高畑充希、岡田将生、W主演の「1122」

Amazonprimeで独占配信中の
話題のドラマ


仲のいい一子と二也夫婦には秘密があった 一子側からのセックスレスにより、二也には愛人がいる それは夫婦の公認不倫だった…



今をときめく爽やかな俳優が演じる爽やかな映像の中に、人間の制欲の解放、必要悪、罪悪感と性欲、アイデンティティの維持の葛藤、建前より本音を優先する動物的な衝動が、見事に描かれ、役者の演技力もさながら、監督のその手腕と才能をこれでもかと見せつけられる、いい意味で視聴者を裏切る作品となっている



軽い気持ちで観たのに、あれよあれよと作品に引き込まれ、魅せられ、夫婦とはなんなんだ?愛とは欲望とはなんなの?人間とは人生とは感情とどう向き合うべきなのか?そんな人の生き方を課題とした奥深さが随所に散りばめられていて、およそ軽い気持ちではいられなくする、でも映像は爽やかと言ったギャップに、視聴する者を惑わせるこの映像化に、観終わった後なんとも言えない満足感を与えられる


公認不倫…


不倫にも色んな形がある


一方が既婚者、W不倫、秘密の恋、愛人契約、体だけの関係、物理的な関係、体の関係を持たないセカンドパートナー、そして
配偶者に認められた公認不倫


時代はその存在を多様化と叫ぶ


人はみんな同じで、違っていい


不倫にも多様化が進んでいる
時代の移り変わりや流れと共に


だけれど、わたしが思うのは、時代が変わっても、人の心は不変的で、頭では理解出来ても、感情の部分では納得出来ない


一子から、二也を拒絶した だから、二也に恋人が出来たことを叱責も反対も出来なかった してはいけないと、自分に言い聞かせて、その状況を受け入れるしかなった


毎月、第三木曜日には恋人との時間を過ごす夫の帰りを待ち、温かく迎える一子の心は、自覚のないままに崩壊していく


親友に

『彼が公認不倫してるなら、一子にもその権利がある 立場は対等よ』

と、言われ、一子は動き出す
まさにそれは、必要悪だった


自分の心の平静を保つ為、夫との関係を継続していく為に、必要な儀式と、自分が女であるという確認


全然いい、むしろそうした方がいいと思った このまま飽和状態でいるよりは心と体を解放することで、自分を取り戻せるならって


共感しかない
同じ女として…



一方、二也は愛人から自分の本音を見抜かれてしまう


男って劇的にあほだから、何でも正直に話しちゃうのよね…


二也はこの不倫の軸が夫婦の安定にあることを暗に示し、それを愛人に見透かされて

『私はあなた達夫婦の緩和剤に
使われただけなの?
あなた達が上手くいく為に私の存在が必要だったってこと?バカにしないで!』


こんな風に言われて、二也も自分の本当の気持ちに気付く 


恋愛をすること、たとえそれが不倫愛であっても、そこにはルールがある


なんでもバカ正直にお相手の女性に話してはいけないし、妻への愛情、自己保身を見せるなんてもっての外である 


本音でぶつかり合い、向き合って話し合うことは、ふたりの世界の話であって、第三者や社会的立場の話は、いらない


ドラマを観ながら、またそんないらんことを…と、そりゃ愛人怒るわなと、半ば呆れながら二也を見つめていた


まあ、公認不倫であっても、セカンドパートナーであっても、配偶者がいるのにも関わらず恋愛をするのなら、それ相当の覚悟がいる


配偶者が認めているからいいんだよ


みたいな軽い気持ちでその領域に足を踏み入れるとしたら、結局は配偶者も愛人も幸せに出来ないし、自身も、何も手にすることは出来ない


何故なら女は、認めることは表向きできても、本当には納得していないからだ



誰でも自分が一番じゃなきゃイヤだ


2位じゃダメなんですか?


ダメなんです



スーパーコンピュータは何位でもいいけど


彼の恋愛優先順位は、自分が一番じゃないと
気が済まない


だから、既婚者が恋愛するとしたら、配偶者にバレない方がいいし、もし公認するとして、その側も覚悟を余儀なくされる故に、かなりの高等技術と、達観した、感情とは切り離した生き方が出来る者のみが、踏み込める領域


それが公認不倫なんだと思う


凡人には無理だ…


結果的に、一子も、そのことを乗り越えられなかった そりゃそーだ!しかない


演じる役者によっては、指揮を振るう監督によっては、ドロドロ不倫劇になりそうなこの原作を、ここまでそうはさせずに描いた創造者達に敬意を表したい気持ち


気になった方は、是非に


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