして、悠斗《はると》くんはセリカちゃんがタイプ?」
「タイプとかじゃなくても、普通に綺麗な人だと思いますよ」
昔から沙織《さおり》さんや悠菜《ユーナ》と一緒に生活していたせいか、
何かヤバいなと察していた。
妹の愛美《まなみ》やら母親にさえも、
普通の感情では言い表せられない、≪何か≫を感じてもいた。
「あ~悠斗《はると》くん、誤魔化したね~?」
沙織《さおり》さんは、見透かしたように俺に指をさして言った。
こうなるよな、やっぱり。
「誤魔化してるわけじゃないですよ」
「ふ~ん。そ~なの~?」
そう言うと、沙織《さおり》さんは両腕を頭の後ろで組みながら、
椅子の背もたれに身を任せた。
「そうですよ。それより、セレスティアさんはいつ頃来るんですか?」
そうなんだよな、宇宙人が攻めて来る前に先手打つ為に支度するって言ってたし。
「セリカちゃんね~ん~明後日には来ると思うよ~?」
「そっか。んじゃ、明日は学校行かなきゃね」
「勿論ですよ~ユーナちゃんと二人で、学校には行ってね?」
悠菜《ユーナ》と二人、ってのが少し気になって来た。
「悠菜《ユーナ》は、まだ俺の監査役?」
そう俺に聞かれて、沙織《さおり》さんが意外そうな表情になった。
「あれ~? 悠斗《はると》くんは、ユーナちゃんと一緒に居たくないの~?」
俺の顔を覗き込みながら聞いて来た。
「あ、いや、そう言うんじゃなくてね。
何かこう、まだ任務的に一緒にいるのかな? って思ってさ」
そう言うと、沙織《さおり》さんは微笑みながら答えてきた。
「ん~学校の卒業まではそうしようって、ご両親と決めてたしね~」
うちの親か。まあ、異次元とのハーフで生まれて来た訳だし、心配なのもわかる。
ただ、これまで違和感は余り感じないで生活して来たし、特に問題もなかった。
何より悠菜《ユーナ》がどうなんだろう。
あいつはそれで楽しいのか?
「悠菜《ユーナ》はどうなんだろうなーって思ってね。あいつ、大人しいからさ」
「悠斗《はると》くん、ユーナちゃんの事、心配してるんだね~」
そう言いながら、ニコニコして手を合わせている。
「あ、まあ、ちょっとは」
俺だって、いつまでも監査官付きじゃ自由じゃない気もするし。
鈴木が誘って来ても、悠菜《ユーナ》が一緒だと、気兼ねすることもあった。
俺も年頃の男って訳。
「確かにこれまでの十九年間、ユーナちゃんは大変だったと思うけどね~
だって、子供からやり直していたんだもん」
そうだった。
悠菜《ユーナ》は俺が生まれたと同時に、俺と同じ様に成長したと聞いた。
俺の成長に合わせて成長してきたと。
幼児に戻って、俺の成長と同じ様に成長して来たという事だよな。
俺には実際、その大変さはよく分からないはずだ。
「それって、大変な事だよね」
改めて悠菜《ユーナ》の大変さを感じた。
「そりゃね~」
沙織《さおり》さんはそう言って、深く息をついた。
幼児になっても俺の観察してるんだからな。
そして、何か危険が迫ったら対処する。
その毎日で、これまで生きて来た訳だ。
俺と同じ様に、ただ子供を生きて居た訳じゃないわけだ。
そんなの俺に出来るか? 当然無理だろうな。
「だよな。あいつ、そんな大変な事してきたんだな」
あいつの事をここまで考えた事なんて、今まで無かったかも知れない。
俺が十八になってから異次元の人間だとカミングアウトしたわけだし、
それまでは、この事がバレない様に普通を装って生活して来た訳だ。
「悠斗《はると》くん、ユーナちゃんて、凄いでしょ~?」
「あ、ああ。凄い奴だ」
そうとしか言えなかった。
そして同時に今は感謝も出来る。
それは勿論、沙織《さおり》さんに対しても同じだ。
「だから、私はユーナちゃんが凄く尊敬できるの~」
沙織《さおり》さんはそう言うが、
実は沙織《さおり》さんが凄いのかも知れない。
こうまでして悠菜《ユーナ》がその身を犠牲に出来る人だという事だ。
そう思うと俺は沙織《さおり》さんをまじまじと見てしまう。
沙織《さおり》さんを見ると、丁度立ち上がってこちらを向いた。
「ん~? どーしたのぉ? 一緒にお風呂に入る~?」
「え? いやいやいや、それはちょっと恥ずかしいです!」
全く、この人は屈託がない。
「ちょっと恥ずかしいの~? 慣れたら平気だよ~今から一緒に入る~?」
「すみません! 凄く恥ずかしいからいいです!」
「そお~なの~? じゃあ、入って来るね~」
そう言ってリビングから出て行った。
はあ。全く。ドキドキするわ。
沙織《さおり》さんか...。胸は大きいし、お尻もいい。
くびれたウエストに、あの胸とお尻はたまらんぞ。
悶々としたまま固まっていると、突然バスルームから声がした。
「悠斗《はると》く~ん! そこにいるー?」
「わ、あ、はいはい! なにー?」
咄嗟に呼ばれてビクッとしたが、直ぐに返事をした。
まさか、一緒に入れと言われるのか?! 嬉しいぞ!?
これ以上誘われたら断れないぞ?!
「ねね、まだアイスあったっけー? もう無くなってるかなー? 見てくれる~?」
アイス? ああ、冷凍庫見てくれって事ね。
誘われる事に、期待半分、困惑半分のまま冷凍庫を開けた。
無いな。きっと自分で食べたのに違いない。
「アイスは無いみたいよー? 俺、買ってくるよ」
脱衣場まで来るとすりガラス越しに声を掛ける。
「ホントに~? 嬉しー! よろしくね~」
そして俺は目を凝らしてみた。大きなすりガラスの扉だ。
すりガラス越しだとやっぱり見えないじゃないか!
「んじゃ、ちょっと行ってきます」
「はーい! ありがとー!」
ちょっとがっかりしながらも俺は脱衣場から出て来た。
「んじゃ、ちょっと行くかな」
そう言えば俺、リビングから入って来たんだっけな。
そう思い、ガーデンテラスから靴を拾い上げ、
リビングの窓の鍵を閉めて玄関へ向かった。
そして玄関の鍵を閉めて夜道を歩き始めた。
歩いて五分程の所に、二十四時間営業のコンビニがある。
そのコンビニの看板が見えて来た頃、ポケットの携帯が震えた。
何だこんな時間に誰だろ。
携帯の画面を見ると、≪可愛い愛美ちゃん≫と、出ていた。
あいつが勝手に登録したんだな。
「はいよーどしたー?」
「あ、お兄ちゃん! 一体何処に居るのよ!」
何をこいつは怒ってるんだか。
「どこって、沙織《さおり》さんのアイス買いにコンビニだよ?」
「あれ? そうだったの?
今裏の家に来たら、沙織《さおり》さんが一人でお風呂入ってるんだもん」
「そりゃ、俺が一緒に入ってたら問題でしょ?」
「あったり前でしょ! 馬鹿なの? 今からあたしも行くから待ってて!」
「はいはい」
馬鹿なの?って何だよ。まあ、少しは期待してたけどさ。
俺はコンビニの駐車場まで来ると、歩いて来た道を振り返った。
まだ愛美《まなみ》の姿は見えないが、じきに来るだろう。
コンビニを外から見ると、大抵、雑誌コーナーがガラス越しに見える。
そして更に大概は数名が立ち読みしてたりする。
大手コンビニが集客効果を期待して、こうやって設置しているらしい。
今もそうだ。雑誌を食い入るように見ている奴がいる。
愛美もすぐ来るだろうし、中へ入って待つか。
そう思い、中へ入ろうとすると、雑誌コーナーから何やら視線を感じた。
間違いない。俺は見られている。
じっとりとした視線を感じる。
俺は直感的に、そっちを見たらいけない気がした。
コンビニへ入ろうか、視線の先を確認しようか、一瞬だが悩んだその時、
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おにーちゃーん!」
俺は直ぐに声の主が、愛美《まなみ》だと気づいて振り返ったが、
同時に次の言葉に凍り付いた。
「あれ? 鈴木さんじゃない?」
て、あれか? あの鈴木か? 面倒になりそうだ。
愛美《まなみ》と一緒に悠菜《ユーナ》も来ている。
そして固まっている俺に、もう一度俺の腕を掴んで、揺さぶりながら言う。
「ねね、お兄ちゃんの同級生の鈴木さんじゃないの?」
近寄って来た愛美の指先を目で追うと、
雑誌コーナーで、両手を振っている奴がいる。
あのじっとりした視線は、やはりこいつだった。
「そうだな、あれは鈴木だ。店を変えるか? アイス無いかもしれないし」
今はあいつに会ってはいけない気がした。
「えー? アイスが無い事ないでしょ?
それより、あんなに手を振って、可愛いね」
本気で言ってるのか? こいつは。
俺はそう言う愛美《まなみ》を不安になった。
それとも、あれか? キモ可愛いってやつか?
ま、しょうがない。ここは入るしかないか。
意を決してコンビニへ入ると、既に鈴木が入り口まで来ていた。
「愛美《まなみ》ちゃんではないですか!
それに悠菜《ゆうな》ちゃんも! 感激だな~!」
今日大学で会ったばかりだろ。
「鈴木さん、お久しぶりですね~」
愛美《まなみ》は余所行きの声を出す時は、どうしても沙織さんぽくなるな。
大抵は母親に似るのだろうが、
うちら兄妹は沙織《さおり》さんの影響が大きいからな。
「ホント久しぶりー! 愛美《まなみ》ちゃん元気だったー?
俺さ、あれからずっと、愛美《まなみ》ちゃんの事がホントに、
ずーっと気になってて、俺具合悪かったんだよ?」
嘘をつけっ! お前、めっちゃ元気だったぞ。
「またまた~本当ですかぁ~?」
そう言いながら、愛美《まなみ》はコンビニの奥へ入って行く。
まあ、愛美《まなみ》にはそんなの通用しないと思うがな。
「でも、不思議だな~愛美《まなみ》ちゃんと会った途端に治ったみたい!」
鈴木は愛美《まなみ》の後を付いて行きながら話しかける。
俺は呆れて悠菜《ユーナ》を見たが、
悠菜《ユーナ》は鈴木に全く興味を示さず、アイスケースへ向かっていた。
まあ、愛美《まなみ》も悠菜《ユーナ》も鈴木の性格は把握しているしな。
俺も悠菜《ユーナ》の後を追う様に、そのままアイスケースへ向かう。
ふとガラス越しから外へ目をやると、駐車場へ車が一台入って来ていた。
真っ赤なポルシェじゃないか。
聞き覚えがあるフレーズだが、実際に見るのは初めてかも知れない。
ついついどんな奴が乗っているのか、この目で見てやろうと思った。
俺はガラス越しに暫く、その真っ赤なポルシェを見ているとドアが開いた。
そうか、左ハンドルなんだよな。左側のドアが開いて女性が降りた。
女かよ! しかもかなり若そうな女だなぁ。スタイルも良い!
「すいませ~ん! 誰かいますかー?」
その女の人は、コンビニへ入って来たかと思うと、そう叫んだ。
そりゃ、誰かいるでしょ。
余り見かけない光景に、俺は釘付けになった。
行き成り叫ぶとか、何かあったのか?
レジ付近に居た店員がキョトンとしていたが、慌てて返事をした。
「は、はい! 何でしょう!」
そう言った店員を見つけると、その女の人はレジの傍へ歩き出した。
「あのー、氷ありますかー?」
え? 氷? て、あのただの氷?
「あ、はい! こちらです」
店員はそう言うとレジから出て、手を差し出しながら歩き出す。
「よかった~どこですか~?」
そう言いながらその女の人は店員の後を付いて行く。
「おおおおおー! 貴女はいつぞやのレディー様ではありませんかぁあああー!」
鈴木が叫ぶ声が聞こえた。なんだかな、あいつは。
それよりあいつの知り合いかとはびっくりしたぞ。
鈴木がその人に駆け寄り、膝を床についている。ホストか貴族かよ。
ちょっとした騒ぎにその店員は、どうしたものかと戸惑っている。
そして、その女の人もたじろいでいる。鈴木に見覚えがないらしい。
「お忘れですか!? 大学のフードコートであいつが失礼をした時にいました!」
そう言って、俺を力強く指さした。
「えええ? おれー?」
適当な事言うんじゃないよ。そんな覚え...
俺は、過去の記憶を瞬時に呼び起こそうとして、ハッとした。
「あ、俺がぶつかった?」
後ずさりしていた女の人は、こっちを怪訝そうに見ていたが、
その後、直ぐに思い出した様に表情が和らいだ。
「ああ~あの時の! ここで会うなんてね~」
笑顔になってくれて良かった。笑顔が可愛いし!
騒ぎに気付いて、悠菜《ユーナ》と愛美《まなみ》も俺の傍へ来た。
「あら? 皆さんでお買い物ですか?」
そう言って笑顔で近づいて来た。中々可愛いぞ。
「あ、こっちは幼馴染で、こっちは妹です」
そう答えると、愛美《まなみ》が俺の足を踏んできた。
「初めまして、こっちが妹です~」
そう言いながら俺を睨む。まあ、結構こういう場面が多いんだよな。
悠菜《ユーナ》は無表情だが、これもいつも通りか。
「妹さんは高校生くらいですか? 可愛いー!」
そう言われて少し機嫌が良くなったのか、踏みつけていた足をどかした。
「妹の愛美《まなみ》です~」
若干、沙織《さおり》さんの口調になって来てるぞ。
「そちらの女性は大学で会ってますよね?
あ、髪の毛シルバーに染めたのね! いい感じ!」
そうか、初日に会った時は黒く染めてた時か。
「ああ、こっちは幼馴染の悠菜《ゆうな》。
この髪色が本当で、あの時は、黒く染めてたようですよ」
無口な悠菜《ユーナ》の代わりに、俺が代弁したりして。
「あ、そうだったんだ~綺麗な色ですね~」
へえ、感じ良さそうな人だな、この人。
「俺は鈴木です! 鈴木茂です! 彼女募集中です!」
ああ、こいつが居たんだっけな。
鈴木が、俺とその女の人の間に入って来た。
「あ、私、未来《みく》です。あなたは?」
そう言って未来《みく》さんは、鈴木越しに俺を見た。
「あ、俺は悠斗《はると》。霧島悠斗《きりしまはると》です。よろしく」
俺の視線を、遮る様に立っている鈴木越しに答えた。
邪魔だなホントに。
「で、氷ですか?」
俺は、最初に気になっていた事を思い出した。
「あ、そうそう! 氷切らしちゃって~買いに来たのね」
氷切らすって、俺はあまり経験がないなぁ。
「はあ、切れちゃったんですか」
「うん、切れちゃったんです」
そのままかよ。
「氷でしたら、こちらです! ささ、どうぞ!」
こういう時の鈴木は素早いよな。そそくさと案内している。
「あ、ありがとう」
幾分、圧倒されながらも、未来《みく》さんは鈴木の後を付いて行く。
店員は、騒ぎも収まってほっとしたように、レジへ戻って行った。
気づくと愛美《まなみ》と悠菜《ユーナ》は、
アイスのショーケースを仲良く覗いていた。
こう見ると、本当に仲の良い姉妹だな。
しかし、未来《みく》さんって、ポルシェ乗ってるのかよ。
まだ大学生だぜ?
俺は、ガラス越しに見える未来が乗っていた車を見た。
まあ、親が金持ちなんだろうな。
バイトして買っちゃいました~とか、んなわけないよな。
「ね~お兄ちゃん? これ美味しそうじゃない?」
愛美《まなみ》が、そう言ってアイスを持って、俺に話しかけた。
「ああ、食べた事無い奴だな~」
新商品か? 近寄ってショーケースを覗き込んだ。
「お、これもいいな。あ、沙織《さおり》さんのはどれにする?」
そう思って悠菜《ユーナ》を見ると、
既に箱に入ったタイプを幾つか持っている。
「これ」
悠菜がそれらを俺に見える様に差し出した。
「それか? お徳用パックとかって、実は一個が少し小さいんだぜ?」
買ってみたことがあるから分かっている。
種類によっては、一個当たりの大きさが、一般よりもかなり小さい物もあった。
「あー! お兄ちゃん知らないんだー!
沙織《さおり》さんは、この大きさが好みなんだよ~」
愛美《まなみ》がそう言って、
陳列棚の横に積み上げてある買い物籠に、幾つもアイスを入れながら言う。
そうして、その籠を俺に持てと言わんばかりに渡してきた。
「はいはい。て、こんなに買うのか?!」
籠を受け取って持つが、かなり重い。アイスばかりが山盛りに入っている。
「んー他は特にないかなー? 悠菜《ユーナ》お姉ちゃん、何か買う?」
既に悠菜《ユーナ》は、愛美《まなみ》と並んでレジへ向かっていた。
俺は、チラッと鈴木と未来《みく》さんの方を見たが、
未来《みく》さんも、かなり氷を買い占めているようだ。
床に買い物籠があったが、
そこには氷の入った袋が溢れる程、詰め込まれていた。
あんなに氷買って、一体何に使うんだよ。
「未来《みく》さん、これでいいですか? 俺が持ちますから!」
そう言って、鈴木が籠を両手で持ってレジへ向かう。
かなり重いぞ? あれは。鈴木、ふらふらしてるし。
「あ、ありがとう」
苦笑いしながら、未来《みく》さんが鈴木の後を歩く。
幸せそうで良かったな、鈴木。
「お兄ちゃーん! 早くー!」
「あー、はいはい」
未来《みく》さんの会計が済んだ後に、俺も会計を済ませた。
が、アイスだけで買い物袋が三つになってるし。
俺はそれを両手に持ち外へ向かう。
コンビニを出たところで、未来《みく》さんに声を掛けられた。
「じゃあ、悠斗《はると》君、また大学でね。
愛美《まなみ》ちゃんと悠菜《ゆうな》さんもまたね」
バイバイと手を振りながら、真っ赤なポルシェに乗り込んだ。
助手席側には、鈴木が乗り込んでるし。
「霧島《きりしま》、じゃあなー!
俺、ちょっと未来《みく》さんの荷物下すの手伝って来るから!
さ、未来《みく》さん、行きましょう!」
確かに、あれだけの氷を買い込んだら、車から降ろすのも大変だろうな。
俺が会計を済ませている内に、そう言う事になったのだろう。
「あーわかったよ。未来《みく》さん、またね」
俺がそう言って未来《みく》さんに声を掛けると、
真っ赤なポルシェは、滑る様に動き出した。
「ねーお兄ちゃん、あの車、何て言うの?」
「あれな、ポルシェって言う高い車」
「ふ~ん。綺麗な赤だね」
そうは言ってるが、妹が車に興味を持っているとは思えない。
多分、≪真っ赤な車≫という事だけに関心を持っただけだろうな。
「アイス融けちゃうから、早く帰ろう!」
そう言って愛美《まなみ》は歩き出した。
それに合わせて悠菜《ユーナ》も歩き出す。
「あ、そうだな」
両手に買い物袋を持った俺も、速足で二人の後を追った。
―― 愛美《まなみ》の悠菜《ゆーな》 ――
悠菜《ユーナ》お姉ちゃんがキッチンで夕食の片づけをしている。
あたしはダイニングテーブルを拭きながら、何気なくその後姿を眺めていた。
身長は私と同じ位か少し高い程度だろうが、
こうして見ていると存在感がたっぷりと感じられた。
背中の中程まである銀色の髪がキラキラ輝いている。
腰のくびれから下には、形のいいヒップラインが見えている。
私は自分の腰回りを手で確認しながら、ついつい見とれてしまっていた。
(結構いい身体つきしてたんだ~悠菜《ユーナ》お姉ちゃんって!
で、でも、胸は負けてない...はず。 沙織さんには負けるけど)
そんな事を思いながら、胸を手で包んで見る。
だが、そんな事全てを含めて少し自慢げに感じていた。
あたしにとって悠菜《ユーナ》お姉ちゃんは、
これまで頼れる姉の様な存在でもあった。
普段は楽天家で悠悠自適、一見頼りなさそうなお兄ちゃんに比べ、
いつも傍にいた悠菜《ユーナ》お姉ちゃんは凄く対照的だった。
意気自如《いきじじょ》で頭脳明晰。
容姿端麗とか明眸皓歯《めいぼうこうし》とかの学校で習った四文字熟語、
悠菜《ユーナ》お姉ちゃんにピッタリだと思う。あたしの自慢の姉だ。
(そう言えば、沙織さんもスタイル良いしナイスバディーだ!
セレスティアさんと言い、あっちの人って完璧な人ばっかじゃん!)
思わず腕組みをして考え込んでしまった。
(もしかしたら、あたしもあっちの人とのハイブリッドって事は無いのかな!?
ま、それはあり得ないよね~)
そんな空想をしながら思わず笑みがこぼれた時、
悠菜《ユーナ》お姉ちゃんの視線に気づいた。
銀色に澄んだ瞳は優しく輝いている。
「ゆ、悠菜《ユーナ》お姉ちゃん! あ、洗い物終ったの?」
慌ててそう聞くと、悠菜《ユーナ》お姉ちゃんはこくんと頷いた。
そしてリビングへ向かう時、あたしとすれ違い際に言った。
「愛美《まなみ》だけは、間違いなくお父様とお母様の子だよ」
そう言うとあたしから離れ、今はリビングの窓のカーテンを閉め始めている。
あたしはその言葉に一瞬ハッとしたが、すぐにいつもの事かと気が緩んだ。
(悠菜《ユーナ》お姉ちゃん、いっつもあたしの事分かっちゃうんだよな~)
昔からそう言う事が多かった。
あたしがちょっと些細な事で悩んでたりすると、大抵声を掛けてくれた。
ある時、小学校から帰って来たばかりのあたしが、
家の玄関へ入るなり大泣きしていたところへ、
遅れてお兄ちゃんも学校から帰って来た事があった。
泣いているあたしを見て、お兄ちゃんはオドオドしながら理由を聞いてきた。
お兄ちゃんを見た途端、独りじゃないと安心して更に泣きじゃくってしまい、
上手く訳を話せないでいた。
そこへ家の裏に住む悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが近寄ってきて、
そっと耳打ちして来た事があった。
「あの猫ね、愛美に感謝してたよ。今までありがとう。
そして、どうか悲しまないでって」
あたしはその言葉にどれだけ救われたことか。
猫が話せる訳が無い事ぐらい小学生のあたしだってわかってた。
でも、悠菜《ユーナ》お姉ちゃんがそう言うと本当にそうなんだと思えた。
だからあたしは、前から悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが大好きだった。
近所に老夫婦が住むお家《うち》があったのだが、
そこの猫がある日死んでしまったのだ。
後から知ったのだが、猫にとってはかなり高齢だったようで、
死因は老衰らしかった。
あたしは、そのお家《うち》に住むお爺ちゃんお婆ちゃんも、
優しくて好きだったのだが、そこで飼われていた猫ちゃんも大好きだった。
小学校の帰りにその家の前を歩くと、いつもその猫に声を掛けられていた。
最初の出会いは、そのお家《うち》の前を歩いていた時だった。
ある朝、急に猫の鳴き声がした。
あたしは立ち止まってキョロキョロ見回していた。
しかし、小学校に通い始めた頃の小さいあたしは、
その姿は見る事が出来ないでいた。
すると、目の前にストンと一匹の真っ白な猫が飛び降りて来た。
塀の上から飛び降りたらしい。
その時は突然の事でびっくりしたが、
優しく鳴きながら尻尾を立てて足元にすり寄って来た。
それから暫くは、小学校の行き帰りにその猫とちょっとした関係が始まった。
あたしが通り過ぎると猫が声を掛ける。
あたしはただ塀の上の猫を見て笑いかける。そして、たまにニャーと言ってみる。
最初はただそれだけの事だった。
そんな関係が暫く続いたある日、
そのお家《うち》のお婆さんが玄関先に立っていた事があった。
腰など曲がってはいないが、それなりに高齢なのはわかる。
だが、とても上品で優しそうに見えた。
あたしは塀の上の猫に呼び止められ立ち止まると、
そのお婆さんに声を掛けられた。
「あら、お嬢ちゃんなのね~いつもこの子が呼んでいたのは」
そう言うと塀の上の猫に手を差し伸べた。
その猫はゆっくりお婆さんの手の中へ、自らその身を伸ばして抱き抱えられる。
「この子はシロって言うのよ~仲良くしてくれてありがとうね」
あたしは名前を知った喜びと、その優しそうなお婆ちゃんに安心していた。
それからは、このお家《うち》にお爺ちゃんも居るという事や、
たまに高校生位のお孫さんが来る事も知った。
あたしが小学校高学年になり、
お兄ちゃんと悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが中学生になった年の冬のことだった。
登校時いつもの様にその家の前に来ると、シロが塀の上から飛び降りて来た。
普段は塀の上から鳴くだけなのに、その日は違っていた。
塀の上で一声鳴くと、ゆっくり身を起こし塀から飛び降りたのだ。
あたしは珍しいと思いながらも、足元に絡みつくシロを優しく撫でた。
そして、抱き上げると腕の中でシロはこちらを見上げていた。
とても綺麗な瞳だったのが印象的だった。
その日の下校時、お家《うち》まで来てもシロの姿も声もしない。
不思議に思い玄関へ目をやるが姿も無い。
急に胸騒ぎがしてそのお家《うち》の玄関を叩いた。
すると、中からお婆さんの声がして玄関が開いた。
「愛美《まなみ》ちゃん。お帰りなさい。実はシロがね...」
そう言うと言葉を詰まらせた。
あたしは、どうしたのか見当も付かず尋ねた。
「シロはどうしたの? 怪我しちゃったの?」
お婆さんは、困ったような表情のままお爺さんを呼んだ。
家の奥からお爺さんが来ると笑顔ではあるが、
ぎこちない表情なのは子供のあたしでもわかった。
「愛美《まなみ》ちゃんかい? こっちへおいで」
そうお爺ちゃんに言われ、家の奥へ案内された。
そこには、いつもシロが寝ているという座布団の上にシロらしき姿があった。
だが、シロであればあたしに気付いて近寄るか、こっちを見て鳴くかする筈だ。
だから、これは間違いなくシロではない筈だった。
「シロはね、今日の朝死んでしまったんだよ。本当に眠る様に死んでしまったよ」
あたしは目の前がガラガラと崩れていくような、
そして真っ暗になってしまうような感覚に陥った。
その後の事はその時はよく覚えていなかった。
ただ気づいたら自分の家の玄関先で泣いていた。
今朝のシロと触れ合ったばかりなのにと涙が止まらなかった。
お兄ちゃんが帰ってきて更に涙が溢れて、
自分が何故泣いているのか訴えたかった。
だが、酷く悲しみが込み上げて何も言えないでいた。
そんな時に、悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが声を掛けてくれた。
「あの猫ね、愛美に感謝してたよ。今までありがとう。
そして、どうか悲しまないでって」
猫が話せる訳が無い事ぐらい、小学生のあたしだってわかってた。
でも、悠菜《ユーナ》お姉ちゃんがそう言うと本当にそうなんだと思ってる。
その言葉はあたしの中へスーッと染み渡り、融けていくようだった。
たった今までの辛い悲しみが、自然にシロとの楽しい思い出に変わっていった。
今朝のシロを抱き上げた温かさと、綺麗な瞳を思い出していた。
だからあたしは、お兄ちゃんと同じ位に悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが大好きだ。
あたしはリビングのソファーに深く座り考え込んでいた。
さっき悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが、
裏庭の塀にフォーク一本で大きな穴を開けた事が、
やっぱりどうしても、理解出来ないままでいた。
確かに家で使っていた普通のフォークだった。
丁度その時、リビングに悠菜《ユーナ》お姉ちゃんが入って来た。
二階の戸締りを確認して来たのであろう。
「ねえ、悠菜《ユーナ》お姉ちゃん! さっきの塀の穴ってどうやったの?」
あたしはソファーから身を乗り出し、悠菜《ユーナ》お姉ちゃんに聞いてみた。
「理屈は簡単。でも、今の愛美《まなみ》には、理解も出来ないと思う」
そう言う悠菜《ユーナ》お姉ちゃんは、少しだけ寂しそうな表情に見える。
そっかぁ。まあそうだよね。あんなの、アニメや映画の世界だよね。
「そっかぁ~やっぱ凄いよね~悠菜《ユーナ》お姉ちゃん!」
あたしは益々、悠菜《ユーナ》お姉ちゃんの存在に心強くなった。
「ねね、悠菜《ユーナ》お姉ちゃん。ずっと一緒に居てね!」
急にどうしても言いたくなった。
そして悠菜《ユーナ》お姉ちゃんに近づいて行った。
その時の悠菜お姉ちゃんは、少しだけ驚いた表情になった気がした。
普段は表情など変える事など、滅多にないのに。
でもすぐに優しそうな表情になり、あたしの目を見つめてくれた。
「うん。そのつもり」
そう言われて、凄く嬉しくて安心した。
「絶対だよ? 約束だからね!」
あたしは、衝動的に悠菜《ユーナ》お姉ちゃんに抱きついていた。
―― 妹と異次元の監察官とハイブリッドな俺と ――
皆さんこんにちは。霧島悠斗《きりしまはると》です。
大学へ進学した時に、
異次元の生命体と地球人とのハイブリッドを打ち明けられてからは、
これという生活の変化はなかったが、遂に事件です。
何と異星人が地球人と接触する恐れがあると言う。
そこで、その為の対処方法を異次元の人に相談する為、
専門家を俺たちの家に呼んであるという。
夜には来ると悠菜《ユーナ》が言っていたが、
先に妹の愛美《まなみ》にも報告が必要だと判断して、
帰りに外で待ち合わせる事になったわけ。
そういや、お茶菓子とか用意した方がいいよな。
気分を害されて外交問題にでもなったら大変だし。
待ち合わせの駅へ向かう途中にふと気になった。
「なあ、悠菜《ユーナ》。今日来る人って、好みとかわかる?
何かお茶菓子とか買っていこうぜ?」
横を歩く悠菜《ユーナ》に問いかけた。
「好みは知らないけれど、コーラは飲ませたら駄目」
「ふ~ん。コーラ苦手なのか」
まあ、子供の頃飲むのを勧めない大人もいたっけな。健康フリークなのか?
ま、適当に飲み物は用意しておくか。
夕飯はどうすんだろ。地球の食べ物って口に合うのかな?
その時、急に頭の中に妹の気配を感じた。
この感じは前にもあった。
俺たち兄妹と両親、沙織《さおり》さんと悠菜《ユーナ》の六人で、
大きなレジャーランドに行った時。
そうあれは、妹がお土産ショップではぐれた時だ。
あの時は、突然泣いている愛美《まなみ》が頭に浮かんで来たっけ。
それを意識して感じ取ろうとすると、次第に愛美《まなみ》がいる方向や、
その距離までもイメージとして頭に浮かんだ。
ただあの時は、急に泣いている愛美《まなみ》が頭に浮かんだことに驚いて、
自分の能力などさほど気にならなかったっけな。
いつも笑顔で可愛い妹だったが、つい泣き顔を見てしまうと、
ついつい動揺してしまっていた。
その時、難なく愛美《まなみ》を見つけて声をかけると、
親よりも俺へ飛びつく愛美《まなみ》を、更に愛しく思ったもんだ。
そして、この先もずっと愛美《まなみ》を護ってやるんだと、
妙な使命感を感じてたっけ。
そんなことを思い出しながらニヤニヤ歩いていると、
更に愛美《まなみ》の気配が強くなってきた。
「わっ!」
背後から背中を軽く叩かれる。振り向くとやっぱり愛美《まなみ》だ。
「お兄ちゃん、びっくりした?」
目をキラキラさせながら下から顔を見上げてくる。
「うん、びっくりしたよー」
「嘘だぁ~昔からお兄ちゃん、あたしが脅かしても平気そうだった~」
そうだったな。
昔、友達数名とかくれんぼをした時にだって、
愛美《まなみ》だけは隠れた場所がわかったっけな。
あの頃は、血の繋がった兄妹とはそういうものだと気にもしなかったが。
「ねえ、悠菜《ユーナ》お姉ちゃん、何か食べてこうよ~」
今度は悠菜の腕を掴んで甘えている。
可愛い妹よ、悠菜《ユーナ》の手強さはお前も知っているだろう?
目の前で二人が話している。まあ、一方的に愛美《まなみ》が話しているが。
しかし、こう見ると二人とも中々可愛いな。
悠菜《ユーナ》はクールで知的に見えるし、
愛美《まなみ》はチャーミングで可愛らしい。
二人並ぶとかなり目立つな。歩く人がチラチラ見てる。
あいつなんか二度見してるよ。
二度見する瞬間って、実はコント以外ではあまり見かけないぞ?
「お兄ちゃん! 早く行くよー!」
あれ? もう歩き出してるし。諦めて帰るのか?
「お惣菜か何か買ってくんだろ?」
俺はそう聞きながら二人の後を追う。
「うん、クレープ買ってからね~」
ほう。悠菜《ユーナ》を口説き落としたか。見事だな、わが妹よ。
だが、悠菜《ユーナ》は案外、愛美《まなみ》には優しいのかも?
クレープ屋に着くと、ショーケースの中とメニューを見比べながら、
早速、愛美《まなみ》が楽しそうに、店員さんと話してる。
その横で無表情でスッと立っている悠菜《ユーナ》。
うーん。対照的だな。
まあ、ああ見えて悠菜《ユーナ》の年齢は、俺よりずっと上らしいし当然か。
「お兄ちゃんは何にする? 決めていい?」
にこにこしながら聞いてくる。一つに決められなかったわけか。
「ああ、任せるよ」
「うん! 任せて!」
そう言うと、ショーケースの向こうにいる店員さんへ背伸びしながら話しかける。
「えとね、ショコラ生クリームとぉ~、
マシュマロオレオショコラ生クリーム!
それから、いちごバナナ生クリームで! お願いしまーす!」
「悠菜《ユーナ》は何にしたんだ?」
「愛美《まなみ》に任せた」
なるほど。あいつの食べたいクレープ、トップスリーって事か。
クレープを受け取ると、俺たちは近くのベンチに腰かけた。
「で、今日、誰が来るの~? あ、お兄ちゃんちょっと一口頂戴」
俺のクレープにパクつきながら愛美《まなみ》が悠菜《ユーナ》に聞く。
「将軍」
と、一言、悠菜《ユーナ》が答える。
「へ? しょーぐん?」
意外な返答に俺は固まる。
「へ~将軍さまかぁ~もう一口頂戴」
モグモグしていた愛美《まなみ》はそう言うと、更に俺のクレープに食いついた。
もう少し驚かないのか妹よ。
「将軍って、どしてだよ」
「この件は詳しい専門の方に伺った方がいいとの判断で、将軍」
淡々と悠菜《ユーナ》が答える。
まさか、戦争とか? しかも規模はデカすぎる。
人類未曾有の宇宙戦争? 異次元戦争?
まあ、そうならない為の手段を考えるわけだな。
「でさ、でさー! その将軍様は何食べたいかな~お土産買っていこうよ!」
「好みは知らない。コーラは駄目」
デジャブか? 違うな。さっき俺が悠菜《ユーナ》に聞いたっけな。
「そっか~じゃあさ、デパ地下のお惣菜見に行こうよ!
あたし、シュウマイがいいな~よし! いこー!」
そう言うと、スッと立ち上がった。
お前が食べたいだけか。
悠菜《ユーナ》は残ったクレープを、スッと愛美《まなみ》に差し出す。
「もういいのー? ありがとー!」
差し出されたクレープを受け取ると、嬉しそうに又ベンチに腰掛ける。
「でさ、悠菜《ユーナ》。その将軍はいつ頃、家《うち》に来るんだ?」
「ゲートが見えにくくなる時間。恐らくは午後七時頃」
「そ、そうか」
ゲートって、ワープみたいなのかな。
「じゃあ、早く支度しなきゃね!」
悠菜《ユーナ》の残りを食べ終わった愛美《まなみ》が、そう言うとスッと立つ。
そして俺の食べかけのクレープを見つめる。
「もう、いいや。お兄ちゃん、早く食べちゃってー
あたし何か飲みたくなっちゃった」
はいはい。
悠菜《ユーナ》も立ち上がってこちらを見ている。
俺は残りのクレープを強引に頬張るとベンチを立った。
皆さんこんにちは。悠斗《ゆうと》です。
右隣を歩いているのは妹の愛美《まなみ》。
これまで俺を育ててくれた両親の、実の生みの子だ。
俺は母親の染色体と異次元の染色体から
創造されたわけだから、
半分は血縁関係があるというのかな。
ともあれ、この妹を両親同様溺愛している。
そして左側は監察官の悠菜《ユーナ》。
そうです。俺が阻喪《おそそ》をしないか監視してます。
幼いころから常に同級生として傍にいた存在だが、
彼女はエランドールの住人だ。
高校までは大人しく目立たない感じの容姿ではあったが、
この事実を俺に明かすまでは、
あえて目立たない様にしていたらしい。
大学へ来るようになっていつの間に伸ばしたのか長い髪、
陽の光に反射してキラキラ銀色に輝いている。
目にも銀色のカラコンまで入れてるし。
それでも妙に似合っている。結構プロポーションも良いな。
そうなんだよな。磨けば光る女の子だと見抜いてましたよ。
だが、口調は以前と変わりはない。
まあ、見た目だけでもこんなに変わったのは新鮮でもある。
これこそが大学デビューというものなのか?
真ん中を歩く俺の右手には、
デパ地下で愛美《まなみ》が買い込んだお惣菜の類。
左手にはペットボトルやら紙パックの飲み物類。
肩にはショルダーバッグを掛けてます。
昔からこの扱いは変わってないな。
両サイドを歩く二人とは、
妙なアンバランスを感じながら家の前まで来た。
「やっと着いた」
玄関の前まで来ると思わず心の声が漏れた。
「お兄ちゃん、お疲れ様~荷物ありがとね~」
愛美はそう言うと、お惣菜が入った袋を俺から受け取り、
玄関を開ける。
「沙織《さおり》さーん、たっだいまー!」
「は~い! おかえりなさ~い!」
リビングの方から沙織《さおり》さんの声が聞こえる。
悠菜《ユーナ》と玄関へ入ると、
そこに見慣れない女性物の靴があった。
これ、沙織《さおり》さんのかな? 新しく出したのか?
そう思っていると悠菜《ユーナ》が口を開いた。
「もう来ている」
そう言いながらリビングへ向かっていった。
来てる? 誰がだろう。沙織《さおり》さんのお友達?
「あら? お客様?」
先にリビングへ入った愛美《まなみ》が声をかけた。
「お邪魔しております。セレスティア・リリー・カルバンです」
愛美《まなみ》の声に答えたのであろう、
リビングからそう聞こえた。
俺も悠菜《ユーナ》に続いてリビングへ入ると、
長い金髪の、長身で若い女性が立っている。
近くに沙織《さおり》さんもいたが、
比べても沙織《さおり》さんよりも背が高い。
何よりも黄金に輝く髪の色が綺麗だ。
「貴殿が悠斗《はると》殿か! それに、ユーナも久しぶりだ!」
「久しぶり」
悠菜《ユーナ》はいつものようにそう答えるが、貴殿って。
聞き慣れないなぁ。
あ、もしかしてこの人が話してた将軍さまとか?
女の人が将軍?
そして俺に近寄って来たかと思うと、おもむろにハグをされた。
いい匂いだ。びっくりしたが身を任せてしまった。
柔らかな黄金の髪の毛が頬に触れて心地よい。
「ねね、セレスティアさんでしたっけ? とりあえず座りましょう」
見ていた愛美《まなみ》が慌てて声を掛けた。
「これは失礼した!
以前から話を聞いていたので初対面とは思えなくてな。
如何にも、我がセレスティア・リリー・カルバン。
そして其方が愛美《まなみ》殿ですね?」
そう言うと、セレスティア何とかさんは俺から離れ、
今度は愛美《まなみ》に近寄りハグをする。
「わっ! ちょ、セレスティアさん! 座りましょ?」
「あ、度々失礼した」
少し名残惜しかったが、ここは愛美《まなみ》が正しい。
座って貰おう。
俺たちはリビングのソファーへそれぞれ座りだした。
ニ、三人が座れるソファーへ俺と愛美《まなみ》が座る。
向かい合わせて同型のソファーへ沙織《さおり》さんが座り、
横をポンポンと叩きながら悠菜《ユーナ》を見上げる。
そして、挟むように置かれた一人掛けのソファーへ、
セレスティアさんを促した。
こうして俺たちはソファーへ座り込んだわけだが、何から切り出すか。
「あ、何か飲み物でも?」
たまらずそう聞いてみた。
「そうね~ここはユーナちゃんにお願いしようかしら~
お願いしますね~」
沙織《さおり》さんがそう言うと、
悠菜《ユーナ》はスッと立ちキッチンへ向かう。
「さてさて~まずは、改めて自己紹介ね~
まずはセリカちゃんから~」
あれ? セレスティア何とかじゃなかったっけ? 名前。
そう思っていると、セリカちゃんと呼ばれたその女性が
口を開いた。
「承知した。名前はセレスティア・リリー・カルバン。
この方はセリカと呼ぶことが多いですが」
そう言って沙織《さおり》さんを横目で見たが、
そのまま話しを続けた。
「この度、危険な生命体との接触を懸念しているとのこと。
それならば早急に対処した方が良い、
との判断で特殊ゲートを使用した」
「それでこんなに早い時間だったのね~さすがね~将軍さま」
沙織《さおり》さんがそう言うが、俺には全く意味が分からない。
愛美《まなみ》も同様だろうな。キョトンとしてる。
そこへグラスに注がれた飲み物を持った悠菜《ユーナ》が、
それぞれ手渡す。
「ユーナちゃん、ありがとね~」
沙織《さおり》さんは悠菜《ユーナ》に手を合わせて言うが、
軽く頷いた悠菜《ユーナ》はそのまま隣に座った。
「あのね~この間話したの覚えてる~?
元は地球に生活していた異世界の人が居るって~」
沙織《さおり》さんがそう言って俺を見る。
「ああ、そういう人が居るって言ってたよね」
覚えてる。意外な話だったから忘れるわけがない。
「うん、うん~セリカちゃんのご先祖さまがそうだったのよ~
同じ地球人なの~」
「おおー! そうなんだ! どの辺りにいたんですか?」
急に親近感が涌いて聞いてみると、セレスティアが答えた。
「過去に調べたことがあったのですが、
ムー大陸とか呼ばれているようです。
ですが、今の地球には存在しない土地なのです」
知ってるとも! 雑誌にもなってたぞ。
確か、海に沈んだとか言われてたよな。
「それってどこにあったんですか?」
思いもよらない話に食いついてしまう。
「残念ながら、随分昔に大陸ごと移動したと聞いております」
大陸ごとって、すげーなおい。消えた大陸そのものかよ。
「そこは私も~調べたことあるのよ~」
相変わらずおっとりした口調で、沙織《さおり》さんが話し出す。
「過去に私たちの種族とぉ~
ムー大陸の種族との交流の話でぇ~
地球の未来に悲観したムーの王様がね~
私たちの世界へ民を移住させて欲しいと悲願したお話なの」
そんなことがあったのか。
しかし、サクッと話してるけど中身は凄い話だな。
「むかしぃ~アトランティス人と呼ばれていた人たちも、
異次元へ来てますよ~」
「おお!! その名前も知ってるぞ!
アトランティス大陸ね! そうか~」
思わず声を上げてしまう。
何だか知らない学者が唱えている突拍子もない説が、
簡単にこんな形で立証されていくとは彼らも思うまい。
「ね~? ユーナちゃ~ん」
そう言って沙織さんが隣に座る悠菜《ユーナ》に話かけた。
「ええ」
単調に悠菜《ユーナ》は答えたが、
どことなくいつもより表情は柔らかく思えた。
悠菜《ユーナ》に関係あるのか?
「本題に入りましょう」
悠菜《ユーナ》はすぐに表情を引き締めてそう言った。
「今回の調査結果はセレスから。お願いします」
悠菜《ユーナ》はセレスティアをセレスって呼ぶのか。
そう思っていると、
セレスティアは軽く座りなおしてから話し出した。
「調査したところ、地球からはオリオン、
ゼータ星方向からの飛来を確認した。
到達予測時間は七百時間。目的は地球の海水と予想される」
絶句してしまった。宇宙人が海の水を奪いに来ると言うのか?
てか、どうして海の水? ゼータ星ってどこよ。疑問だらけだ。
「ありがとうセリカちゃーん。で、どう対処したらいいかな~?」
沙織《さおり》さんが手を合わせながらセレスティアに聞く。
「海水のコピーを渡して追い返すか、
こちらから出迎えて戦うか、でしょうね」
その問いに腕を組みながらセレスティアは答える。
何か色々凄い話になって来たな。
リビングの空気がピーンと張り詰める。
そりゃそうだろうな。
宇宙の果てから、海の水を奪いに侵略者が来るんだからな。
七百時間って何日だ? 携帯で計算すると三十日、一か月か。
ピーンと張り詰めた空気の中、急にそれは崩された。
「あ、セレスティアさん、シュウマイ食べられる~?」
唐突に愛美《まなみ》が聞き出したのだ。
思い切り拍子抜けした。
こいつは事態の深刻さが分かっていないようだな。
「しゅうまい? ですか?」
「うんうん。デパ地下のやつ。美味しいですよ~」
「そうですか? では、戴きます」
愛美《まなみ》はそう言われるとスッと立ち上がり、
そのままキッチンへ行った。
こいつ、話をシュウマイにしちゃったよ。
あ、終舞(しゅうまい)? 掛けたの? まさかな。
「待て待て、その宇宙人の襲来は?
好戦的なんでしょ? 侵略者なんでしょ?」
そう俺に言われてセレスティアは気が付いた。
「そうでした。
彼らはこれまでも侵略、強奪を繰り返してきている種族です。
私としては太陽系に近づく前に迎え撃つのが得策かと」
そうセレスティアは言いながら沙織《さおり》さんを見る。
迎え撃つって、どうやって?
遥か宇宙の彼方から、
海水欲しさにここまで飛んできちゃう奴らでしょ?
間違いなくNASAとかの技術水準を、
かなり遥かに上回ってるわけだよね。
「ん~そこのところは私たちでは決めかねますね~」
セレスティアを見ていた沙織《さおり》さんが、
俺に目線を移して言う。
「悠斗《はると》くんはどうしたいのかな~?」
どうしたいって言われても、俺には見当もつかない。
「は、話し合いは出来ないのかな」
一応提案してみる。
「出来ないと思われます。
彼らは地球の生命体全てを下等生物と認識しています」
セレスティアはきっぱりと断言した。
「でもさ、話してみないとさ」
そう言われると、セレスティアはさらに続けた。
「貴殿はご自身の窮地に、
下等生物の話に耳を傾けてられますか?」
下等生物って、アメーバやミドリムシくらいか?
そりゃないな。何か他に案はないか?
「でもさ、さっきコピーを渡してお帰り戴くみたいな事も
提案してたよね?」
「はい」
セレスティアが頷く。
うん。出来る限りの争いは避けたい。
好戦的な種族との交流会とか実現不可能だろうし、
ましてや下等生物扱いされるのも嫌だな。
「俺としてはそいつらとの接触は避けたいけど、
ここまで来ようとしているわけだし、
ここまで来る前にコピーを渡して、ここは丁重にお帰り戴こう」
そう言って三人を見渡すと、
三人とも俺の考えには興味があるように聞いている。
そして沙織《さおり》さんが手を合わせて俺に話し出す。
「エランドールとしては~
こちらの世界に大きく影響してしまう行動は、
禁止事項となってるんです~」
そう言うと、目をキラキラさせて
悠菜《ユーナ》とセレスティアを交互に見た。
「でも~悠斗《はると》くんは、大事な実験体ですよ~?
何か起きる前に対処は必要ですよね~?」
実験体か、そうだったな。
俺の成長記録を異次元に報告してると言ってたな。
「しかし、実験体っていうのも――」
そこまでセレスティアが言いかけたところで、
珍しく悠菜《ユーナ》が遮るように話し出す。
「まだ地球は滅ぶ時ではない」
え? 何か凄いことをサラッと言ったな。
悠菜《ユーナ》さん、貴女、実は神様ですか。
「そうですね~ではそういうことで、セリカちゃんお願いね~」
え? 何か決定したの?
沙織《さおり》さん、俺にも分かるようにお願い。
「承知した。早急に用意する」
あ、セレスティアには分かったんだね。
そーかそーか、分からないのは俺だけね。
「もう、決まったー? ご飯の支度しよー!
シュウマイは支度したよー」
「は~い! 愛美《まなみ》ちゃん、今行きますよ~」
沙織《さおり》さんがそう言うと、
悠菜《ユーナ》が席を立ってキッチンへ向かう。
キッチンから愛美《まなみ》が呼びかけたところで、
俺が理解できないまま話は終わったようだ。
「さ~て、今夜はセリカちゃんもゆっくりしてね~」
沙織《さおり》さんが立ちながら、
セレスティアに向かってそう言うと、
そのままキッチンへ向かった。
「お言葉に甘えます。シューマイと言うのが気になります」
セレスティアもそう言いながら沙織《さおり》さんの後を追う。
何? この和やかな雰囲気。緊急事態でしょ?
とは言え、俺に出来る事なんてたかが知れてるしな。
一人残された俺は、
何とか話を理解しようと先ほどの話を回想する。
要は奴らの先手をうって、コピーを渡す。で、いいのかな?
まあ、夕飯食べながらでも聞いてみるか。
俺はゆっくり立ち上がり、四人が居るキッチンへ向かった。
ダイニングに来ると、
テーブルの上に所狭しとお惣菜が並んでいる。
デパ地下で愛美《まなみ》と悠菜《ユーナ》が選んだものだ。
まあ、その殆どが愛美《まなみ》の気分で選んだものだろうが。
「あ、お兄ちゃんは、そこ座ってー!」
ダイニングとキッチンを挟むカウンターの向こうから、
愛美《まなみ》が顔を覘かせて言う。
ダイニングテーブルの椅子には既に、
悠菜《ユーナ》とセレスティアが向かい合って座っていた。
「はいはい」
俺は一番奥へ座ったらいいわけだな?
俺から見て、右奥に悠菜《ユーナ》。
その手前に沙織《さおり》さんのお箸が置いてある。
左奥にはセレスティアが座っており、
その手前に愛美《まなみ》の箸が置いてあった。
俺の正面には誰も座っていないが、
今は愛美《まなみ》がそこに立っている。
そこへ両手をついて話し出した。
「今日はこの席順ね~
一応、お兄ちゃんは上座なんだから感謝してね?」
「へいへい」
ここは普通、来客が上座でしょ。
まあ、愛美《まなみ》の思う様にしておくか。
そこへ沙織さんがお味噌汁とご飯を運んできた。
「さあ、頂きましょ~セリカちゃんとご飯食べるの久しぶりね~」
にこにこしながら沙織《さおり》さんが悠菜《ユーナ》の横へ座る。
「ご飯とお味噌汁はおかわりあるから遠慮しないでねー」
そう言いながら愛美《まなみ》もセレスティアの横へ座った。
「ねね、セレスさん、これが焼売《しゅうまい》なの!
食べてみて~」
座った途端セレスティアに話しかける。
「おお、これがシュウマイ! 初めて見ました。では頂きます」
これに合わせて、それぞれが頂きますと手を合わせる。
「おおー! これは美味しい! 初めて食べる味です!」
意外にもセレスティアの口に合ったのか。
「でしょ、でしょー? 絶対気に入って貰えると思ったんだ~」
愛美《まなみ》がそう言うが、
お前が食べたかっただけではないのか?
しかしこう見ると、黄金色の将軍に似合わないな、焼売って。
ミスマッチにも程がある。
まあ、それを言うなら銀色にした髪の悠菜《ユーナ》もそうか。
「ところで悠菜《ユーナ》~いつの間に髪の毛染めたんだ?
それにカラーコンタクトも似合ってるよ」
一斉に皆が悠菜《ユーナ》を見ると、
箸を止めて悠菜《ユーナ》が俺を見た。
「髪の毛は元の色に戻しただけ。カラーコンタクトはしてない」
え? そうだったの?
「それが本当の髪の毛? その目も?」
俺がそう言うと悠菜《ユーナ》は頷いたが、
代わりにセレスティアが口を開いた。
「ユーナは昔からプラチナヘアーにプラチナアイでしたが、
変装でもされていたのでしょうか?」
「そっか、目立たないようにか。目も銀色だったとは」
悠菜《ユーナ》は軽く頷くと食べ始める。
しかし改めて見ると悠菜《ユーナ》だって、
十分うちの食卓に似合ってないかも。
「それよりも、さっきの話だけどさ。結局どうなったの?」
俺は一番聞きたいことを聞いてみた。
「ああ、異星人が強奪してくる話ですね?
このあと食事が済み次第、
本国へ戻り支度してまいります。ご安心を」
そこまで言ってから、
今度は沙織《さおり》さんへ向かって話しだした。
「つきまして、このお屋敷では少々空間が狭いと判断しますが?」
「あ~その辺りは考えてま~す」
沙織《さおり》さんが、味噌汁の入ったお椀を置きながら言う。
「えとね~暫くは私のお家で生活しましょ~ね?
愛美《まなみ》さんもいいですか~?」
「は~い! 沙織《さおり》さんのおうち、
お庭が広くて好きなの~!」
愛美《まなみ》はどうしても、沙織《さおり》さんと話すと、
その話し方が似てしまうな。
「ただし、ここのプランターの水やりをお母さんから頼まれている」
急に悠菜《ユーナ》がそう言った。
そうだったな。これまでもちゃんとやってくれていた。
「大丈夫よ~おうちはここから近いし、毎日来られるわよ~」
まあそうだな。歩いても一分かかるかどうか。
なんせ真裏の敷地だからな。
ただ、玄関はぐるっと回らないといけないだけだ。
沙織《さおり》さんと悠菜《ユーナ》の家は、
ぐるっと高い壁に囲まれていて、
この家の裏からは入る事が出来ない。
「あ、だったらさ、家の裏にある沙織《さおり》さんの家の塀に
穴開けちゃえば?」
おいおい、簡単に言うなよ愛美《まなみ》。
「あ~賛成~! それいいですね~」
あらま、乗っかったよ沙織《さおり》さんが。
「うんうん! そしたらあたしも出入り自由だし! やっちゃおー!」
やっちゃおー! って、言ってもなあ。
悠菜《ユーナ》も何か言ってやってよ、この二人に。
「悠斗《はると》くんはどお~? 開けちゃってい~い?」
沙織《さおり》さんがそう言うが、
開けられるのもなら、開けてもいいとしか言いようがないわけで。
「まあ、あの塀に扉でもあったら楽ですよね」
こう答えるしかないな。何しろ沙織《さおり》さんの家の塀だし。
扉でもあったら問題ないが、大工さんに頼むのか?
こういうのって。
あ、左官屋さんかな塀とかって。
「じゃあ、決定ね~!」
沙織《さおり》さんがそう言うと愛美《まなみ》も声を上げる。
「けってーい!」
すると、悠菜《ユーナ》がスッと席を立った。
「扉は後から用意します」
手にはフォークかな? 何か持ってる。
てか、え? なんて言った?
悠菜《ユーナ》、お前大工さんじゃないよ?
そしてリビングへ向かい、サッシから裏庭へ降りた。
悠菜《ユーナ》ったら左官屋さんも出来るの? まさかな。
寸法でも図って頼むんだろうな。
「お! ユーナの奇跡を久しぶりに見られるのか!」
そう言ってセレスティアが席を立ち悠菜《ユーナ》の後を追う。
え? 奇跡って言った? それなに?
「なになになにー? あたしもいくー!」
そう言って愛美《まなみ》も後を追う。
こうしてはいられない、俺も後を追う。
振り返ると沙織《さおり》さんは、
一人残って湯飲みのお茶を、美味しそうにすすっていた。
俺は悠菜《ユーナ》達の後を追い、
リビングから小さな裏庭へ来た。
目の前には沙織《さおり》さん宅の高い塀があり、
その前に立つ悠菜《ユーナ》の後ろ姿があった。
さらさらと銀色の長い髪が風になびき、
月明かりに照らされて神秘的に光る。
その傍らにセレスティアと愛美《まなみ》が立っていた。
「少しだけ離れて」
そう言うと悠菜《ユーナ》は、
胸の前でフォークを持った手を合わせた。
俺たちは、悠菜《ユーナ》から少し距離を開けて見守っている。
次第に悠菜《ユーナ》の身体《からだ》が
白く光りだしたかと思うと、
悠菜《ユーナ》はゆっくりフォークを塀に向けた。
すると今度は、
悠菜《ユーナ》の身体全体《ぜんしん》が
真っ赤に染まり出す。
俺と愛美《まなみ》は唖然としてそれをただ見ていたが、
セレスティアは腕を組み、目を輝かせて見ている。
何やら悠菜《ゆうな》が言葉を発すると、
目の前の塀にフォークが音もなく刺さる。
それは、まるでケーキにフォークを入れたかのように。
そして、フォークを掴んだ悠菜《ユーナ》の手が下へ動くと、
塀に刺さったフォークが音もなく同じ様に動いていく。
次第に下の地面まで達すると、
その後には漆黒の線が引かれている。
一旦フォークを抜き取ると、先ほど刺した場所から今度は、
アーチを描くように少し上へ弧を描き始め、
そして真っすぐ下へ降りていく。
再度フォークが地面に達したとき、
丁度上部が丸い扉の様な傷痕になっていた。
そしてゆっくり壁を押すと、
音を立てて向こう側へその扉型が倒れた。
「うーん、お見事!」
たまらずセレスティアが声を出すが、
俺と愛美《まなみ》は声にならない。
壁の向こうは見事に沙織《さおり》さんの家の裏庭だ。
ゆったりと通れるくらいの、扉のない空間が開いた。
「悠菜《ユーナ》お姉ちゃん、すごーい! 手品師みたい!」
愛美《まなみ》がそう言うが、手品師ってもんじゃないだろ。
超魔術だろ! その違いが分からないが。
何しろ、フォークで壁を開けるなんてあり得ない。
さっきセレスティアが奇跡とか言っていたが、まさに奇跡だな。
「ど、どうやったんだ?」
たまらず俺も聞いてみる。
「理屈は簡単。行うのは困難」
何かの標語ですか?
手に持ったフォークを摩りながら、
悠菜《ユーナ》がこちらに振り返った。
そこへ沙織《さおり》さんが声を掛ける。
「開いた~? もう行っちゃう~?」
そう言いながらこちらへ近づいてきた。
「そうですね。私は戻りませんと行けませんので」
そう言うとセレスティアは、沙織《さおり》さんへ向き直る。
「そうね~じゃあ、そっちでゲート開いたらいいけど~
ちゃ~んとロックはしといてね?」
「承知した。では」
そう言うとセレスティアは、
先ほど開けられた所から沙織《さおり》さんの裏庭へ出た。
「準備が出来たらご連絡致します。
愛美《まなみ》殿、ごちそうさまでした」
そして深々と頭を下げた。
「いえいえ~大したお構いも出来ませんでした~」
口調が沙織《さおり》さんになってるぞ、愛美《まなみ》。
「わたしは、ゲートを開くお手伝いに行ってきますね~」
そう言うと沙織《さおり》さんも裏庭へ出る。
「悠菜《ユーナ》は行かないのか?」
隣に立っていた悠菜《ユーナ》に聞く。
「夕食の後片付けする」
そう言うと、悠菜《ユーナ》は家の方を振り返る。
「じゃ、あたしも片づけ手伝うね」
愛美《まなみ》は悠菜《ユーナ》に腕を絡みつけて、
一緒に歩き出した。
「そうか、じゃあ頼んだよ。俺は沙織《さおり》さんちへ行ってくる」
そう言って俺は、沙織《さおり》さんを追う事にした。
目の前には、ぽっかりと開いた塀の穴。
その穴を開ける時、俺は一部始終を見ていたが、
未だに半信半疑で壁の穴を覗き込む。
そして、穴の淵を手でなぞる様にして裏手の敷地へくぐった。
塀の中へ入ると高い木々が何本もあり、
向こうに明かりが点くのが見えた。
見えたのは沙織《さおり》さんの家のガーデンテラスで、
そこに金髪の長身女性が立っている。
セレスティアさんだ。
オッドアイと言われるらしいが、左右の目の色が違う。
母屋の中に沙織《さおり》さんの姿も見えた頃、
セレスティアから声を掛けてきた。
「あ、悠斗《はると》殿!
ユーナの奇跡は初めて見たようでしたね?」
フォークで壁にでっかい穴を開けた事を、
奇跡と言っているのは理解できた。
「ええ、マジびっくりでしたよ。
悠菜《ユーナ》があんな事出来るなんて」
そこには心底驚いている。
まあ、無表情で少し変わった子ではあったが。
これまで幼馴染として、俺が一番近くで接していたはずだ。
でも、こんな能力があったなんて思いもよらなかった。
「ユーナの奇跡では、あの程度は容易い《たやすい》事でしょう。
エランドールでは、数多く語り継がれておりますゆえ」
腕組みをしながら誇らしげに語る。
何故あんたがそんなに誇らしげなんだ?
「そうだ、セレスティアさん。今夜来るのは将軍って聞いたけど?」
「如何にも。エランドールでは将軍の職に就いております」
やっぱり、この人が将軍なのか。
そこへ、沙織さんも何か手にしながらベランダまで出てきた。
「セリカちゃんはラムウ王不在となっていても、
エランドールに生活する、ラムウ王国民の長も務めてるのよ~
言わば、ラムウ王国のシンボル的な存在でもあるのです~」
「え! 何だか凄い人だったんだ!」
やばいな、結構普通に接してたよ。いきなりハグされたし。
「否! 凄いことなどありません。
我が王ラムウの名を受け継ぐだけの命でございます。
こうしてエランドールに生きて居られるのは、
エランドール無くしてはありえません」
何か、凄いな。生きる使命と言うか、存在理由っての?
そんなの俺にあるか?
それこそ、否! ってなっちゃうな。恥ずかしい思いになるわ。
「さあさあ~ゲート開けちゃいましょ~」
何だ? 沙織さんが杖みたいな何か持っているが――
は? 布団叩き?
「ちょっと、沙織さん、何か間違えてない?! それ!」
俺が思わず指をさして突っ込んだ時、
右手に持った布団叩きを軽く上下に振りだした。
「え~? なんて~? ちょっと待ってね~」
沙織さんはこっちを見たが、布団叩きの辺りが変わってきた。
布団叩きが動く軌道に合わせて、
そこの空間が歪んで見えてきた。
目の錯覚にも見えた俺は、
口を開けたままその布団叩きの軌道を凝視していた。
既に沙織さんの前には、
大きな歪んだ空間がぽっかりと開いていた。
それは昼間の様な明るさで、
辺りの暗闇はそれに照らされ明るくなっている。
「あ~あっちは昼間なのね。
でもいいかな~? セリカちゃん、も~い~よ~?」
は? もーいい? なにが?
呆気に取られて見ていると、
セレスティアはこちらを向くなり深く頭を下げた。
「悠斗《はると》殿。では、支度してまいります。
愛美《まなみ》殿にもよろしくお伝え下さい。では」
そう言うとセレスティアは明かりへ向き直り、
普通にそこへ歩き出した。
かと思うと、そのまま昼間の様な明るさの中へ消えていった。
「おっけ~」
沙織《さおり》さんが布団叩きを下へさげると、
さっきまでの歪んだ空間は、
一瞬で辺りと同じ暗闇へ戻っていた。
「後で扉を用意した方がいいよね~?」
そう言われて指さされた方を見ると、
先ほど悠菜《ユーナ》が開けた壁の穴がある。
まだ動揺を隠しきれない俺は、
沙織《さおり》さんの言葉を理解するまで、
少し時間がかかってしまった。
「あ、あれ? 家の塀じゃないし、
沙織《さおり》さんの思うようにして。てか、今のなに?」
たった今目の前で起こったことに比べたら、
あんな壁の穴などちっぽけなものだ。
「あ~そっか~うちの壁だったね~お姉さん勘違い! てへ」
いやいや、てへじゃないでしょ。
「ねえ、布団叩きでしょ? それ」
俺は、沙織《さおり》さんが持ってる布団叩きを指さした。
「あ~これね~うんうん。
悠斗《はると》くんのおうちから持って来ちゃった~」
うちのかい! でも、そんなのでどうしてあんなことが?
「うちの布団叩きであんなことが出来るんだ?」
沙織《さおり》さんはその布団叩きを軽く振りながら答える。
「あ~手頃かな~って思って使ってるの~重さも丁度良いしね。
でも、何でもいいってわけじゃないのよ~?」
わけがわからないが、これが異次元の力なんだな。
たった今、目の前から姿を消した金髪のセレスティア。
支度をしてくると言っていたが、どんな支度だろ。
考えても到底見当が付くわけでもなく、
俺はただ消えた空間を見つめていた。
皆さんこんにちは。霧島悠斗《きりしまはると》です。
大学へ進学した時に、
異次元の生命体と地球人とのハイブリッドを
打ち明けられてからは、
これという生活の変化はなかったが、遂に事件です。
何と異星人が地球人と接触する恐れがあると言う。
そこで、その為の対処方法を異次元の人に相談する為、
専門家を俺たちの家に呼んであるという。
夜には来ると悠菜《ユーナ》が言っていたが、
先に妹の愛美《まなみ》にも報告が必要だと判断して、
帰りに外で待ち合わせる事になったわけ。
そういや、お茶菓子とか用意した方がいいよな。
気分を害されて外交問題にでもなったら大変だし。
待ち合わせの駅へ向かう途中にふと気になった。
「なあ、悠菜《ユーナ》。今日来る人って、好みとかわかる?
何かお茶菓子とか買っていこうぜ?」
横を歩く悠菜《ユーナ》に問いかけた。
「好みは知らないけれど、コーラは飲ませたら駄目」
「ふ~ん。コーラ苦手なのか」
まあ、子供の頃飲むのを勧めない大人もいたっけな。
健康フリークなのか?
ま、適当に飲み物は用意しておくか。
夕飯はどうすんだろ。地球の食べ物って口に合うのかな?
その時、急に頭の中に妹の気配を感じた。
この感じは前にもあった。
俺たち兄妹と両親、沙織《さおり》さんと悠菜《ユーナ》の六人で、
大きなレジャーランドに行った時。
そうあれは、妹がお土産ショップではぐれた時だ。
あの時は、突然泣いている愛美《まなみ》が頭に浮かんで来たっけ。
それを意識して感じ取ろうとすると、
次第に愛美《まなみ》がいる方向や、
その距離までもイメージとして頭に浮かんだ。
ただあの時は、急に泣いている愛美《まなみ》が
頭に浮かんだことに驚いて、
自分の能力などさほど気にならなかったっけな。
いつも笑顔で可愛い妹だったが、つい泣き顔を見てしまうと、
ついつい動揺してしまっていた。
その時、難なく愛美《まなみ》を見つけて声をかけると、
親よりも俺へ飛びつく愛美《まなみ》を、更に愛しく思ったもんだ。
そして、この先もずっと愛美《まなみ》を護ってやるんだと、
妙な使命感を感じてたっけ。
そんなことを思い出しながらニヤニヤ歩いていると、
更に愛美《まなみ》の気配が強くなってきた。
「わっ!」
背後から背中を軽く叩かれる。
振り向くとやっぱり愛美《まなみ》だ。
「お兄ちゃん、びっくりした?」
目をキラキラさせながら下から顔を見上げてくる。
「うん、びっくりしたよー」
「嘘だぁ~昔からお兄ちゃん、
あたしが脅かしても平気そうだった~」
そうだったな。
昔、友達数名とかくれんぼをした時にだって、
愛美《まなみ》だけは隠れた場所がわかったっけな。
あの頃は、血の繋がった兄妹とはそういうものだと
気にもしなかったが。
「ねえ、悠菜《ユーナ》お姉ちゃん、何か食べてこうよ~」
今度は悠菜の腕を掴んで甘えている。
可愛い妹よ、悠菜《ユーナ》の手強さは、
お前も知っているだろう?
目の前で二人が話している。
まあ、一方的に愛美《まなみ》が話しているが。
しかし、こう見ると二人とも中々可愛いな。
悠菜《ユーナ》はクールで知的に見えるし、
愛美《まなみ》はチャーミングで可愛らしい。
二人並ぶとかなり目立つな。歩く人がチラチラ見てる。
あいつなんか二度見してるよ。
二度見する瞬間って、実はコント以外ではあまり見かけないぞ?
「お兄ちゃん! 早く行くよー!」
あれ? もう歩き出してるし。諦めて帰るのか?
「お惣菜か何か買ってくんだろ?」
俺はそう聞きながら二人の後を追う。
「うん、クレープ買ってからね~」
ほう。悠菜《ユーナ》を口説き落としたか。見事だな、わが妹よ。
だが、悠菜《ユーナ》は案外、愛美《まなみ》には優しいのかも?
クレープ屋に着くと、ショーケースの中と
メニューを見比べながら、
早速、愛美《まなみ》が楽しそうに、店員さんと話してる。
その横で無表情でスッと立っている悠菜《ユーナ》。
うーん。対照的だな。
まあ、ああ見えて悠菜《ユーナ》の年齢は、
俺よりずっと上らしいし当然か。
「お兄ちゃんは何にする? 決めていい?」
にこにこしながら聞いてくる。一つに決められなかったわけか。
「ああ、任せるよ」
「うん! 任せて!」
そう言うと、ショーケースの向こうにいる店員さんへ
背伸びしながら話しかける。
「えとね、ショコラ生クリームとぉ~、
マシュマロオレオショコラ生クリーム!
それから、いちごバナナ生クリームで! お願いしまーす!」
「悠菜《ユーナ》は何にしたんだ?」
「愛美《まなみ》に任せた」
なるほど。あいつの食べたいクレープ、トップスリーって事か。
クレープを受け取ると、俺たちは近くのベンチに腰かけた。
「で、今日、誰が来るの~? あ、お兄ちゃんちょっと一口頂戴」
俺のクレープにパクつきながら愛美《まなみ》が
悠菜《ユーナ》に聞く。
「将軍」
と、一言、悠菜《ユーナ》が答える。
「へ? しょーぐん?」
意外な返答に俺は固まる。
「へ~将軍さまかぁ~もう一口頂戴」
モグモグしていた愛美《まなみ》はそう言うと、
更に俺のクレープに食いついた。
もう少し驚かないのか妹よ。
「将軍って、どしてだよ」
「この件は詳しい専門の方に伺った方がいいとの判断で、将軍」
淡々と悠菜《ユーナ》が答える。
まさか、戦争とか? しかも規模はデカすぎる。
人類未曾有の宇宙戦争? 異次元戦争?
まあ、そうならない為の手段を考えるわけだな。
「でさ、でさー! その将軍様は何食べたいかな~
お土産買っていこうよ!」
「好みは知らない。コーラは駄目」
デジャブか? 違うな。
さっき俺が悠菜《ユーナ》に聞いたっけな。
「そっか~じゃあさ、デパ地下のお惣菜見に行こうよ!
あたし、シュウマイがいいな~よし! いこー!」
そう言うと、スッと立ち上がった。
お前が食べたいだけか。
悠菜《ユーナ》は残ったクレープを、
スッと愛美《まなみ》に差し出す。
「もういいのー? ありがとー!」
差し出されたクレープを受け取ると、
嬉しそうに又ベンチに腰掛ける。
「でさ、悠菜《ユーナ》。その将軍はいつ頃、
家《うち》に来るんだ?」
「ゲートが見えにくくなる時間。恐らくは午後七時頃」
「そ、そうか」
ゲートって、ワープみたいなのかな。
「じゃあ、早く支度しなきゃね!」
悠菜《ユーナ》の残りを食べ終わった愛美《まなみ》が、
そう言うとスッと立つ。
そして俺の食べかけのクレープを見つめる。
「もう、いいや。お兄ちゃん、早く食べちゃってー
あたし何か飲みたくなっちゃった」
はいはい。
悠菜《ユーナ》も立ち上がってこちらを見ている。
俺は残りのクレープを強引に頬張るとベンチを立った。
話はちょっと遡り、大学へ初めて行く日。
目を覚ますと、暖かそうな陽射しが窓からさしている。
カーテンは開いたままだったのか。
すぐに手探りで枕もとにある携帯を開いてみる――
着信はない。
あ、俺の名は霧島悠斗《きりしまはると》。
この春から大学へ通う十八歳だ。
片手に携帯を握ったまま、上半身に掛かった布団を剥ぐ。
「ん――っと」
下半身はまだ布団に入ったまま全身で伸びをしてから、
ふっと力を抜き窓の方を見る。
いい天気そうだ。
ゆっくりベッドから起き上がり、近くの窓から外を眺めた。
≪室内は摂氏二十度 湿度六十%≫
窓を開けて少し顔を出す。
≪地表から六m 外気温摂氏十七度 湿度三十八%
南西から微弱な風 微量の植物性粒子あり≫
瞬時に頭の中にイメージとしてこの様な情報が流れる。
これは物心ついたころからのことで、
他の人もそうだと思っていた。
勿論、今となってはそれは特殊な能力だとわかっている。
妹の愛美《まなみ》はそんな俺を尊敬の目で見ていたが、
両親は怪訝そうにしていたっけ。
その俺たちの両親は海外にいる。
何でも父親が単身赴任をゴネて、強引に会社へ談判したらしい。
仲のいい夫婦はいいものだが、
子供二人を残して行くとはどうなんだ?
両親は俺と妹の世話を裏に住み、二十年来の友人である、
影浦沙織《かげうらさおり》に頼んだのだ。
沙織《さおり》さんの娘、
悠菜《ゆうな》と俺が同い年ということもあり、
物心ついたころには家族で一緒に過ごすことが多かった。
昔から両親は、沙織《さおり》さんを絶対的に信頼していたな。
何だろう。ちょっと気にかかる。
事あるごとに沙織《さおり》さんへ相談していた。
それは先輩へお伺いを立てている様にも感じられたし、
はたまた弱みを握られているようにも思えた。
見た目は若いのにな、沙織《さおり》さん。
昔はめっちゃヤンキーだったとか?
その沙織《さおり》さんはお母さんと呼ぶと極端に嫌った。
お母さんと呼んではいけないルールがある程だ。
よって、俺は沙織《さおり》さんと呼んでいるのだが、
娘の悠菜《ゆうな》でさえ沙織《さおり》さんと呼んでいる。
父親が居ない母子ってそんなものか?
そんな事を思いながら部屋を出た。
階下へ降り、リビングへ来ると沙織《さおり》さんが
キッチンに居るのが分かった。
「おはよー」
「悠斗くん、おはよう! よく寝てたわね~」
「うん、ぐっすり寝てた」
俺がそう答えると、沙織《さおり》さんはニヤニヤしながら
近づいてきた。
「深夜まで、一人でな~にしてたのかな~?」
俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
「な、何もしてないよ!」
「ふ~ん、そお?」
まだ顔を覗き込んでる。
こうやって俺を弄《いじ》るのが好きらしい。
妹の愛美《まなみ》も、普段から沙織《さおり》さんの
玩具《おもちゃ》になっているが、今は学校か。
「ち、近いってば。それより悠菜《ゆうな》は?」
俺の顔に髪の毛が当たる程近づいて、かなり良い匂いがする。
「悠菜《ユーナ》ちゃん~? あら~?
さっきまでそこにいたけど?」
リビングにある掃き出しの窓へ目を向けると、
プランターに水をやっている悠菜《ゆうな》が見えた。
俺の母親に水やりでも頼まれていたのだろう。
悠菜《ゆうな》は決められたことはそつなくこなすタイプだ。
(しっかり者なんだよな)
カラカラとサッシを開けると、
悠菜《ゆうな》がチラッとこちらを見たが、
すぐにプランターへ目を戻した。
「おーい、ゆうなー! 学校行こうぜー?」
「うん、わかった」
水をやりながら答えた。
「あらあら~? 相変わらず愛想無いわね~」
そう言うと、隣で見ていた沙織《さおり》さんは
キッチンへ戻っていく。
まあ、むかしから悠菜《ゆうな》はこうだからな。
特に気にはならない。
口数は少なく、あまり表情も変えない。
動揺しないっていうか、無表情。
かと言って、他人に無関心ってわけでもない。
どこに行くにも必ずついてきていたし、
むしろ単独行動をすることがあまりなかった。
ともあれ、今日からは俺も大学生だ。
下見はしてあるとはいえ少し緊張する。
玄関へ向かうところで振り返り悠菜《ゆうな》を見た。
「悠菜《ゆうな》は緊張してる?」
「え? 別にしてないけどどうして?」
「あ、いや、特に」
(ですよね~ 悠菜《ゆうな》の緊張してるところって想像できんわ)
俺たちが出掛けようとすると、
沙織《さおり》さんも一緒に家を出てきた。
「あれ? 沙織《さおり》さんもどっかいくの?」
「そうよ~? ちょっと家へ必要なもの取りにね~」
沙織《さおり》さんの家はここの真裏にあるのだが、
これがまたかなり大きな敷地なのだ。
その敷地の周りはぐるりと高い塀に囲まれ、
建物が見えないくらいに木々が遮っている。
よって、ここからはぐるっと回りこまなければならない。
「悠斗くん、じゃあね~ 気を付けていってらっしゃ~い」
そう言うと俺たちが向かう方向とは別方向へ歩き出した。
るんるんと軽快に。
「うん、行ってきまーす」
答えながらふと思う。あの人歳はいくつだよ。
沙織さんの後ろ姿を眺めながら考えた。
あのスタイル、絶対若すぎる。
母親と同じくらいだと漠然と思っていた。
だが、やっぱり俺の母親よりも年下に見える。
ありゃ二十代でしょ、どう見ても。
「なあ、悠菜《ゆうな》」
「なに?」
「沙織《さおり》さんて、何歳?」
「知らない」
「へ? 知らないの?」
「前に聞いたら十八って言われたから、それからは聞いてない」
「な、何年前に?」
「んー 六年前」
は? 俺たちが十三歳位の頃か! そりゃ嘘だろな。
「それからは聞いてないのか?」
「うん」
まあ、女親ってそんなものか? 子供にも歳を隠すのか?
同性がゆえに、
母子であっても何かと張り合うこともあるらしいし。
それに、昔から悠菜《ゆうな》には父親居ないしな。
「それより、悠斗《はると》」
「なに?」
何か思い出したのか?
「そろそろ向かわないと遅れる」
「あ、ああ。そうだよね! 行こうか」
俺は慌てて歩き出した。
大学へ着くと午前中は大学の細かな説明が続いた。
そして午後には簡単な手続きなどがあるらしい。
とりあえずは昼飯だな。学食を探すか。
「悠菜《ゆうな》、何食べたい?」
悠菜《ゆうな》と学食のありそうな方向へと
歩きながら聞いてみる。
「なんでもいい」
うん、返事は想像できていた。
だが、この日の俺は珍しく突っ込んでみた。
「今日は新生活の第一日目だし、
俺が奢るから何でも食べたいの言ってくれよ」
今月は俺の誕生日だという事で、
特別に小遣いを三万円多く貰っていた。
「特に食べたいものない」
「そうかー?」
まあ、そうだろうな。学食ってどこも同じ様なところだろうしな。
食堂らしきスペースを見つけた。
が、かなり広い。
広間の中央にテーブルが幾つもあり、
それを三方から囲むように色々な店が並んでいる。
フードコートと呼ばれているらしい。
「お! なんだか凄いぞ悠菜《ゆうな》!」
妙にテンションが上がってしまったが、
悠菜《ゆうな》は特に興味はなさそうだ。
「そう? 何にするの?」
「そ、そうだな~なんにしよ」
手前に見えた店から順番に見て廻ろうと、店の前に歩き出した。
ここはカレー屋らしい。スパイスの香りが食欲をそそる。
ウインナーやらゆで卵やら、色々とトッピングできるらしい。
カレーには色々とこだわる人も多いが、
一つにルウの硬さも好みが分かれるよな。
サラッとした水っぽいルウとか、トロリとした硬さのルウもある。
一説には、日本最初のルウはサラッとしていたらしいが、
海上の船上ではこぼれにくい、
とろみの付いたルウが好まれたらしい。
それが海軍カレーの人気の発端とも言われている。
「俺、カレーにしよっかな」
空腹時にカレーの匂いは反則だわ。離れられなくなった。
「わかった」
悠菜《ゆうな》が即答したと思うと、
店のカウンター内の店員さんへ注文しだした。
「チキンカレー並みを一つ。
卵サラダセットで、それとアイスミルクティー」
俺はというと、まだトッピングで悩んでいた。
すると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「霧島《きりしま》ー! 来てたのかよー! 講堂探してたよ」
振り向くと、高校が一緒だった友人が近寄ってきた。
「ああ、見渡したけど見かけなかったぞ?」
すっかり存在を忘れていたが、そう答えてみる。
こいつは鈴木茂《すずきしげる》。
日本中に同姓同名が数多く居る事を、
何故か目を輝かせて、自慢げに話していたことがあった。
しかしその後、今度はその事を嘆いてみたりと、
何かと面倒な一面もある。
「あ! ゆうなた~ん! カレーにしたの~? んじゃ、おれもー!
店員さん、俺もカレーね! 悠菜ちゃんと同じ奴!
それから、代金はこっちの奴と同じで!」
そう言って俺を親指でクイッと指した。
お前が|USA《ISSA》かよ。
ああ、面倒な奴だな。やっぱり。
悠菜《ゆうな》が居ると話もながいし。
「しかしお前さ、いつも悠菜《ゆうな》さんと一緒で羨ましいぞ!
で、飯は頼んだのか?」
「まだこれからだよ」
「早く頼みなさい! 昼時間は永遠じゃないのだよ」
わかってるってば。
「さ、注文が済んだ俺たちは、あそこの席へ行きましょう!」
そう言うと悠菜《ゆうな》の手を引っ張り、適当な席を指さした。
チラッとこちらを伺った悠菜ではあったが、
俺が軽く頷くと、そのまま抵抗はせず席へ向かっていった。
いつも当たり前の様に、
俺の近くに居るからな悠菜《ゆうな》って。
何だろう、付き合っている訳でもない。勿論、恋人でもない。
幼馴染ってだけ。歩く前からずっと一緒だよな、多分。
「俺はポークカレーにメンチをトッピングしてください。
それとアイスコーヒーで」
そんな事を思いながら、店員さんへ注文した。
三人分の代金と引き換えに手渡された、四角いリモコンの様なもの。
特にボタンなどはないが、
カレーが出来上がると音が鳴るらしい。
それを持って二人がいる席へ座る。
見渡すとかなりの人が食事をしていた。
中には子供を連れた母親らしき集団も。
学生じゃなくても一般に入って食べられるようだ。
目の前では鈴木が悠菜《ゆうな》のご機嫌を、
あれやこれやとっている。
が、無駄だろうな。なんせ悠菜《ゆうな》だよ?
あの無関心、無表情な悠菜《ゆうな》だよ。
案の定、鈴木の心が折れかけた頃、
テーブルの上に置かれた機械がピーピー鳴り出した。
「よ、よし、一緒に取りに行くよ霧島!」
引きつっていた顔が、瞬間でホッとした様な、
救われた表情で鈴木が言う。
「そうしてくれると助かるよ」
少しにやけてしまったが、そう答えて立ち上がる。
「きゃっ!」
突然、背後に声が聞こえた。
見ると、トレイを持った女の子がいたのだが、
手にしたトレイは、何とかひっくり返さずに済んでいた。
「ごめんなさい! 大丈夫でしたか?」
俺はそれに気づくと、申し訳なくそう言った。
「うん、びっくりした。急に立ち上がるんだもん。
頭からかけちゃうところだったよ」
やはりそうだったのか、危なかった。
が、気づくと綺麗な女の子だな。凄くスタイルもいいし。
て言うか、大人びた感じにも見える子だ。
すかさず鈴木が割ってきた。
「お嬢さん、うちの霧島《きりしま》が失礼しました!
是非、お詫びしたいのでお名前だけでも!」
おいおい、俺はお前の物か?
「え? 別にいいよお、何でもなかったし」
「いえいえいえ、そうおっしゃらずに、
せめてお名前をおおおおお――」
その子は苦笑いしながら遠ざかる。
今のうちに逃げた方がいい。そして振り返ったら駄目だ。
「さあ、飯が待ってるよ、鈴木」
続ける鈴木の後ろ襟を掴み、もう片手でその子に手を振る。
軽く会釈をして、綺麗なその子は離れて行った。
ああ、本当にめんどくさい。
これから毎日こんなのか?
いい加減気づくんだ、鈴木よ。
お前から俺以外の人々が離れていくぞ。
その後、昼食を済ませて午後の手続きやらを済ませると、
悠菜《ゆうな》が口を開いた。
「今のうちに伝えておく。今日の午後六時に家族会議。時間厳守」
珍しいな。家族会議ってどこの家族にもあるものなの?
「愛美《まなみ》は知ってるの?」
「伝達済み」
「そっかー了解だよ」
まあ、両親は不在ではあるが、
うちら霧島家《きりしまけ》と影浦家《かげうらけ》との、
言わば、合同家族会議ってわけかな?
まあ、二つの家族の共同生活みたいなものだし、
やっておくべきだよな。
こちらがお世話になっているわけだけど。
家に着くと、既に妹の愛美《まなみ》はリビングでくつろいでいた。
だが、ちょっとした違和感にハッとして見ると、
水着でアイスをくわえている。
めっちゃくつろぎ過ぎだろ!
「お前、何で水着でいるんだよ!」
「あ、お兄ちゃん! おかえり~! 大学どうだった?
学食美味しかった?」
そこが知りたいのか?
「うん、フードコートってのがあって良かったよ。
誰でも入れるらしいから、
今度来てみたらいいよ。てか、どうして水着だよ!」
そう言うと、愛美《まなみ》は目を輝かせて食いついてきた。
「え? そーなの!? 入っていいの?」
間違いなくフードコートしか聞こえてないな。
こりゃ、次の休みには来るだろうな。
「ねね、お兄ちゃん、これ可愛いでしょ~?」
そう言って水着でポーズをとっている。
まあ、可愛い事は認める。色気は沙織《さおり》さんの勝ち。
だが、いつの間にかこんなに成長していたのか。
よく見ると、中々いい感じだな。妹なのが残念でもある。
「ちょ、ちょっと! お兄ちゃん! 見過ぎだってば!」
そう言って、ソファーのクッションを投げつけて来た。
そんな事していると、時間は午後六時になろうとしていた。
初の共同家族会議が間もなく始まろうとしている。
後は沙織《さおり》さんが来たら開催かな。
ただ一人の保護者だし。
「ごめんねぇ~ お待たせぇ~」
パタパタとスリッパを履いた沙織さんが、
キッチンの奥からリビングへ入ってきた。
「よいしょっと」
ソファーへ軽く腰掛ける。
「えとね~まずは悠斗《はると》くん、今月お誕生日ですよね~」
「え? ええ、まあ」
お誕生会の相談か?
「うんうん。でね~? これから大切なお話があるの~」
この口調で大切なって言われても、全く緊張感はないのだが。
「愛美《まなみ》ちゃんも、心して聞いてね」
「はーい」
愛美《まなみ》は沙織《さおり》さんと話していると、
若干、口調が沙織さんに似てしまうところがあるな。
「実は悠斗《はると》くんの事です。
悠斗《はると》くんはね。私たちとの間に出来た子供だったの」
へ? 何言いだすの? 沙織《さおり》さんとの子供? え?
「驚くのも無理ないのよ~
だって、産まれて直ぐに愛美《まなみ》ちゃんの
ご両親に育てられたのだから」
愛美《まなみ》もびっくりしていて絶句しているが、
俺も勿論驚いている。
悠菜《ゆうな》は無表情でこちらを見ている。
「て、事は、本当の親が沙織《さおり》さんてこと?
愛美《まなみ》とは、血が繋がっていないってこと?
外国《あっち》にいる、お父さんとお母さんとも?」
俺は頭の中がグルグル回りだし、
理解できずにそのまま聞き出した。
その質問の乱打に悠菜《ゆうな》が答え始めた。
「まず、私と沙織《さおり》さんは異次元の生命体。
そして簡単に言うと、悠斗《はると》は私たちの染色体と、
地球人の染色体を掛け合わせて創られた生命体」
あっけにとられている俺と愛美《まなみ》を見ながら、
そのまま悠菜《ゆうな》が続ける。
「地球人の染色体提供は、愛美《まなみ》のお母さん。
私たちの染色体提供者は機密事項」
そこまで言ったところで、
沙織《さおり》さんがソファーに座りなおして、ゆっくり話し始めた。
「あの頃ね、愛美《まなみ》ちゃんのお母さんは、
赤ちゃんが出来ない病気でね。とても辛そうだったの」
愛美《まなみ》は真っすぐに沙織《さおり》さんを見ている。
沙織《さおり》さんが話を続ける。
「その辛い感情を知ってしまった私は、
結果的には、お母さんを利用してしまったのかもしれない。
私たちの研究の為と言う名目をつけて」
「でもね、幼い悠斗《はると》くんを育てている内に、
お母さんの何かが変化したの。
いつの間にか病気が確認出来なくなっていて、
それから無事に生まれたのが愛美《まなみ》ちゃん」
「私たちは、そのお母さんの病気が完治したのは、
悠斗《はると》くんに関係していると考え始めたの」
俺に関係している? どういうことだ?
「悠斗《はると》くんが持つ何か特殊な力が関係しているとね。
そもそも、その辺りもこの研究だったりしたのね」
「そうだったんだ! お母さんを助けてくれたんだね!」
愛美《まなみ》がやっと声を出した。そして、俺を見る。
「それになんか、違うと思ってたんだよね。お兄ちゃんって」
あ、そう? やっぱり?
実は俺も思い当たる節がいくつもあったりして。
「でね、一番身近で観察するために悠菜《ユーナ》ちゃんが
いつも傍にいたの。
私は不測の事態に備えて常に待機する役目でね~」
そう沙織《さおり》さんが言ったところでふと気になった。
悠菜《ゆうな》は幼いころから一緒に育った記憶があるぞ?
この際何でも訊いておこう。
「悠菜《ゆうな》は幼いころから記憶あるよ?」
「悠菜《ユーナ》さんはね、悠斗《はると》くんの成長に合わせて、
同じように自分の姿を変えていたの」
マジか! そんなことも出来るんだな、異次元の人って。
「実は悠斗《はると》くんよりもずっとお姉さんなのよ~?」
沙織《さおり》さんはニコニコと笑って言うが、
悠菜《ゆうな》は相変わらず無表情だ。
「じゃさ、お父さんもその事知ってるの?」
愛美《まなみ》がそう聞いた。
「ええ。悠斗《はると》くんを預ける時から了承してるの。
お母さんの身体の具合がよくなって
愛美《まなみ》ちゃんが生まれた頃には、
絶対的な協力をお父さんの方から約束して下さったわ」
「そっかぁ~じゃ、ま、いっか」
軽いな、おい。ほんとにいいのか? 妹よ。
「お父さんお母さん含めて私たちは、
悠斗《はると》くんが十八歳を過ぎてその時が来たら、
この事をあなた達二人に打ち明けることを決めていたの」
なるほどね。妹はまだ十六歳で、俺は十九歳ね?
まあ正解でしょうな。愛美《まなみ》は俺よりもしっかりしてるし。
しかし、凄い告白《カミングアウト》だな。
これからの人生|激変《めっちゃかわる》だろうな。
でも、どうなるんだろう。
羽が生えるわけでもないし、
見た目が変わらないと変化がわからん。
「で、沙織《さおり》さん。俺たちはどうしたらいいの?」
「どうって、そうね~
悠斗《はると》くんと愛美《まなみ》ちゃん次第じゃないかな~?
愛美《まなみ》ちゃんは将来どうしたいの~?」
相変わらずニコニコと緊張感のない笑顔で、
沙織《さおり》さんが愛美《まなみ》に聞く。
おいおい、将来どうしたいの?
って、そんなこと俺は聞いてんじゃないのよ。
「え? あたし? まだ特に決めてないけど。
今は高校が楽しいかな~」
あら、そのまま進路相談になってるし。
「いや、そうじゃなくてね。
この事を知ってからどう変わるのかな? ってことかな」
たまらず俺は聞いてみた。
「うんうん~
悠斗《はると》くんが思うようにしたらいいと思うよ~?
私たちはそれを見届ける義務があるだけ~」
なるほど。創造した者ゆえの義務か。
まあ、半分は母親の物は変わりないしな。
父親に対しても、育ててもらった恩が無いわけではない。
そうか。そういうものらしいです。
異次元の人とのハイブリッドだと判明したのに、
大して変化ないものなんだな。
皆さんもある日突然こう言うことになっても、
普段と大差ありませんからね。
過度な期待はしないようにね。
だが、こうして思いがけず、ハイブリッドな俺の人生が始まった。
梅雨明け宣言が発表されると、
この間までの、ぐずついた天気が一変、
晴れた日が続いたりすること、ありますよね。
皆さんこんにちは。
霧島悠斗《きりしまはると》十九歳です。
この春から、大学へ通う一年です。
そして、異次元の住人とのハイブリッドです。
≪この春に大学に進学し、
十八歳も過ぎてそろそろ十九歳になる、
そして、人生の節目を迎えたから≫
との事で、家族から唐突に告白《カミングアウト》
されちゃいました。
改めて思い起こすと、
これまでにも思い当たる事が沢山あったけどさ。
いや、いっぱい過ぎて、
今まで疎外感を感じなかったことの方が、
俺ってどれだけ鈍感なの?
と、残念な気持ちにもなる。
同級生やら知り合いから、
『ホントに楽天家《のーてんき》何だから!』
などと、呼ばれているのもこれでは否定できない。
まあ、そう言うのは、大抵が妹の愛美《まなみ》だが。
ともあれ、この春から、
幼馴染の悠菜《ユーナ》と大学へ通い始めた。
この悠菜《ユーナ》って言うのが、
実は異次元の生物ってか、人。
俺が地球人として馴染んでいるか、
監視役を含めて色々観察してきたわけ。
見た目はまるで人間なんだけど、
染色体構造? が、全く別物《ちがう》らしい。
悠菜《ユーナ》の母親って言ってた人も、
実は母親じゃなくて同じく異次元の人。
俺の成長データを異次元へ報告したり、
問題があれば迅速に対処するべく、
いつも傍で待機していた。
そんな訳もあり、この人の家はうちの真裏だったりする。
俺は、その異次元の人と地球人との混合種として、
どうも、試験的に創られたらしい。
要は、俺という試験体の監視なんだな。
それをカミングアウトされてから、
俺自身でさえ、俺の生活は激変するだろうと思われた。
が、実は、これが案外馴染んじゃってるわけ。
まあ、これまで普通に生活してきたわけだし。
そんな訳で、今日も変わりなく、
監視役の悠菜《ユーナ》と大学へきてるわけだ。
しかし、最近はここに居る事が多くなったな。
あ、こことは? ここはフードコートって呼ばれている。
色々な飲食店が並び、それぞれの店で頼んで、
一か所で食べることの出来る場所。
そこに俺は適当にドリンク頼んでそのまま手に持ち、
中ほどのテーブル席一つに座って辺りを見回した。
ここの学生だけじゃなく、一般の利用者も結構居たりする。
勿論、悠菜《ユーナ》も一緒にいるが、
来た時から携帯を弄っている。
「で、悠菜《ユーナ》がここへ誘ったわけは?」
理由もなくこの悠菜《ユーナ》が、ここに誘うわけはない。
「もうすぐわかる」
愛想ないでしょ? いつもだから気にしないでね。
悠菜《ユーナ》はそう言うと、
携帯を見つめていた顔をゆっくり上げた。
「来た」
そう言われてそちらを見ると、
沙織《さおり》さんが、フードコートへ入ってくるのが見えた。
スラッとしたスタイルに、パンツスタイルが良く似合う。
胸元が大きく開いたサマーセーターから、
豊満な胸が見えそうだ。
すれ違う人が、沙織《さおり》さんを二度見してる。
つい二か月前までは、悠菜《ユーナ》の母親だと、
俺は、てっきり思っていたこの沙織《さおり》さん。
実は、悠菜《ユーナ》の母親じゃないんだよ、
って告白された時は、
勿論驚いたけど、すぐに納得したっけな。
あの人、見た目も若すぎだし。最初から設定に無理があったわ。
「あー! いたいたー! おーい! 悠斗《はると》くーん!」
俺らを見つけた沙織《さおり》さんが、
とびっきりの笑顔で手を振っている。
あちゃー沙織《さおり》さん、そんな子供みたいに呼ばないでよ。
声を聞いた他の利用者が、
一斉に沙織《さおり》さんとこちらを交互に見ている。
ちょっと恥ずかしいが、ここは手を挙げて反応しとくか。
すねちゃったら可哀そうだし。
天然要素たっぷりの姉の様でもある。
「えとね、悠斗《はると》くん!
実は、大変な事が起きちゃったの」
そう言いながら、席に座る沙織《さおり》さん。
俺はいよいよか! 等と、根拠もなく思いながらも、
大変な事の意味は、まるで見当はつかない。
しかも、沙織《さおり》さんと悠菜《ユーナ》が、
二人揃うとどうしても目立つ。
まあ、異次元の人の仲間入りしてる訳だし、
それなりに覚悟はしているが。
「あ、それより何か追加で飲む~?」
そう言って、沙織《さおり》さんは辺りの店を見回した。
俺の追加のドリンクオーダーより、
もっと大変な事が起きたんでしょ?
後回しでもいい事なの? その大変な事って。
一瞬、拍子抜けはしたが、悠菜《ユーナ》に目を向けた。
悠菜《ユーナ》は相変わらずの無表情で、
じっとこちらの様子を伺ってる。
「俺はいいですけど、大変なことって?」
俺は飲んでいたグラスを、少し横へ退《ど》けながら聞いた。
「ん~お姉さん、カフェ・ラテがいいかな~?」
沙織《さおり》さんは、俺の質問には答えず、
周りの店を見回しながらそう言った。
「へ? あーはいはい。行ってきます」
俺はそう答え、立ち上がりながらカフェ・ラテのある店を探した。
はあ、まったく。この人もマイペースなんだから。
この辺りは悠菜《ユーナ》と沙織《さおり》さん、
いいコンビなのかもな。
カフェ・ラテを二つ持って、席へ戻る。
「はい、お待たせです」
一つは沙織《さおり》さんの前へ置き、
もう一つは悠菜《ユーナ》の前へ置く。
「悠斗《はると》くーん! ありがとー!」
早速、沙織《さおり》さんは、嬉しそうにカフェ・ラテを飲み始めた。
「ありがと」
悠菜《ユーナ》は、そう言って俺を見ている。
沙織《さおり》さんは、美味しそうにカフェ・ラテを飲みながら、
テーブルに設置された、各店のメニューを見ているが、
俺は、かまわず尋ねることにした。
このまま、この人のペースにはまったら駄目だ。
「で、沙織《さおり》さん。大変なことって?」
両手でカフェ・ラテの入った大きなグラスを支えながら、
嬉しそうに喉を潤してしたが、思い出したように話し出した。
「そうそう! 大変なのよ~」
そうですか、全く緊張感は感じませんが?
だが、そう言って沙織《さおり》さんは深く一息つくと続けた。
「実はね。異星人だと思うんだけど、
地球人にまた接触をしてきたんだよね~」
「え? 異星人って、宇宙人?」
俺は異星人という、言葉と言うか、存在を忘れていた。
改めて思うと、宇宙人とか居るとは思うけれど、
実際に見た事など無い。
「まあ、どちらも間違いではないけど、
正確には地球外生命体かな~」
それを言ったらあなた方もでしょ。
あ、俺も半分はそうなのか。
「あっちの話だと、かなり好戦的な種らしくてね。
本気で気を付けないと、地球も危ないらしいの~」
内容は、かなり緊張しなければいけない事項だな。
この人の、この口調に惑わされたらいけない。
「あっちって、沙織《さおり》さん達の世界?」
「うんうん。そうなの~困ったでしょ~?」
そう言いながら、カフェ・ラテを飲み干す。
俺はかまわず続けた。
「で、その、あちらの世界では、どうしたら良いと?」
空になった、カフェ・ラテのグラスを
名残惜しそうに見つめていたが、
沙織《さおり》さんは、ゆっくり顔を上げる。
「ん~基本的には~私たちがこっちの世界に
大きな影響を与えるのはタブーなの」
俺の存在はちっぽけなものさ。
そんな俺を創ったんだよね、あなた達が。
このくらいは影響ないわけか。ちょっと複雑な気持ち。
「でもね、悠斗くんの存命自体が危ういと、
少し話は別になるかも~」
ほほう。それでも俺の命は尊重されてはいるわけか。
これはこれで、少し救われた思いだ。
「大切な、実験体でもあるし~」
そう言って、沙織《さおり》さんが悪戯っぽく微笑む。
そうですか、心配なのは実験体だからですよね。
「で、どうしたらいいのかな」
「でね、ユーナちゃんとも相談したんだけど、
その手の専門に、頼んでみるのもいいかな~って」
そう言って、沙織《さおり》さんは悠菜《ユーナ》を見た。
悠菜《ユーナ》も沙織《さおり》さんを見たが、
そのまま無表情で頷く。
「その手の専門?」
俺はたまらず聞いてみた。
その手の専門ってなんです?
そんなの想像もつかないのですが?
「えとね~古くから、エランドールと交流がある方たちで~」
沙織《さおり》さんは、こちらを見て言った。
「エランドール?」
「あ~私たちの世界ね。そう呼ばれることも多いの~」
なんだろ、フランス語か?
「で、その方達なら、
何とかいい方法を提案してくれるかな~って思うの」
その方達って、エランドールの人の知り合いって事か?
これが、俗に言う、たらい回しってやつ?
「その方たちってどんな感じの人?」
俺は聞いてみた。
何かまた異次元とか、異星人とか言い出すんだろうな。
「元々は、地球人とも関係ある方々ですよ~」
笑顔で沙織《さおり》さんがそう言う。
え? 地球人と関係ある?
まあ、異次元の人が目の前にいて、
この俺もそれのハイブリッドだからな。
もうあまり驚かないわ。
「その方々って分類は、異星人系?」
「元々はそうかな~ でもね、
一時期は、地球に生活していたこともあったんですよ~」
へ? そうなんだ?
って、地球で生活してただと!?
「どゆこと?!」
「ん~ 詳しくわからないけど~」
沙織《さおり》さんがそう言ったところで、
これまで黙っていた悠菜《ユーナ》が、話し出した。
「今夜呼んだから、直接聞いたらいい」
は? サラッと、凄い事言って無いですか?
悠菜《ユーナ》さん?
「え? 今夜? どこへ?」
俺は、おもわず突っ込み気味に聞いた。
「あなたの家《いえ》」
家《うち》かよ! ま、いちいち驚くのもキリがないか。
「あ、そうですか。そうします」
しかし、いいのか?
得体の知れない異星人を、サクッと招いちゃって。
それこそ、大問題に発展しないのか?
外交問題とかの次元じゃ無くなるぞ?
「あ、ユーナちゃん、もしかしてもう呼んだの~?
久しぶりに、会うの楽しみだわ~」
嬉しそうだな、沙織《さおり》さんは。だったらいいか。
て、ほんとにいいのか!?
「久しぶりってどゆこと?」
「あ~あっちで知り合ったんだけど、
とても可愛い子だから、きっと悠斗くんも気に入ると思うわよ~」
沙織《さおり》さんは、ニコニコしながらそう言うけれど、
異星人の可愛い子って、一体どんな感じですか。
可愛いって言われたら、そりゃ期待もしちゃうけど、
やっぱり会うまでは、不安でたまりませんわ。
「じゃ、私は先に帰ってるわね~
気を付けて帰ってくるんですよ~」
「あーはいはい。気を付けて帰ります」
「帰る前に、何かおかわりしちゃおっと」
そう言って席を立つと、店の方へ軽快に歩いて行った。
後ろ姿も綺麗だよな、沙織《さおり》さんって。
そう思いながら、後ろ姿を目で追う。
スラッと伸びた足の上には、形の良いヒップが...
しかし、見た目はお姉さん系だけど、
行動はまるで女子高生か中学生だな。
俺からしたら、妹の愛美《まなみ》よりも、
沙織《さおり》さんの方が、
時には心配になる時も多かった。
だが、悠菜《ユーナ》に言わせると、
人望も厚く頼りになるらしい。
まだまだ未知の人だな。沙織《さおり》さん。
「あ、まずい。愛美《あいつ》に教えとかなきゃ」
妹の愛美《まなみ》がいる。
愛美《あいつ》が帰る前に、
家に宇宙人がいたら間違いなく驚くぞ。
パニックになる前に、駅で待ち合わせて一緒に帰る事にしよう。
よし、そうしよう。ラインして置けばいいか。
「悠菜《ユーナ》、帰りに愛美《まなみ》と待ち合わせて、
そこから一緒に、家へ帰る事にしよう」
悠菜《ユーナ》を見てそう言うと、俺は席を立った。
「わかった」
こちらの様子を、ただじっと見ていた悠菜《ユーナ》だったが、
一言そう言うと、ゆっくり席を立った。
何かさ、随分昔にここにタコタコPC打ってたなーって
もう2019だってさ! 令和だってさ!
はぁ~ 無駄に歳を重ねたな~って...。
ここで絡んでいた人達元気でいるのかな~
春だっつーのにちょっぴりセンチな聖でした。