かなり放置してます。
いつもすみません…

今日は東日本大震災から
ちょうど5年

私、生まれてから今現在まで
被災地に住んでおります。

あの地震があった日も。

今日は少し長めに書きます。

私が住んでるのは…
原発事故があった福島県です。

福島県は地震、津波、原発
被害が甚大でした。

当時私は不動産会社の営業
をしてました。

3月は不動産業界では
繁忙期といわれ、1年間で

1番お客さんが動く時期です。
ちょうど20代前半の女性2人組の

案内から事務所へ戻って
すぐでした…

携帯電話から聞きなれない
音が事務所内に響き

店内にいる全員が携帯を
見ると

「強い揺れに備えてください」

状況が全く把握できません。
その直後でした。

あの未曾有の地震、揺れが
ありました。

揺れが収まる少し前
建物屋外へ出ました。

事務所前の国道は市内でも
1番混む道路。

路上にある車を見ると
サスペンションとは別に

何かバネでも入れて揺らして
いるかのようでした。

揺れも止まってすぐ
空が真っ暗になり

横嬲りの雪が降ってきました。
まるでこの世の終わりかのような

お客さんには帰って頂きました。

すぐ実家へ連絡をしましたが
回線が混み合っていて

しばらく連絡が取れませんでした。

実家と家族は無事。
家の中は食器棚から食器が

大量に飛び出たり、
靴箱から靴が飛び出たり

照明器具は落下し破損。
程度で大きな被害は無かった

のですが、、、

その数日後です。

原発事故

地震が起こる前の生活から
一変しました。

今まで当たり前だった事が
当たり前ではなくなりました。

スーパーは営業しているものの
地震に便乗して値上げ。

単三の乾電池2本入りが
約1000円

トイレットペーパーが
12ロール500円

その後、福島県には
入ってはいけないという

企業が増加

結果、スーパーはおろか
コンビニも臨時休業。

車での移動を主とする
福島県民には車は

一家に1台ではく
1人1台の地域に

ガソリンが入ってこない。

つまりむやみやたらに
動けない。

食料、生活用日、ガソリンがない。

地域によっては
電気、水道、ガスが

使えない。

私も水道、ガスは震災後
1週間止まってました。

原発が水素爆破して
すぐ実家へ連絡。

原発から実家の直線距離
あやしい…

近すぎではないが
離れてる訳ではない

結果、直線で35キロ
実家のある市内全域

屋内退避。

両親職場から家に帰れず。
祖母、実家で1人。

ライフラインが完璧ではない
自分の住まいでしたが

避難するよう話して
自宅へ呼びました。

親から私の自宅へ向かっている
道中に、

私の住んでる自宅から
車で約30分のところにある

叔母の家に避難しようと
連絡があり、急遽そちらへ

避難。

叔母の家はライフラインも
全て使用可能。

家の側にあるスーパーは
新潟の会社が運営していて

幸いにも福島⇄新潟の
交通網は被害が少なく

物品が入ってきたこともあり
食事もしっかり取れました。

助かりました。

叔母の家は高台にあり、
敷地から東側をみると

東北道がよく見えるのですが
走ってる車といえば

自衛隊、警察、消防、救急
福島県より北の被災地へ

食料、生活用品等を運ぶ
大型トラックのみ。

一般車は通行禁止。

地震、津波、原発
この後どうなるのか?

全くわかりませんでした。


でも、あれから5年
変わったことって

いっぱいあると思います。

でも、変わらないこと。

今から5年前の今日
地震があったこと。

津波があったこと。

原発事故があったこと。

これから5年、10年、100年後
も変わらない。

忘れちゃいけない。
後世に伝えないといけない。

今の当たり前の生活に
感謝して生活しなければ

と思います。