今日、6月15日は父の命日
2011年6月15日、僕の父はガンで亡くなった
享年71歳
年齢的にもまだ若い
父がガンと知ったのは、僕が大学生のとき
父や母、そして兄がガンを知ったのは
もっと前だったようだが、
父は大学で勉強する僕の邪魔になってはならないと、
知らせなかった
そんなこととも知らず、
僕は父の望みに反し、大学生活は遊びほうけていた
それを見かねた兄の堪忍袋の緒が切れ、
「親父はお前に言うなと言っていたけど、
お前の態度にはもう我慢できない!
「親父はガンなんだよ!」
「お前、親父がどれだけの思いでお前を
大学に行かせているか、わかってんのかよ!」
頭にカミナリが落ちたような衝撃を受けた
父は普通のサラリーマン
決して裕福とは言えないが、いたって普通の家庭
僕は子供の頃から手のかかる子だった
末っ子ということもあって、
買ってほしいものはねだれば買ってくれた
僕は本当に、お金は湧いて出るもの、
といったような考えを持っていた
今思えば本当にどうしようもない子供である
その後、父に会った記憶はない
会ったのは、大学の卒業式
父は嬉しそうだったが、
僕はもともと父とはあまり関係は良くなかった
そのため、卒業式でもあまり言葉を交わすこともなく、
僕は式終了後、大学の仲間と卒業パーティーに出かけた
田舎から母と2人で上京し、さぞ嬉しかったろうなぁ
後で聞いた話だが、父は大学に行く僕が誇らしかったようだ
あのとき、一緒に写真を撮ったり、
食事に行ったりすれば良かったなぁ
「卒業させてくれて、ありがとう」
そう言えば良かったと、今は後悔しかない
数年後、僕は病気を患い、治療するために
就職した職場を退職し、実家に戻ることにした
高校を出てすぐに一人暮らしをしたので、
10年ぶりぐらいでまた、父と暮らすことに
父はあまり家で話さない寡黙で真面目な人だった
僕が退職して家に帰りたいことを伝えたとき、
初めは猛反対された
「1人でやりきれ、逃げるな」
そんなやり取りを何度かした覚えがある
ただ、僕も身体が辛かったので、
頼み込み、何とか許しを得た
あまり会話をすることはなかったが、
半年もするとポツリポツリと父から話しかけてきた
「身体はどうだ?」「仕事は大変だったか?」など
父は40年、一つの会社で働き抜き、定年退職した
すごく立派で、今では尊敬している
退職後も、家計を考えてか、アルバイトをしていた
いくつか転々としていた記憶だが、
中でも宅配業者の荷物の仕分けをやっていたときの
記憶が鮮明にある
「そんなところで働かなくても…」と思った
会社員としてある程度の仕事をしていた人が、
夜中に宅配の仕分けをしている
プライド高い父としては屈辱的だったと思う
抗がん剤治療の痛みと闘い、必死で、
家族のために頑張ってくれていた
今でも思い出すと涙が出る
僕が実家に戻って1年後、
身体の治療も終わり、
僕は以前勤めていた職場に復職した
その1ヶ月後、父は他界した
僕の再就職を見届けて、安心したのかもしれない
痛み苦しむ入院生活をすることなく、
すーっと、天国へと逝った
父は最後まで家族のために頑張ってくれた
父は幸せだったのかなぁ
孫の顔、見せてあげたかったなぁ
こんなバカ息子でごめんなさい
9年経った今も、僕は後悔で泣いている
今日は梅雨時期にも関わらず晴天
父が笑顔で家族を見守ってくれている気がした
親父、ありがとう
親父の子供になれて、本当に嬉しく思っているよ
生きている間に、伝えたかったなぁ
