第7地区の伝道の証しです
基元節直前50日路程が1月12日より出発し、主人と共に毎晩精誠条件を捧げられ
ることに本当に感謝しております。
真の父母様がご来日され、1965年1月28日、東京教会で語られた「神の目的と
我々の目的」を毎日訓読していく中で、祝福伝道においても、日々の生活において
も、不足な私であることにあまりにも申し訳ない思いと本気でみ言の実践に向き合い
たい思いがわきあがってきました。
それは主人も同様だったのでしょう。日に日に目に見えて些細なことであったとして
も、家族のために実践することが目立ってきました。
どちらかというと、主人は、人に気配りすることは不器用なタイプなのに、ために生
きることに努力している気持ちがひしひしと伝わってきました。
しかし冷静に見つめてみた時に、主人は、前々から努力していたのに、そのことに気
づけない、認めてあげられない冷たい私であったこともわかりました。
また、この路程を通して、天の父母様と真の父母様からの恩恵を感じました。
為に生きる心も、許す心も、気づく心も全て天の父母様、真の父母様の真の愛から流
れてくるもの。
この地上界でその深い愛の心情に触れることができることは、どれほど幸せでしょう
か。どれほど喜びでしょうか。
私は山にひっそり咲いている草花が大好きです。そんな草花を見つめていると、愛お
しくてずっとそばにいたくなります。
伝道を通して、人とそんな関わりをもてたら、全てがどれほどに解放されることで
しょうか。
伝道は決してやさしい道ではありません。
しかし、その伝道を、私たちの家庭で、まず主人が3 名の知人を独身祝福しまし
た。
これを起点として、多くの方を祝福に導こうと夫婦で話し合って日々歩んでいます。
天の父母様、真の父母様から見つめた人の生命の尊さを尋ねながら、大きな喜びをお
返しして、感動の涙をいっぱい流せる人になりたいです。
ることに本当に感謝しております。
真の父母様がご来日され、1965年1月28日、東京教会で語られた「神の目的と
我々の目的」を毎日訓読していく中で、祝福伝道においても、日々の生活において
も、不足な私であることにあまりにも申し訳ない思いと本気でみ言の実践に向き合い
たい思いがわきあがってきました。
それは主人も同様だったのでしょう。日に日に目に見えて些細なことであったとして
も、家族のために実践することが目立ってきました。
どちらかというと、主人は、人に気配りすることは不器用なタイプなのに、ために生
きることに努力している気持ちがひしひしと伝わってきました。
しかし冷静に見つめてみた時に、主人は、前々から努力していたのに、そのことに気
づけない、認めてあげられない冷たい私であったこともわかりました。
また、この路程を通して、天の父母様と真の父母様からの恩恵を感じました。
為に生きる心も、許す心も、気づく心も全て天の父母様、真の父母様の真の愛から流
れてくるもの。
この地上界でその深い愛の心情に触れることができることは、どれほど幸せでしょう
か。どれほど喜びでしょうか。
私は山にひっそり咲いている草花が大好きです。そんな草花を見つめていると、愛お
しくてずっとそばにいたくなります。
伝道を通して、人とそんな関わりをもてたら、全てがどれほどに解放されることで
しょうか。
伝道は決してやさしい道ではありません。
しかし、その伝道を、私たちの家庭で、まず主人が3 名の知人を独身祝福しまし
た。
これを起点として、多くの方を祝福に導こうと夫婦で話し合って日々歩んでいます。
天の父母様、真の父母様から見つめた人の生命の尊さを尋ねながら、大きな喜びをお
返しして、感動の涙をいっぱい流せる人になりたいです。
