料理教室、事件です

 

 

 

 「あれ?お砂糖と塩、入れ間違えてない?」

 

 「うそ!? 味見……あーー!ごめんなさい、先生!!」

 

 

 

 その日、律子とミサキが開いた料理教室には、初参加の若いお母さんが3人と、小学2年生の女の子が1人。

 

 メニューは、昔ながらの肉じゃがと、ほっこりかぼちゃの煮物、そして律子お得意の出汁巻き卵だった。

 

 

 

 「味つけは“目分量”が大事やで」と言う律子に、

 

 「それが一番難しいんですよ!」と笑うミサキ。

 

 

 

 教室はすぐににぎやかな「台所の戦場」になった。

 

 

 

 かぼちゃは煮崩れ、肉じゃがは焦げかけ、出汁巻き卵はフライパンの上でスクランブルエッグに変身していく。

 

 

 

 「大丈夫や、初回はみんなそんなもんやで」

 

 律子が慣れた手つきで焦げた鍋を救出し、煮くずれたかぼちゃには白ごまをかけて見た目を整えた。

 

 

 

 小2の女の子・まいちゃんは、出汁巻きを上手に巻けず泣きそうになったが、ミサキが一緒に巻いてやると、

 

 「……先生より、うまいかも」とポソリ。

 

 それを聞いた律子が、口をとがらせて「なぬっ」と言ったとき、教室中に笑いが広がった。

 

 

 

 味も見た目も、決して完璧ではなかったけれど。

 

 最後にみんなで食べた「ちょっと失敗した料理」は、なんだか心まで満たしてくれる味がした。

 

 

 

 「料理ってな、人と一緒に“やいやい”言いながら作るのが一番おいしいんやで」

 

 律子が言ったその言葉に、みんながうなずいた。

 

 

 

 その日の帰り道。まいちゃんが母親の手を引きながら、こう言った。

 

 「また、行きたい」

 

 ミサキがそれを聞いて、律子の袖を軽くつかんだ。

 

 「先生……私、これ、ずっとやってたいかも」

 

 律子は、ただにこっと笑った。

 

 

 

 日常の中の、小さな宴。

 料理と笑いのあふれるその台所は、今日も“事件”だらけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜ミサキの章〜

 

 

 

 

東京の暮らしは、まるで波の中にいたようだった。

 

 忙しさという名の波に飲まれ、人の目、上司の言葉、自分への苛立ち——全てが、静かに心をすり減らしていった。

 

 「ここにいたら、私の声なんて、どこにも届かない」

 

 そんな思いを抱えて、ある日ふと、パソコンで「地方・移住・ゆったり暮らし」と検索した。

出てきたのは、小さな町のワンルームアパート。

築30年、家賃3万円。写真には、古びた畳と小さなキッチン。

だけど、その生活音のない写真に、なぜか心がひかれた。

 

 

 

 荷物を減らし、職を辞めて、その町にやってきた。

 

 期待よりも、不安がずっと大きかった。

 でも、引っ越して一週間、最初に声をかけてくれたのが——あの女性だった。

 

 

 

 「醤油って、どこにありますか?」

 

 

 

 なぜ、あのとき声をかけたのか、今でも自分でもよく分からない。

ただ、買い物中の彼女の背中が、不思議と「知っている人」のように思えたのだ。

 

 律子さん。

 

 あったかい手。

 ちょっと関西訛りのある、やわらかい言葉。

 穏やかだけど、芯の通ったまなざし。

 

 「ここでなら、少しずつ、自分をやり直せるかもしれない」

 

 そんな気持ちを初めて持てた人だった。

 

 

 

 最初は、料理を教えてもらっていただけだった。

でも、毎週訪ねるうちに、あの静かな部屋の中で、自分の中にたまっていたものが、少しずつ溶けていった。

 

 

 

 律子さんは、私のことを決して急かさなかった。

 

 沈黙の時間も、否定せずに受け止めてくれた。

 

 

 

 母が倒れたと連絡が来たとき、本当は、もう誰とも関わりたくない気持ちでいっぱいだった。

 逃げたくてここに来たのに、また「責任」が追いかけてきたように感じた。

 

 でも——律子さんが、私の手をそっと握って言ってくれた。

 

 「大丈夫や。あんたは、ちゃんと生きてる」

 

 その言葉に、泣いた。

 

 自分でもびっくりするくらい、泣いた。

 

 

 

 そして、ちゃんと大阪に帰った。

母の弱った手を握って、昔のこと、今のこと、ゆっくり話した。

初めて、「自分の気持ちを伝える」ことができた気がした。

 

 あの町で、律子さんと出会わなかったら——

私はきっと、誰かの前でこんなふうに泣くことも、話すことも、できなかったと思う。

 

 

 

 帰ってきたあの日。

 

 律子さんが言った。

 

 「おかえり」

 

 

 

 たったその一言で、私はようやく、「自分の居場所ができた」と思えたのだ。

 

 

 

 いま、私たちは一緒に、料理教室を開いている。

 

 おばあちゃんたち、若いママたち、子どもたち——

 いろんな人が集まってくる。

 

 教えるのは律子さん。

 でも、私はその横で、ひたすら動く。

 器を出して、材料を運んで、時々笑って。

 

 

 

 「先生って呼ばれるの、ちょっと照れるなあ」

 

 律子さんがそう言ったとき、私は笑いながらこう言った。

 

 「律子さん、私の人生の先生ですよ」

 

 

 

 いつか、私も誰かに伝えていけたらいい。

 

 あのときもらった、あたたかい言葉とまなざしを。

 

 

 

 その日の夕暮れ、律子さんが急須に湯を注ぐ音が、静かに響いていた。

 

 ぽと、ぽと、としずくの音。

 

 私もそっと、お茶を注ぐ。

 

 

 

 小さな音が、今の私には、とても美しく聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

第1章 春の音

 

 

 

 律子は、桜の花が咲き始めると、毎年決まって町の川沿いを歩くことにしていた。

ひとりになって十年。

夫・圭一が他界したのは、ちょうど春の終わりだった。

初めの数年は、満開の桜を見るのがつらかったけれど、

今ではそのやわらかい色が律子の暮らしの輪郭をやさしく縁取ってくれるように感じる。

 

 「今年も、咲いてくれてありがとう」

 

 川沿いのベンチに腰を下ろし、小さなポットから茶を注ぐ。

桜の花びらが風に乗ってひらひらと舞い、湯呑みのふちに一つ、そっと落ちた。

 

 律子はかつて、小学校の教師をしていた。

真面目で、少し口下手だったが、子どもたちの作文に目を通すのが何より好きだった。

「言葉には力がある」と教えることが、自分の使命だと思っていた。

 

 退職してからは、急に時間が増えた。

最初の頃こそ、あれもしたい、これもしたいと焦ってみたものの、次第に日々は静けさに包まれていった。

食費を抑え、年金で慎ましく暮らす毎日は単調だが、決して不幸ではなかった。

 

 けれど、どこかにぽっかりと、穴のようなものがあった。

 

 「誰かに、もう一度何かを伝えることができたら…」

 

 そう思いながらも、律子は日々を淡々と送っていた。

 

 そんなある日、彼女の生活に、ひとつの「しずく」が落ちることになる。

 

 

第二章 ミサキ

 

 

 

 「すみません、醤油ってどこにありますか?」

 

 スーパーの調味料コーナーで声をかけてきたのは、まだ二十代とおぼしき若い女性だった。

肩までの黒髪、少しあか抜けない雰囲気。

しかし、その目はまっすぐで、どこか懐かしさを感じさせる。

 

 「こっちやで。ここの棚のいちばん上に置いてあるのが、料理用のやつや」

 

 そう言って案内すると、彼女はうれしそうに頭を下げた。

 

 「ありがとうございます。最近こっちに引っ越してきて…まだ慣れなくて」

 

 「そうなんや。どこから来たん?」

 

 「大阪です。仕事で疲れちゃって、ちょっと田舎で暮らしてみたくて」

 

 ふとした会話だった。

だが、それから週に一度、ミサキが律子の家を訪ねてくるようになるのに、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

第三章 教えるということ

 

 

 

 最初は簡単な料理からだった。

炊き込みご飯、肉じゃが、味噌汁のだしの取り方。

ミサキはメモ帳を取り出して、まるで授業のように一言一句を逃すまいと熱心に書き留めた。

 

「お母さんが昔こうやってくれた気がします。でも、ちゃんと教えてもらったことなかったから…」

 

 その言葉に、律子は胸がきゅっとなった。

 

 「料理はね、丁寧にすればするほど味に出る。雑に作ると、心が落ち着かへんのよ」

 

 そう言いながら、手を動かす時間が、律子にとってはかつての教壇に立っていた日々のようだった。

人に伝えること、相手の目がキラキラと輝く瞬間に立ち会えること。

それは彼女にとって、かけがえのない「生きている証」だった。

 

 

 

 

                    

 

第四章 静けさの中

 

 

 律子の暮らしは、少しずつ変わっていった。

買い物のときにミサキの好物を思い出す。

冷蔵庫の食材も「ひとり分」ではなく「ふたり分」になった。

 

 近所の人が、「最近楽しそうですね」と声をかけてくれる。

 

 「せやろか?まあ、ちょっとな」

 

 照れくさそうに笑いながら、律子は空を見上げる。

 

 ひとりで生きていく覚悟を決めた60代。

だけど、人とのつながりが生まれると、こんなにも心が豊かになるのかと、日々あらためて実感していた。

 

 

 

 

第五章 手紙

 

 

 

 

 その日、律子は一通の手紙を受け取った。

 

 薄いクリーム色の封筒に、丁寧な筆跡で「木下律子様」と書かれている。

差出人の名は「田中悠人」。

どこかで聞いた名前だと思いながら封を開けると、見覚えのある字が踊っていた。

 

 律子先生、お元気ですか。

 突然の手紙をお許しください。

 私は今、東京で出版社に勤めています。

 中学の時に先生が見せてくれた言葉の面白さが忘れられず、こうして文章に関わる仕事をしています。

 先生が言ってくれた「伝えるということは、心をそっと手渡すこと」——あの言葉が、

 今も僕の背中を押してくれています。

 いつかまた、お話しできたらうれしいです。

 

 封を閉じてからしばらく、律子はその場に座ったまま動けなかった。

 

 「覚えててくれたんやねぇ……」

 

 小さくつぶやいて、少し目を閉じる。言葉というものは、思っている以上に深く誰かに届くのかもしれない。

その実感が、胸の奥でじんわりと広がっていく。

 

 翌日、ミサキにその話をすると、彼女は目を輝かせた。

 

 「それ、めっちゃすごいですね。先生、やっぱり人の人生を動かしてるんですよ」

 

 律子は、笑って首を振った。

 

 「そんなん、大げさや」

 

 けれど、心の中では「そうであったなら、うれしいな」と、密かに思っていた。

 

 

 

 

 

第六章 夜の中で

 

 

 

 

 春が終わり、梅雨の気配が忍び寄る頃。

 

 ミサキは少し元気をなくしていた。

 料理の手もどこか雑で、笑顔も少し影を帯びている。

 

 「仕事、なんかあったん?」

 

 律子が訊くと、ミサキは俯いたまま、ぽつりと言った。

 

 「実家の母が倒れたんです。連絡、急に来て」

 

 「……そっか。大阪、遠いなあ」

 

 「うん。でも、帰るかどうか迷ってて。

  私、ここでの暮らしが好きなんです。先生とこうしてるのも、居場所みたいで。

  向こうに戻ると、またしんどくなりそうで……」

 

 律子は、静かにミサキの手に自分の手を重ねた。

 

 「大丈夫。あんたが選ぶ道、ちゃんと自分で歩けるようになってる。 

  そうやって迷うのも、ちゃんと生きてる証拠やから」

 

 その言葉に、ミサキは小さく涙をこぼした。

 

 

 

 

 

第七章 戻る場所

 

 

 

 一週間後、ミサキは一時的に大阪に戻ることを決めた。

 

 「ちゃんと向き合ってきます。戻ってきたら、またごはん教えてくださいね」

 

 律子は、玄関先で彼女を見送った。ミサキの背中が遠ざかるたび、胸にぽっかり穴が開いていくようだった。

 

 「ひとり暮らしには慣れてるつもりやったけど……」

 

 呟いて、急須に湯を注ぐ。

 いつものしずくの音が、今日は少しだけ寂しく響く。

 

 けれど、彼女は知っている。

 この静けさの中にも、誰かとのつながりの余韻が残っていることを。

 

 

 

 

第八章 再開とこれから

 

 

 

 夏が過ぎ、秋の風が窓から入り込む頃。

 律子の家のチャイムが鳴った。

 

 玄関を開けると、そこにミサキがいた。

 少し日焼けした頬に、またあの真っすぐな目。

 

 「ただいま戻りました」

 

 「……おかえり」

 

 律子の目にも、うっすら涙が浮かんだ。

 

 それからの日々は、以前よりもあたたかく、親しみも増した。

律子は、ミサキと一緒に地域の料理教室を開き始めた。

若い人たち、同世代の女性たち、少しずつ人が集まり、笑顔と香りの立ちこめる場所が生まれていった。

 

 

 

 

最終章 しずくの音、明日へ

 

 

 

 

その日、律子は机に向かって手紙を書いていた。

 

 宛先は、出版社の田中悠人。彼女の教え子だ。

 

 悠人くん、手紙ありがとう。

 あれから、また誰かに言葉を手渡す日々が始まりました。

 60を越えても、人はまだ誰かのために動けるんやと知りました。

 あなたのような若い人たちが、言葉を信じて生きてくれるのが、何よりの幸せです。

 

 筆を置いて、湯を沸かす。

 茶葉を入れ、湯を注ぐ。

 しずくの音が、部屋に広がる。

 

 「今日も、生きてる音やね」

 

 律子は、静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜律子の若き日〜

 

 

 

 

 「……木下先生って、ほんまに若いなあ。生徒と見間違えるわ」

 

 初任校である市立○○小学校に赴任した初日、年配の先生にそう言われて、律子はただ曖昧に笑った。

まだ二十三歳。

大学を出たてで、ランドセルの列より少し高いだけの背丈。

胸の中は、不安でいっぱいだった。

 

 

 

 最初に受け持ったのは、五年一組。

 

 三十五人の子どもたち。

 にぎやかで、落ち着きがなくて、でもどこか幼くて。

 

 「はい、みんな静かにして〜」と言っても、誰も聞いちゃいなかった。

 

 

 

 特に、律子を困らせたのは川村悠人という少年だった。

 

 クラスの中心。

 元気すぎるほど元気。

 いたずらばかりで、注意すればすぐふてくされる。

 

 

 

 ある日、国語の授業で「自分のことを文章にしてみよう」という課題を出した。

 

 提出された悠人の作文は——

 

 ぼくは、先生がきらいです。

 うるさいし、すぐ怒るし、なんか全部ばかにしてくる気がするからです。

 でも、ばれたら怒られるので、ここだけにします。

 

 と、正直すぎる内容だった。

 

 

 

 律子は、笑ってしまった。

 

 そして、その横に赤ペンでこう書いた。

 

「ここだけにします」って書いてあるけど、しっかり読んでしもたで。

本音を言ってくれてありがとう。

ばかにしたくて怒ったんじゃないよ。

ただ、あんたが本気で何かに向き合ってるとこを、見てみたいなと思ったんや。

 

 

 

 翌日。悠人は教室の入り口で、もじもじしながら言った。

 

 「先生、オレ……きのうの作文、返事うれしかった」

 

 その顔には、恥ずかしさと、ちょっとの誇らしさが入り混じっていた。

 

 

 

 その日を境に、悠人は少しずつ変わっていった。

 ふざけながらも、律子の話を聞くようになった。

 作文の中に、少しずつ彼の本音や考えがにじみ出すようになった。

 

 

 

 言葉には、力がある。

 

 ただ押しつけるだけじゃ届かない。

 でも、受け取る心があれば、ちゃんと相手に届く。

 

 

 

 律子は、その時初めて、自分が教師としてできることの「輪郭」を掴んだ気がした。

 

 教えるということは、「教える側の正しさ」を伝えるんじゃない。

 相手の言葉を受け取り、そこから一緒に何かを育てていくことなんだ。

 

 

 

 それから数年、律子は「作文が好きな先生」として知られるようになった。

 

 クラスの壁には、子どもたちの言葉が飾られた。

 間違いだらけでも、ぶっきらぼうでも、そこにはその子なりの「今」が生きていた。

 

 

 

 律子が教壇を離れるまで、彼女の赤ペンはいつも温かかった。

 

「うまく言えなくてもいい。でも、書いてくれてありがとう」

「この一行、すごく好きやよ」

「ここから、あなたが見える気がする」

 

 

 

 そして、それは何十年経っても、教え子の心に残っていた。

 

 

 

 ——そう、田中悠人。

 いま東京で編集者をしている彼も、あの頃、律子の赤ペンを受け取ったひとりだったのだ。