失恋したばかりの頃って、何故か急いでお相手のことを忘れなきゃっ!って、半ば強迫観念に似た感情に囚われる
手放した、振られた
ひとつの恋が終わったと自覚した時から、忘失に全神経を向ける
彼(彼女)のことを考えないように、自分の心からお相手を追い出す作業は元より、自分磨きに勤しんでみたり、恋を上書きするのは新しい恋よ!と、自分を奮い立たせて前進する
ちょっと待って!
なんでそんなに必死で忘れなきゃいけないの?!
別にいいじゃない
失恋したからって慌てて忘れなくても、これからも好きでいても…
なのに、ほんと何故かそれは許されないような気がして…
失恋したのにずっと、これから先もずっと、お相手のことを好きでいるなんて許して貰えない…
一体誰に許して貰えないんだろう…?
それは、他でもない自分だ
人は結果が分かっていることに一生懸命になったり、夢を描き続けることは、出来ない
今からパイロットになる?宇宙飛行士になる?
絶対に無理だと自分で分かっていることに対して、その夢を諦めるというより、そもそもそんな夢自体を見ないという選択肢を取る
もう終わった恋
ここから再び始まる可能性がないのだとしたら、想い続けても意味がない だったら一刻も早く忘れた方がいい 合理的思考がそう囁いてくる 達成出来ない目標を掲げたってそこに指標はない
だから早く忘れろと感情に脳が横槍を入れてチクリと刺してくる…
ここでまた新たな疑問が浮かぶ
どうして片想いは想い続けることを自分に許すのに、失恋後は忘れなきゃいけないのか?
どちらも叶わぬ想いなのに…
きっと片想いには僅かでも希望の光が差し込んでいて、失恋には絶望の闇の中に迷い込まされるからだ
片想いは現状維持
何も失ってはいない
けれど失恋は、恋の降格
読んで字の如く、恋を失ったのだから…
だから人は失恋したら早期にその恋を忘れなきゃいけない強迫観念に囚われるんだと思う
でもね?
失恋した後何が辛いって、この忘れなきゃいけない脳の指令に従って作業することなの
そんな簡単に忘れられるなら誰も苦労はしない とてもしんどい作業だから苦しむ
何故しんどいか?
本音では忘れられないというよりも忘れたくないから
失恋した友達がいたら、周りの女子たちは口々に、あんな男早く忘れなよ!あなたにはもっといい男がみつかる!などと言って励まし慰めるけれど
わたしは、無理に忘れなくていいんじゃない?と言う
無理に忘れようとするからしんどいのであって、まだ好きならそんな自分を受け入れて、想い続けることを自分に許した方が楽だと思うから
叶わない想いでもいい
自分の本当の気持ちに逆らって真逆の意思を持とうとするから、余計に忘れるのに時間が掛かる
その時は必ず訪れる
慌てて亡きものにしようったって、どうせ引き戻される
彼と行った場所、彼と聴いた曲、彼と観た映画、彼といた季節の香り、彼と愛し合った時間や肌感…
五感が意志に反発して、想い出を蘇らせる
だったら、振り切って想い存分想った後、自然に忘れられる時を待とう
それでも引き戻される時はある
でもそれは一瞬か、その日1日だけ… 忘れきったらその想い出はただの思い出に変わり、忙しなく流れる雑踏のように、消えてなくなる
失恋後こそ、自分を大切に
自分を追い込まない
何かを課さない
それでなくても色んな感情が折り混ざるのだから、気持ちの一本化をして、ゆらゆらと海上に浮かぶウキのように、流れに波に任せて
ゆっくりゆったりとその時間を過ごそう
必ず浮上できるから
恋を失っても
あなた自身は何も失ってない
自分のことは決して忘れない
忘れられないなら忘れなくていい
忘れられない自分を愛でて