GRACE公式 ブログ こころとからだ

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2012年の11月9日から13日に発熱が起きた後メッセージが降りるようになりました。日本ではまだなじみの少ないカバラ、心理学、インナーチャイルド、潜在意識について自由に話しています。何かお役に立てればとてもうれしいです。

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瞑想三昧

 

瞑想するのは私の日常なんだけど最近は

マインドを空にするとか

そう言うことに興味がなくなってきてる。

 

どちらかといえば

マインドを空にしたり

マインドフルになったりするよりは

 

目を閉じたらすぐにアルファステートに行けたり

シータ波がでたりすることの方が大事だよなって

思うようになった。

けれど多くの瞑想って、なんか「瞑想が上手になるためのメソッド」みたいな

感じなんだけど

瞑想を通して何をしたいかっていうと

自分の生活を良くしたかったり

向上させたりしたいのだから

 

やっぱり瞑想をもっと科学する必要があると思って

色々調べたら、シウバメソッドっていうのに巡り合った。

 

で、28日間のプログラムをやってみることにした。

毎朝、アルファステートからシータステートに

自分の意識を持っていくための瞑想なんだけど

 

今日は3という文字を3回

2という文字を3回、1という文字を3回浮かべながら、

心の奥深くに入っていって

そしてこちらに帰ってくるというのをやった。

 

途中に10を数えて深く入るところで第三の目あたりが

ツーンと痛くなったけど、

それ以外は不安はなかった。

 

心と体は繋がってる。

そしてその心の潜在意識の領域には自分が取り組みたいものが残っている

 

私にもまだまだあるなって今日は思った

人生がどこに私を連れて行こうとしているかわからないけど

私は自分の歩いている道が

とても正しいと感じてる。

 

独り言を書いてみました。

今日もありがとうございます。

 

グレイス

みなさまごきげんよう、
グレイスです。

どうしてますか??もう夏もお盆を過ぎれば、残暑となり・・・
と、暦の上ではそんな感じなんだそうですが、いかがお過ごしですか?

あっ。私ですか?私は~~・・・めっちゃ涼しーーいポートランドで
春だか夏だかわかんない毎日を、猫五匹、鳥二羽、うさぎ一兎、チンチラ一匹と、
娘と二人、ぽけえ~~っと、仲良くやっております。

夫は今日本に出張中なので、お気楽生活満開です。
明日帰ってくるんですけどね。


さてさて、

今日のお題は、ずばり、「バカな夫を持った奥さん」です。(笑)

そう、これは私のことです。そうそう、はい、私。


子供を産んでからこっち、シングルマザー時代から継続する


ストレス

あーんど

過食

今の夫と結婚してからってもの、さらに体重は増える増える。

10年の結婚生活で増えた体重、なんと14キロ!
超優良企業ですかってくらい、右肩上がりの成長度合い!


ずばり、ストレスですよね。

毎日だからゆでガエル的に気がつかないけど。

体が言ってる事。体が送って来るサイン。

ぶっちゃけて言うとですね。うちのオットって、
いわゆるアダルトチャイルドを愛しちゃったもんだからさ。
いやもう、たーーいへん。
子供(ただのチャイルド)だったらまだましよね。素直だから。でもね、アダルトチャイルドって、
みんなそうなんだけど、「人から言われたらやる気なくす」っていうのね。(笑)

「しめしあわせた合い言葉かよ!」って言うくらい全員が言う。(笑)

だからアドバイスもなんもあったもんじゃないですし、
話し合いにもなりにくい・・・

原因はおおむね、子供のときにかなり威圧的に親から命令されたり、
厳しい指導された人、概念や思考を押し付けられ続けた体験を持ってる人が
おおいのですが、

でもはっきり言うけど、それ後から登場した私に全く責任の無い事なんですね。
(笑)


佐々木は
「僕と結婚したんだから、パッケージごと僕を選んだんだから、
それがあなたの責任だ ( ̄∩ ̄# 」
っていうんだけど、
んな無茶な。(笑)じゃあ、あんたの果たすべき責任は?って話になります。

もう、本当に、例えばですね。

「これやって?」もだめ、
「こうしてみたら?」もだめ、
「これやってくれる?」もだめ、
「これやっといて」もだめ。
じゃあどうするんじゃーー。
家事は目の前で山積みになってるってのにーー。

で、最終的に私が編み出した技(?)は、こう。

「いついつまでにこうしないと、こうなっちゃうから、(状況説明)
時間のあるときにこれ、やっておいてくれたら嬉しいんだけど、依頼)
できそう?(確認)

あーーーもう、疲れるーーー。(^_^;)

なんでこんなにめんどくさいんだよ、おめーーわ。(笑)

という風に一事が万事の大人子供な夫な訳です。

それでね、うまく行かないときは、ずーーっと奥さんのせいにしてた。
全部私がわるいんだって。ずっと思ってたらしく、ずっとそう、言ってた。

で、うまく行ったら「俺様」のおかげ、もちろん。(笑))←子供そのもの。

夫はずっと私に母親を重ねてたんです。

母親がしてくれなかった事、お前もしてくれないのかって怒ってるの。
彼の中の満たされない子供が暴れてるんだね。

ていうかさーー。その前に、私、あなたのお母さんじゃなくて、
奥さんなんですけど。
あなたの新しい家族なんですけど。
伴侶なんですけど。
一生を捧げて、一緒に生きていくって腹くくってる女なんですけど。

それをあなたの生い立ちと重ねて、
「おまえも足りない女か!!」って言うのはないよね。本当に無いと思う。

足りない女ってなによ。それはあんたのお母さんでしょ、と言いたい。
(お義母さんすみません。でもあえて書かせてもらいます)

私じゃないよ。
私はあなたと今、こうしてる。一緒に懸命に生きている。
お母さんは今、ここにいない。
おそらく確実に、あなたより先に死んで行く人。
どうしてそんな人にずっと縛られてるの?

ていうか縛られてたいの??
私を見てないよね、全然?

私の中にお母さんがやってあげてなかった事見つけて、
やっぱりな、って確認したいの???
やっぱりお前もか。って。

てえ話で。

ま、本人はそれでも全く自覚すらなくて、自分が正しい、だからお前が間違っている、と
思い込んでた。(それって私じゃなくて、お母さんに言ってくれって話)
そう、ほんのつい最近まで。

私たち夫婦の乗り越えて来た事を話し始めると、本が一冊書けるくらいなんだけど、
今度ゆっくり、書いてみたいと思う気持ちもありつつ、
一番大切な事って、何かなって思ったら、

結局はそれでも一緒にいるかどうか、なんだけど、
その一緒にいると決めた以上はどうしても
今より人生の質を向上して行きたい、という気持ちが私には強くあって。

だらだらとマンネリと、
お互いがお互いを抑圧しながら、牽制しながら
損得と打算と、あきらめで、仕方なく一緒にいる、なんて
まっぴらごめん。なの。

それって人生の墓場じゃないか。
終点駅じゃないか。
そこからはどこにも行かないじゃないか。


本当に立ち向かって、本気で乗り越えて来た物があるからこそ、
だからこそ、もっと良くなる選択が生まれて来る。

どうしてそうなっちゃったか、どうしてこういう行動になるのか、
その過ちや間違いを乗り越えて、

常に今、ここで思う事は、「さあ、で、わかった上で、これからどうする?」
なの。私は。

で、オットの事をじっと考えて、私の出す答えはいつも同じで、
「一緒にいる。」なんです。

私自身は、神様って本当にいると思ってるから、
死んだら会えるはずだしなと思いながら、

神様に誓った事なんだから。
自分との約束なんだから。
私はそれを絶対に守る。
自分の家族を諦めない。
絶対に。

この人がこーーんなあかんたれだったのはちょっと残念だけど、
かなーーりダメダメ人間だったのはマジで本当に残念なんだけど、

それでも本人はさぼってるつもりも無くて、頑張ってるらしい・・・。

ただ、頑張ってる方向が間違ってるってことは
どうしても気がつきたくないらしい。

奥さんに当たっても、何の解決にもならないってこともわかってるけど
その思考パターンをどうしても止められないらしい。

問題は、このパターンをどうやったら打ち破れるか。

もう自分では無理らしい。
どうしても出来ないらしい。


(ここから独り言)

じゃあ、周りにいる人が、助けてあげるしか無いんだけど、
こいつの周りに誰がいるっての?



私と、カヤしか、いないじゃん。



孤独な奴だな。(笑)

せっかく念願かなって独立して、
年収が何千万になったってのに・・・。
新車のベンツに乗って、
広ーーい一軒家に住んでも、
心割って話せる親友もいないのかよーー。まじかーー。

ていうか、本音出せるの私とカヤだけじゃん。

怖じ気づかず、逃げもせず、
真っ正面から、どこにも行かずに受け止めてあげてるのも、
私とカヤだけじゃん。

それってさ、実は
私たちは家族として立派に機能してるってことなんだけど・・・

本人は、全くわかってないっていうか、
「こんなんじゃやだーー」って言ってる。(笑)


あのですね、

いいですか。


それっていうのは、

冬もやだ、雪もやだ。厳しい嵐も雷もやだ。濡れるのやだ。
冷たいし、怖いし、やだよう。
いっつも春で、ちょうちょがひらひら飛んでる自然がいい~~~

そこだけ認めてやる~~~
あとは却下~~って

言ってるのと同じだからね???

片面だけ見て、どうすんだよ。
それって、絵を描きなさい、って言われたらチョウチョとはなとリボン付けた自分が
犬と遊んでる絵を描く、五歳児並みの知能だよ?

もっと自然から学べよ、せっかくオレゴンにいるってのに。

ディベート抜きで平和があるかっての。
話し合い抜きに、平和があるかっての。

時にぶつかり合って、理解が生まれる、というプロセスを逃げながら、
なんで平和がやってくるんだよ。
戦争しかないじゃないか。どちらかが参った、と言うまで。
傷つけ合うしかないじゃないか。

相手を丸ごと受け止めろ??
それはね、きちんと自分を表現した上で、
自分の心を相手に伝えた人間が、言えることでやれることだよ。

自分は何もいわない、何もださない。
傷つくのが怖いから、逃げて、嘘をついて、閉じて、狡い事をして、
で、それを丸ごと受け止めろ、だなんて、
出しても無い物は受け止められないよ。



そんなことすらにも、気がついてないのかな?

計画通りに行けば、いづれ必ず年収は億以上になっていくんだろうけど、
その時にはさらにそう言う人が訪れる事は難しいだろうなあ。
周りは金目当ての人間だらけになっちまうからね。
男も、女もさ。

そんで全部失うんだろうね。

そういえば、最近は体格も失脚前のホリエモンにそっくりになって来た。

あの人もあんなに人気者だったのに、
孤独だったね。

ち。しゃーねーな。

もう~~~~。
っとに~~~~~~~。


私たちしかいないのねえ・・・あなたにはさ。


ふう。





いまここ。




悩んで良い。ケンカもいい。
ただ、仲直りがしたいのよ、私はね。

最後までよんでくださってありがとう。
また書きます。
夫婦の事。

ではごきげんよう!


















みなさま
ご機嫌良う!!!

今日もポートランドは、いい天気です。
昨日久しぶりの雨が降ってくれて、
お庭の芝生が今日はとっても嬉しそうです。




今日はグルテンについて書いてみたいと思います。

グルテンはご存知の通り、小麦の粘着物質で、
ケーキを膨らましたり、パンを膨らましたり、ピザやパスタ、
ラーメン、うどん、ありとあらゆる粉もの、パン粉や麺類、揚げ物の衣など
に含まれていますし、また醤油やダシ、ポン酢や味噌、そんな物にも含まれている、どうにもこうにも、現代人の食生活に密着した
食物でもあります。

夫が、ある日、「我が家はグルテンフリーを目指すぞ」、と言い出すまで、
私自身普通に食べていましたし、それがどんな害を及ぼすかなど、
考えたことも無かったです。

ただ、私には慢性的にちょうど十二指腸のあたりがしくしく痛む、という
持病がありまして、グルテンが腸壁をいためる可能性があることを知り、

そしてまた、ノバク・ジョコビッチさんの書いた「Serve to Win」を読んで、
アスリートの娘の為に頑張ってみようかな?という気持ちが生まれたので、

「いいね!」と思ったことは即採用のグレイス的に、
グルテンフリー食を試験的に始めることになりました。

だけれどもなかなかこれが手強かった。
外食の食品には何かしら含まれていますから、
GFと明記されたものを注文するのが一番良いと思います。

外で食べる醤油は完全にアウトですね。しかも溜まり醤油以外は、原材料Wheat と必ず書かれています。餃子の皮もだめ、ラーメンの麺も、そうめんも、おそばだって、十割以外は入っています。

ピザも、パスタも、大好きなニョッキも・・・

チーズをのせるクラッカーも。パンは軒並みアウトですし、スイーツも・・・

ところが、アメリカって言う国は、なんというか、懐が深いというか、
探せば必ず見つかるんですよね。
今まで意識していなかった私に全く眼中になかったグルテンフリーの食物が、
あるは、あるは。

今まで自分がどれだけ無関心だったか知らされることになりました。





で、この前です。

ずいぶんとグルテンを抜いて来たし・・・

いっちょここらで・・・

グルテンテスト・・?! とかいってさ。軽い気持ちで
夫と一緒に出かけたフランス料理のお店で、
ワインと一緒に頂いた、オクラ。
それから生ガキを料理したロックフェラーのソース。

反応はと言えば、そんなに微量でも、
二日酔いが思ったよりもひどかった
頭が重い
体が重い
もやっとして、思考がすっきりしない
などなど・・・

さらに、
今日になって、二人とも、反応が出て来ています。

彼は背中に、直径1センチはあるかなと思われる
謎の吹き出物。

私は、ここ2年程来なかった、偏頭痛の発作が今日いきなり勃発。
脳神経が完全にやられてます。

多くの人と同様、私の場合もまず視界の半分が見えなくなります。
そして黒と白の縞模様の、虹色の物体が目の前に現れます。
チカチカと点滅を始めると同時に、頭痛がやってきます。
この頭痛は、金槌で頭を力一杯ガーーン、ガーーン、とどつきまくられる
そんな痛みです。
「お願いだ、今すぐこの斧で、私のクビをぶった切ってくれ!」と
懇願してしまう程の痛みです。これが起こったら、ブラインドを落として、毛布にくるまって泣くしか術がありません。
『痛いよ~~』「痛いよ~~』って大の大人でも泣くんです。

今偏頭痛でちょっと頭痛いんだよね~~なんて人を良く見かけますが、
それは偏頭痛ではないです。
英語ではMigraine (偏頭痛) とHeadache (頭痛)ときちんと別れてるのに、日本語は紛らわしいですよね。
「頭の片っ方だけ偏って痛いから、「偏頭痛」っていうのだと
思ってた~~~」って人も居ました。

私は完全にグルテンを疑っています。。。これ以外、原因の心当たりが無いのです。でも残念ながら、それを関連づける医学的データがありません。本当に残念なのですが。

偏頭痛を長年持っている私が編み出した(笑)対処法は、
とにかく視界の半分が見えなくなった時点で、全ての行動をストップして、一刻も早くタイラノールを探す!
です。
チカチカが出て来るまでに飲むことが出来たら、その後の痛みが
かなりましです。

でもチカチカがきてもまだ間に合います。
とにかく一刻も早くタイラノールを口にしなくてはなりません。

ところが今日は、タイラノールが見つからなかった・・
絶望です。
完全にアウトです。

パパに頼もうとしたら、パパはスカイプに入っています。
目が見えないので、車の運転が出来ませんから、薬局に買いに行くことも出来ません。

腹を据えて、意を決した私は今まで一度もやったことが無い方法を試すことにしました。
ホリスティックなアプローチを勇気を出して試そうと。(失敗したらと思うと、今までは恐ろしくて出来ませんでした)

でも今日は、他にチョイスがありません。

まず、ラベンダーのエッセンシャルオイルを手でこすって、
そのにおいをひたすら5分くらい嗅ぎ続けました。
スーハースーハー、ラベンダーのオイルをディフューザーに垂らして
部屋をラベンダーの香りで充満させました。
ブラインドで光を遮断して、さらにアイマスクをして、
呼吸に集中します。

はなから10カウント吸って・・・
10カウント息を止めて・・・
10カウント、ゆっくりと吐ききります。

もう一度・・・もう一度・・・もう一度・・・・

30分程続けた時、眠りに落ちたようです。

頭の奥で鈍い痛みを感じて目が覚めました。

この時点で、開始から50分経っています。

「痛みはあるけれど、耐えれる」

そう思いました。

いつもよりも、全然楽でした。

オイルの力はすごい。
そう、実感しました。

そうこうしていたら、夫がスカイプを終えて、部屋にきてくれました。

「偏頭痛が・・・だけど、頭痛薬が見当たらなくて」

すぐに薬を探しに行ってくれましたが、見つからなかったです。
タイラノールをすぐに買いに行ってくれました。
2錠のところを1錠だけ口にして、30分程すると、
すっかり良くなりました。

こんなに軽い症状ですむなんて、今までに無かったことですが、
本当にびっくりしました。
ありがたかったです。

ラベンダーのオイルは鎮静効果と鎮痛効果で有名ですが、
こんなに即効性があるとは。

とホリスティックな力を実感しつつ。

グルテンに関しても、
今思えば、

私の患った様々な原因不明の疾患・・・
幼い頃からの謎の貧血、偏頭痛、カビの生える病気、
膠原病(ベチェット病)十二指腸の痛み、サイナス・インフェクション、

などなどなどなど・・・


あーーー。心当たりが満載・・・


そして共通点は、すべてなぜか、
「原因不明の奇病、変病」という名前。


本当にグルテン、というタンパク質を人類は消化できないらしいのです。
沢山の病気の原因になっている事が沢山の方面から証明されています。

ぜひとも。

もしもあなたが医者に「原因が分からない病気です」と
言われている物を患っているのなら、
そして打つ手を持っていないのなら、
ぜひとも、グルテンを止めてみてください。

本当にそこから解決策が見いだせるかもしれません。


食べたの、
これ、とこれ。もう食べたくないですね。





ごきげんよう、
グレイスです。


「ごきげんよう」って、良い言葉ですね。
ちょっとお嬢様チックで。(笑)のほーーんとしてて、とても好きです。
今の私にちょっと合ってる感じ。むふ。
(以前は違和感があって使えませんでしたけれども)

ご機嫌良う!だなんて、本当になんて良い言葉・・・
というわけで、

「いいね!」と思った物は即採用のグレイス的に、今日からご機嫌良う!採用です。(笑)

さてさて、

今日のメッセージはちょっと面白かったので、書き留めておきますね。

「女性はダンスを踊りたい
男性はチェスをしたい」

たとえば・・・
ワルツ・・抱きしめられたり、見つめ合ったり、体を添えたり、
優しく揺さぶられたり、体温を感じたり、
リズムに合わせて・・・ステップを踏んだり。
あちらが押して、こちらが引いて。
こちらが一歩入ると、あちらがふとかわしてくれる。
いつの間にかリードされて・・・
ふわふわ気持ちいい。

あるいは、
激しくタンゴ。(ケンカの場面を想像してね。笑)
詰め寄る、かわされる、翻弄される、抱きしめられる、愛してる、
追い求められる、拒否する、それでも求められる、
懇願される・・苦しい・・
そして・・・受け入れる!!!
狂った様に、求め合う・・・!
溶け合う・・・一緒になる。

女性にとっては、どちらかが勝つなんて関係ないんですよ・・・
勝ち負けは関係ないの。
ただ、それはダンス。
楽しみたい・・・女性にとって、全ての感情は、
物語の一幕でしかない。あなたが、あなただけが、欲しい。

あなたと踊りたい。
私の選んだ、大切な大切なパートナーだから。
他の人は要らない。
ずっと。あなたと踊っていたい。

一方・・・男性はというと

チェス・・・をしたい。

頭脳のあらゆる局面から、相手を追いつめて行く。
こういえば、ああいう。
ああいえば、こういう。

ああいえば・・・上祐?!という人も居ましたけど。(笑)
まさにそれ。

男のゲームには勝ち負けがあるのです。だから、
勝つ為にはルールすら変えてもいい。
どうしても勝たなくてはならない。

何をどうしても、なぜだかわからないけど、
勝たないと死んでしまう! 自分が無くなってしまう!という焦燥ぶり。

途中で謝られても、認めない!!
それは勝利じゃない!!
勝利とは、相手が屍になって、二度と起き上がれなくなることだ!
お前はまだしゃべってる!だから俺は勝ってない!!!
(こうなって来るともう無茶苦茶ですな。笑)

だけどいったん、分があまりにも悪く、勝てないと分ったら、

試合放棄(爆)

ささーーーっと逃げる。

「いや違う、逃げたのじゃないぞ俺は。」

一次休戦だ。(よくうちのが言いますが)

時間をくれ。(これもよくうちのが言いますが)

スペースをくれ(これも常套句)




この二人に寄り合うスペースはあるのかな・・・と
私は今朝、思いました。

だって、違うゲームをしてるんだもの。


で、次に思ったのは、です。

もしも・・・この二人が・・

相手が満足するのは何が起こった時だ???と考えたらどうなるんだろう、と
思ったわけです。

夫婦って言うのは、(恋人もそうですが)
突き詰めて言えば、一緒に居たいからケンカしてるわけです。
分かって欲しいから、
知って欲しいから。

それをお互いに理解した上で、

自分がこうして欲しい、という要求から、
相手がこうして欲しい、という要求を認める、というところに行ったら。

その上で、自分の要求も飲んでもらえる、としたら?

じゃあ・・・私は、チェスを彼としながら、
彼にどうしても満足のいく形で勝たせてあげることが出来るだろうか?

これはゲームなんだ、と自覚しながら・・?

男性にとっては、どうして自分の言い分を認めてもらうことがそんなに大切なんだろう?
どうして、相手が「言うことを聞いてくれないと」いやなんだろう?

チェスなのに・・・(笑)

あ・・もしかして、女性の男性化が原因になってるのかな?
つまり、男性を打ち負かす程、女性側も理屈の脳が発達し、言語化、この場合は
屁理屈をこねるのがうまくなって来たということ?

意地悪さで勝負するなら、男性は絶対に女性には勝てないよね。
うん、無理無理。(笑)

あーーーーだからかーーーー。

つまり、女性が本来の女性に戻れば良いってことなのかな?

耐え忍ぶ・・・とか、
我慢する・・とかじゃなくて、

ダンスを踊りましょうよ!!って
チェス盤の前に座り込んで、バカみたいに脳みそ沸騰させてる
男性を、優しく包んでフロアに誘い出してあげたら良いのかな?

そして耳元でそっと

「あなたの勝ちよ」ってつぶやいてあげることが出来たらどうだろう?


そんなことが私に出来るかな?
出来たら良いな。

だって、私はダンスを踊りたいのだから。

大好きな彼と。


ねえ、男性諸君。一つ知っていて欲しいことがあるんです。
女性はね、勝つも負けるもないんです。
ただ、信じたあなたにゆだねたい。降伏したい。
最後の最後は信じさせて欲しいの。

だから私たちに降伏させて。

もう、あなたには勝てない~~~って
言わせるようにしむけてよ。

降伏させるまで、つき合ってよ。

そしてダンスを踊りましょうよ。


これが多分、うちの夫婦のうまくやって行ける方法かな。って思う。
しかし佐々木は体が(心が。笑)固いですからね~~~~。

皆さんのご家庭はいかがですか?


ではまた、ごきげんよう!!!












いやもう、私ってどうしてこう、真っ向対決が好きなんだろう。

本当に、自分で思います。

そんなに自分の意見を正しいと相手に押し付けたいのか?!

んーーーー。ちょっと違うんだよね・・・
ていうか、全然違う。

私が一番嫌いなこと。見たくないことというか。それは、


「目クラが目クラの手を引いて崖っぷちを歩いてるのを
わざわざ見過ごす」

ことなんです。

これ、危ないですよね~~。
本当に危ない。

人は言うんです。

『大きなお世話じゃないの?
両方目クラで、正しい道を歩いてるって思ってるんだから、
いいじゃないほっとけば。」

いやそれも違うんです。

よーーく見て。
一人は、手を引いてる方。こいつが落ちても構わないんですが、
こいつは落ちないんです。周りの人間を落とすんです。
自分の歪んだ持論をもって、人を騙す人間です。
指導者だとか先導者だとかとも思ってるし、勘違いしてる。

だけど、一方の
手を引かれてる方は、文字通り「盲目的に」「したがって」るんです。
しかも多くの場合、救いを求めて、騙されて、そこに辿り着いてしまったんですね。

私がそんな場面に出くわして
思うことは


「うわ・・・最悪。」

これが私の正直な気持ちです。


そもそもが、

目クラってね、目が見えないから何かを判断する
たよりは耳しか無いんです。

だから一方の人を騙す目クラも心得た物で、

耳障りの良いことを言い、
耳障りの良い声や話し方をして、
一見素晴らしい様に見えることで人を誘惑してきます。
快楽とか・・・金とか・・権威とか・・・特別感とか・・ちらつかせて、ね。
こういうのに目クラはものすごく弱い。
「あーー。いい人なんだなーーついていけばいいんだなー」ってコロって騙される。

宗教だってそうですし、
政治家の常套手段でもあります。
人を騙す詐欺師もそうです。

戦争に突入して行くときのシナリオもそう。
ヒットラーが使ったテクニックもそう。(国民からまず目を奪ったのね)
原発問題では、日本でも同じことが起こっています。

目を奪うって言うのは、何も盲目にすることじゃないんですが、
「事実と違う物を見せる」ことで、目を奪うことはとても簡単なんです。
つまり国民の窓であるマスコミを牛耳ればいいんです。
10のうち、8の真実を伝え、2の嘘を混ぜて行く。それだけで
だんだんと嘘も本当に感じてくるんです。

テレビや新聞が、広告主を持っている媒体だと言う時点で、
自身の主張など持っていない、と知るべきだと思います。

でも人は盲目的にしたがって行く。

遠くはなれた福島の人たちを例にとると、原発に盲従して、騙されて、
ちらつかされた札束を受け取って、良い暮らしだ、クリーンエネルギーだって洗脳され、
最後の最後に
本当に崖から突き落とされるまで、どん底に突き落とされるまで、
気がつかなかったです。

そしてそれを見ている東京に・・・あんなに近くに住んでいて、
まだ東京に、「原発は要らない」と発言しない人が沢山居る。
それどころか、「再稼働」だとか、まだ「必要だ」と言っている人たちが居ます。
この無知蒙昧さ、この浅はかさ。真に驚くべきことだと私は思います。

つまり・・・残念なことに・・・

手を引いていた目クラ人間は、福島と一緒に落ちなかった、ということなんです。
福島だけが落ちて行った。だけれど、手を引いていた方の目クラは無傷なんです。

魂すら売ってしまった目クラなんですね。
感じれないし、感じません。痛みも、悲しみもこういう人には届きません。
真実を見る目もありません。
口ばかりが達者に出来ています。

だからこういう人たちの言葉を聞いたら本当にダメだと思います。

事実が何も見えていない。
頭でっかちで、自分の意見ばかりを押し付けるのはこういう人たちだと
とても強く感じます。
完全に目クラなのに、まだ人の手を引こうとする。

大きな範囲でこういうことが起こっているときというのは、
その国では、
小さな範囲でも、起こっている、という風に判断できると思います。

学校とか、職場とか、

一番小さな単位で言えば、

家族とか。夫婦とか。

落ちるんなら自分一人で落ちてくれ。
そうとも思いますが、家族だとどうしようもありません。
こちらまで巻き込まれて行くからですね。

目クラが目を覚ます方法は

私はとても少ないと思います。

まず一つ目は、

福島の人たちの様に、
落ちるところまで落ちること。

そこで完全に初めて目を覚ますことが出来る人が出てきます。

二つ目は、諦めずに、ずっと声をかけ続けてくれる誰かが居ること。

福島にはそう言う人が居なかったですね。みんな踊らされてた。
小出教授、という人がいたけれど、誰も彼の声には耳を傾けませんでした。

とても残念ですけれども。


たとえ目が覚めたとしても、

気づきが浅い為に、すぐに快楽の方に戻って行く人が少なからず居ます。
のど元過ぎれば、というやつでしょうか。
気づいても気づきの根っこが張らない為に、また同じ失敗を繰り返すひともいます。
浅はかなんですね。
ころころと意見を変えて、盲目状態に戻ろうとする。
やっぱり大勢について行くのは楽なのでしょうか・・・。


目が見える人はじっと見ていればいいと思うこともありますが、
おせっかいな私はいつも声をかけてしまうようです。

今、どう感じてる?
このことに対して、どう感じている?
大丈夫?
盲目的になっていない?
自分の心の真ん中で判断してる?

最近はブログなんかでも、
とんでもない人を沢山見かけます。
すごい持論を持っているんですが、全く的を得ていない。
そして沢山の人がそうだ、そうだ、って追随してる時、
私はなにかとてつもない、薄ら寒い物を感じます。

もうダメかもしれない。

もう間に合わないかもしれない。

行きたいところに行かせてあげたら良いじゃない。
なんで私がいちいち憎まれながら何かを言わなくてはならないのか。

そんな気持ちも出てきます。
でも諦められない。
諦めない。

なぜなら、福島の人たちの悲痛な叫びが聞こえるからです。
どん底に突き落とされて、
「同じ失敗を繰り返さないで」と聞こえるんです。

実際のところ、以前
私は、原発にはっきりと反対していませんでした。
声を出して、「違う!」と言っていませんでした。

だから今は「違う!」と言います。

やはり、全ては、自分の選択ということなんです。

私は原発の無い社会を選びます。
原発だけじゃない。

全てにおいて、私は選択をします。自分の意思で。
目を大きく見開いて。


「イエス」はポジティブで、「ノー」はネガティブだと感じ違いしている人が多い気がします。
いいえ、私はそれをしません。それを選びません。というのは、自分の心の指針にイエスを言うことだから、とてもポジティブだと私は思います。
私の場合だと、
私は肉を食べません。
私は動物をハントして殺しません。
私は毛皮をきません。
私はロスではもう生きれません。
私は私に痛みを与える人にノーを言います。
魂が苦痛を感じる、いやなことを自分や人にしません。


ノーが、自分の心の方向に合致してる時、
沢山のことにノーを言うのはアリだと私は思います。

自分の心にイエスを言うことだと私は思います。

エゴじゃないですよ。
心の真ん中に書かれたことにイエス、というのです。


長くなりました。
最後まで読んでくれてありがとう。


では今日もがんばります。






私には守る物があります。
それが私に勇気をくれるんです。



今日カイロプラクティックに行ってきました。

腰の痛みと、クビの痛みが長いことあるので・・
長い間ほったらかした、自分の体のメンテナンスの為でした。

以前にも書きましたが、私は体の痛みに関しては
以外に我慢強く、しばしば、お医者様からも

「本当に? 本当に痛くないの?
おかしいなあ、痛いはずなんだけど?」とクビをかしげられることが
よく有ります。

知っている人は知ってる話ですが、

以前に腸チフスにかかって入院していたときも、
毎日40度以上の高熱にうなされても解熱剤も飲まず、
腸から出血しても、吐血しても、弱音を吐かない私を見て、
先生たちは首を傾げていたものです。

痛くないわけじゃないし、苦しくない分けも無いんですが、ただ
我慢してただけなんですが。(笑)

私は見えない世界のお勉強をしているので、体のことは、心と繋がっていることもわかりますし、ある一定の薬物がどんな作用を体にもたらすかも知っています。
ですから、こういう病気のときでさえ、飲む薬と飲まない薬をしっかりと選択し、
区別します。薦められるままに薬を飲むことはまずありません。

病気になるのにはいろいろと意味と理由があります。
これは沢山の人が気がついていることですね。

その時の私にはどうしても手放さなくてはならない過去性がありました。
インドまで行ってようやく掘り起こしたものです。
そしてそのタイミングで体は腸チフス、という現実を呼び出し、
私の体を極限まで柔らかく弱体化してくれました。
体が仮死状態になる程の衰弱を迎えた時、
それはベストのタイミングで起こりました。

いきなり、過去にフラッシュバックして
自分が殺された過去。肝臓を生きたまま貫かれ、男達に慰み者にされた
その過去が蘇りました。
それはまるで、肝臓の当たりに、焼けた剣を突き刺されたような
痛みでした。

うわあああああ!!!!
ベッドの上で泣きわめいて痛みを訴える私を見て、
普段泣き言一つ言わない私にドクターはうろたえ、驚き、
後で聞くところによれば、肝臓が破裂したのではないかと思ったらしく(笑)
(腸チフスでそんなことになるなんて知りませんでしたけど)

モルヒネ!!モルヒネを!!!早く!!!と看護婦に向かって
ドクターが叫ぶのを遠くで聞きながら、

「あ~~~ちがうんです~~これは過去性の~~
記憶の一部で~~・・・」とうわごとの様に説明を試みるも
全面的に却下。(あたりまえか)

医者にとっては、痛みの為に頭がおかしくなったのでは。という解釈ですな。

スパーーンとモルヒネを打たれ・・・

シュワワワワワ・・・とまるでソーダの泡になったように、
痛みは空中へ溶け出して行きました。

すごいですよね、モルヒネって。(笑)

話がそれてしまいました。

で、カイロに行ったわけですが。

案の定。
かなりひどかった。

全治3か月・・・

クビが一番ひどくて。
頸椎が・・・全く頭蓋をサポートしておりませんです。
なので、ちょっとでも衝撃があると、モロ、頭に響く状態。
またこれ、胸にもドーーンと響くのであります。

痛かったんだけど、我慢できる範囲だと思っていたんだけど・・・
思ったよりもひどかった・・・

やっぱり私、我慢強すぎるのかもしれない。
まだまだ行けるの、行ける、が人よりもずっとずっと、広範囲なのかもしれない。
人が痛い!!って言って、諦めたり、助けを求めるまでの範囲が広すぎるのかもしれない。

そういえば、心の痛みも同じような気がする。
まだまだ我慢できる。まだまだ頑張れる。

でももう、我慢するのは止めた方がいいのかもしれない。
痛い物はいたい。本当に痛いから・・・つらいから・・・壊れてしまうから・・・
そう言って、伝えて、いいのかもしれない。

自分の心を殺してまで、我慢することなんてないのかもしれないけど。
でも我慢したかった。生まれた家族のことも、今、一緒にいる夫のことも。
でも一体・・・
何の為に・・・?

私はきっと、今思えば、きっと・・・
痛い、という言葉を言うのが怖かったのだと思う。
そんなものは痛くない、と否定されてきたからなんだと思うんだけど。
だからそんな物は痛くない、痛くない、って頑張って来てしまった。

弱音は吐かない。と心の中で決めているのかもしれない。
だから壊れてしまうまで、倒れてしまうまで、やってしまう。
倒れたときには、うずくまって動けなくなる程、痛みがひどいときだけだ。
本当に寝込んでしまう。

娘のダンスの先生が教えてくれたことがある。
痛みには二通りあるそうだ。
「我慢すべき、よい痛みは、その人を強くする。
それを乗り越えた時、その人は強くなっている」そういう痛みと、
「今すぐ全てを止めて、休養しなくてはならない痛みがある。破損する、
それは悪い痛みで、その人に後遺症を残す。そのときには動いてはいけない。」
痛みなのだそうだ。

トラウマになる痛みは後者の方で、前者の痛みは、その人のプライドや、誇りに繋がる。

筋肉痛や、適度な疲労は、良い痛みだ。
だけど、神経痛や、骨がねじれたり折れたりする痛みは、悪い痛みだ。

もういい加減、我慢するのぜーーんぶ、止めよう。

そしてきちんと体を治そう。

そう、心に誓った私なのでした。

これから3ヶ月間、カイロに通います。

その間も、ずっと体操は続けます。
先生からのおすすめですので・・・

3ヶ月で生まれ変わった私に会えるのを、
自分自身楽しみにしています!!


カヤちゃんとゴルフ
今日のお題は、セックスについてですので、
ちょっといろいろ、雑多な人が居過ぎのFacebookにはかけませんので、
こちらだけで書かせて頂きます。

ずばり、今日のお題は、男性諸君の大好きなAVについてです。

ここに書くことはどちらかというと
「王様の耳はロバの耳~~」と
穴蔵に向かって話しているような内容なので、

あまり好きじゃない人は、かるーくスルーしてください。
よろしくお願いします。

読んでから、
「えええーーこういう話は止めてくださいよ~」とか言いっこなしね。

だから読むんだったら、ここからは自己責任で。

さてさてエロビデオですが・・・

女性も好んで見る人は見るか。女性の裸、しかも他の女性がセックスしてるの
何が面白いんだろうと思うんですが、(今は)
そういえば、若い頃は私も興味本位で見ていました。

なんてったって、セックス自体、あまり分らない物ですし、
あれして、これして、とボーイフレンドは要求してくるのですから、
うああ。まずは知識からか?って言う感じで、「見せられた」というのが正解ですね。
「こういうことをして欲しい」という下心が丸見えですけども(かわいい)

で、エロビデオ一緒に見たりして、こうでもない、ああでもない、と
はじめは面白かったんですけど、
だんだん嫌気がさしてくるっていうか、
まず・・・

うそだよ、こんなの。

っていうのが多すぎる。

精子を顔面にかけられて喜ぶ女なんているのかい??というのが
ふと我に返った、私が思った、真面目に正直なところ。

しかも「愛し合ったり」「いたわりあったり」「大事にしたり」というよりは、
なにかどこかがとてもバイオレンス。

とにかくビデオの作り手が男というのがやっぱりおかしい。
第一女性の体をもてあそび過ぎ。それをやりたいのは男だもんね・・・

とりあえず、愛情とか関係ない世界なのねというか。

いや、女でも、「そういう風にしてもらえることがかわいがられたり、愛されてることだ」と
思ってしまえる人ならいいのかもしれない。でもねーー。これが、365日、何年も続くとなると、
いやちょっとまって。普通にしようよ、やさしく愛撫とかしようよ、という
話にならないでしょうか。

ならないのかな。

私だけか。

んじゃまあいいや、私だけの持論を書きます。

ここからはすごく飛躍した話になるので、男性にはあまりピンと来ないかも。
ごめんね。

私は女性だから言うんですが、エロビデオにしても、風俗にしても、
世の男性は「必要だ」という意見がありますね。
女性の意見を聞いても、おおむね、「必要だから」とか「そのおかげで性犯罪が減ってる」とか、
という意見が多い様に思います。
確かに、
青少年の悶々とした時代には、女性の裸を見たりとか、
女性の性器がどんな風になっているのかとか、仕組みがどうとか、すごく興味があって、
初めての時の為に恥をかかない様に、とか、いろいろあると思うんですが・・・

その~~少年期の男の子って、すごくピュアで、純粋だと思うんです、私。
なのにですね。

その大切なピュアなハートに、頭に、判断の基準に、
なぜにして、エロビデオの強烈すぎる刺激を一番始めに入れてしまうのかなって思うんですよ。
あんな風に女性を扱って女性が喜ぶって思ってしまう。
あんな風に女性を思い通りに操れると本当に思ってしまう。
女性はみんな淫乱で、太いペニスに狂喜乱舞する、と思ってしまう。

や~~~め~~~てえええ~~~~~

本物の女は画面の中には居ないんですよ・・・
男性が喜びそうなことを、男性に(監督)やらされてる
女性が居るだけなのに・・・しかもお金もらって。

もったいない・・・せっかくの奇麗な心に・・・なんでそんな物、インストールするんですか。
AVから男性が学ぶことって、女性を大切にすることじゃないですよね。
もてあそんだり、おもちゃにしたり、強姦したり、輪姦したり、むちゃくちゃだもん。
あんなんで女性はよろこびませんーーーーー!!!

あほかーー。

女性は愛されたいんです。
包まれたいんです。
包んであげたいんです。


この前・・・

「あの明石家さんまも夢中になった、14歳の頃からAV女優に憧れて、
見事デビューを果たした○○さん!」という記事がふと目に留まって、

絶句をしてしまったわけです。

14歳と言えば、私の娘と同い年です。
そんな、もっともっと違うことに夢中になっているような年頃に・・・
そんな世界を夢見るって、一体どういう生い立ちだったらそうなるの?

考えがふるいとか、新しいとか、そういうことじゃないと思うよ。
だって、女性、というものが、そんな一世代、二世代なんて短期間で変わるわけが無いもの。
根本的なものが変わるわけが無いもの。

どういうことなの??
どうしてこうなるの?

おかしいよ・・・
おかしいって。

そしてね、その記事がまた、その女の子をもてはやすというか・・・
よいしょしてるというか・・多分、そう、今、20台のこの子に取っては、
ちやほやされるのって、良いかもしれない。体を見てもらって、とても大切なもの。
女性として本当に大切にしておきたい物を惜しげも無くさらしてくれて。
男性が夢中になるのもわかるよ。

だけど・・・

だけどね。

男に利用されているんだよ。

ちやほやして、あなたを食い散らしているの。
どうして分らない。
どうして・・・
もっと・・・

目を覚ませ、って叱ってあげれる、本当の男が居ないんだろう。
芸能界にはそんな男はいないのか。みんな若い女性が脱ぐ、セックスする、それを見て楽しいのか。

もっと自分を大切にしろって。どうして誰もいってあげれないんだろう。
本当に大人の男が居ないんだね。

私が母親なら、本当にそのことを話すとおもうのに・・・
将来、自分が本当に愛している人に巡り会った時。
自分が子供を産む年頃になった時。
自分の過去を隠したり、後悔したりするような道を選ぶのを、
その時後悔しない様に、話してあげたい。

堅苦しいと思われても構わない。
私は、自分の夫が、浮気をするのも、不倫をするのも、
ビデオを見るのも、娼婦を買うのも、反対です。

え、それは厳しすぎるのでは?と言う人も居るかもしれません。
実際私も以前は容認派だったので。

だけど・・・
この無修正の乱暴なビデオがあふれる中、男の子たちの純粋な心が毒されているように
思えてならない。とにかく一番はじめのインストールが強烈すぎる。
毒になっても、実にはならないと感じます。
もっとリアルで、もっと自然な繋がりが初めだったら良いのに。

そして夫婦間の絆を崩すような、不倫や浮気が、容認されて、
それがまるで、「必要なこと」のような描き方をされているのが本当に苦しい。

ビデオを見て、名前も知らない、本名さえ知らない娘さんの、セックスする姿を見て、
喜ぶ夫を、私は見たくないです。
それを見ることが、その娘さんの幸せに繋がると、どうしても思えないからです。
娼婦を買うことも、同じ様に感じます。
娼婦を軽蔑してるわけでも、女優さんを軽蔑してるわけでもありません。
だけど、どうしても女性として、永続的に幸せになれる方法の様に見えないのです。
短期的に誰かに抱かれたり、誰かの慰み者になって、自分を満たすことがあったとしても。
だから、その方向ではない、と私は感じるのです。

それは全然美しくないです。
全く美しくないです。

なんてことを、書いてみたけれど、
これは私が個人的に思っているだけのことであって、

世間はその真逆にどんどんと、ずぶずぶと、はまり込んで行っているようです。
どこまではなれて行ってしまうんだろう。

心の中に、答えが書かれています。

私は・・・自分の心に従って、
心の真ん中に書かれている真実を
生きてみたいと思います。

もしも叶うのなら、
自分の夫もまた、同じようならいいな、とも思いますが・・・・
自分の子供もまた、同じようなら良いな、と思いますが・・・


こればかりはね。





今日の投稿は、Facebookなしで、ブログだけです。
最後まで読んでくれてありがとう。

答えは全て、あなたの心に書いてあります。










人間の行動原理を、アンソニー・ロビンスという人が
話していたのを思い出す。

人間が行動する時、その奥底にある動機は、

・痛みから逃げるか
・快楽に向かうか

におよそ大別できる、って言っていたんだけど、

それを聞いた時、ふーん、そうなのかなあ? って思って、
それからよくそのことを考える様になったんだけど、
どーーーも、ますますしっくり来ないというか・・・・

いまだに、そうかなあ??って思うのですが。

確かに・・・夫を見ていると、
あ、そっか。今、痛みから逃げようとしてるのね?
って思う場面が結構あるし、
あーあ、自分の快楽に走ってこんなことになっちまったんだね、
と思うことがたっくさんある。

つまり、目の前の短絡的な感情や満足感に振り回されやすいから、
ついつい要らないもの買っちゃったりとか、
浮気とか、ポルノとか、不倫とか、先物取り引きとか、詐欺にあったりとか、
飲み屋のねーちゃんに入れあげたりとか、風俗通いとか、出来心とか
客引きとかにひっかかったりとか、
つまり、
あちこちに仕掛けられている社会の罠にひっかかりやすいというか、
悪意とまでは行かなくても、
自分の利益の為にいい顔してすり寄って来る奴らに弱いというか、
おだてられたらついつい、ていうか、
それって、絶対に女性じゃなくて男性の方かなあ、と思うことが本当にたくさんある。
男性社会だからね。あたりまえなんだけど。

なのに、翻弄されている自分に気づかないうえに理が立つので、
言い訳も出来る様になってる。女性から見るとミエミエだと思うことでも、
「こうだった、ってことにしとこう」
というのがきわめて多いなあ、という気がする。

しかも(痛みを伴うためなのだろうが)「ごめんなさい」、が言えない。

なぜに持ち前の良いところを負の方向に使ってしまうんだろうか。

世間の大半の男達は、こちらに翻弄されて、よけいな荷物を人生に運び入れるハメになる。
もともときっと、本当に単純なのに、もっともっと持ち前のシンプルさで
生きれば良いのになって、思う場面がたくさん有る。

昔政治家をモチーフにした津川雅彦さんが出てた映画で、
「嘘も100回ついたら本当になる」って台詞があったんだけど、
それがずっとずっと頭に残ってる。
それって「男ならではの発言だなあ」と思うからだ。

日本に原爆を落としたパイロットだった米国人男性は、
「あれは必要なことだった、絶対に必要だったんだ」って死ぬまでうわごとの様に
言い続けて亡くなったそうだ。
その裏にある、罪悪感は絶対に表に出さずに。
そしてそれを受け継いだ子供たちは、毎年毎年、その記念日が来る度に、
「あれは必要なことだった、戦争を終息させるために、必要なことだった」って、
いまだに言ってる。
罪もない、兵士でもない人たちの40万人もの命をあんな風に奪うことが
必要なことだったわけないのにね。
ここでも「そうだったことにしておこう」が働いてる。
こんな、とてつも無い間違いを犯したあとですら。

逆にね、でっかい夢を描いている男にもまたそう言うところがある気がする。
本田技研の創業者の本田宗一郎さんが、まだ町工場の「おっちゃん』だった頃から
油にまみれた作業服姿で「世界に行くぞ!」とリンゴ箱の上に立って工員達に
毎朝話してたのは有名な話だ。
その情熱に共感してこれまた本当に男達はそれを目指して、
本当に世界に行っちゃった。

これって、男性のその純粋さがとてもプラスに働いた例だとおもう。

罪悪感にさいなまれながら、嘘をつき続けるか、
夢を語り続けるか。

同じ構造のコインの表と裏。痛みか、快楽か。

まさに、(男性である)アンソニーは、男性の行動原理を言い表していたんだなあ、と
思うんだけど、これが、よく男性が言う、『男は単純なんだよ」という言葉に
つながるのだろうな・・

爬虫類脳っていうんだよね、こういうのを。こんなに技術が進化して、でも
まだ爬虫類脳を使ってるんだね・・・


で、目下、母親をやっている私が思うことは、
爬虫類脳の行動原理は、確かに私たちも持っているけど、実際のところは、
女性の方がもっともっとシビアに世界を見ているという気がするし、
かつ長期的だと感じる。

なぜなら、爬虫類脳だけを使って、「自分の」『目の前の」損得だけを考えて行動していては、
子供を守ったり家族を守ったりできないからだ。苦しい場面からそそくさと逃げて、目の前の快楽を追っている母親のいる家庭は、どんな家庭か想像に難くないのではないだろうか。

私の、母親や妻としての行動原理は以下の二つに分かれるかなと思う。

・それはやってあげたいことか。
・それはやらないと後悔することか

この二つ。

逃げるという選択は少なくとも、私には、無い。
一個一個対処して行かないと積もりに積もってしまうからだと思う。
台所の洗い物のように。
洗濯物の様に。払い終わらない請求書の様に。
今日向き合うべき子供の葛藤は、明日まで待ってはくれない。
今目の前で、熱を出してうなっている子供を、「明日対処しよう」って
ほったらかす母親がいるだろうか。
いじめにあって泣いて帰って来た子供に、「来月になったら対処しよう」って
放置する母親がいるだろうか。

特に私は、二回も死にかけている上に母親だから、とにかく
「やらないと後悔すること」に人一倍敏感だと自分で思う。
今、謝っておかないと、絶対に死ぬ間際に後悔する。と思ったら、
即座に謝れる。意地なんて物は、その瞬間に消えてなくなってしまう。

今、この子に向き合ってあげないと、後で絶対に悪い影響がある。
この子を今、抱きしめてあげないと。この瞬間、今この瞬間が鍵だ!!と思ったら、
何をしていてもすぐさま放り出して、駆け寄って抱きしめてあげる。
自分が悪かった、自分の誤解だった、言い間違いだった、と思ったら、すぐに謝れる。
後悔をしたくないから。だからその為にやれることは全部やる。
今日死ぬとしたら、これは継続するのに値することなのだろうか。いやしない。と思ったら、
もう手放せる。

自分が無いということじゃない。
人に併せて、迎合するということでもない。

そう、選択する自分がいる。やる、という選択と、やらない、という選択。
選び続ける自分が居る。

それだけ。

やってあげたいことは簡単だ。
やってあげて、喜んでくれて、嬉しい顔を見せてくれることが私はとても嬉しい。
美味しい、って言ってくれたり、楽しい、って言ってくれたり、
お願いされたことをやってあげて、喜んでくれたり、約束を守って喜んでくれたり、
そういうことだ。

でもその狭間に入るときがある。

どちらか分らなくなる時。

やってあげたいことなのか。あるいは、後悔しないためにやっておこう、と思うことなのか。
ここに入るとちょっと複雑になって来る。

では今日は長くなったのでここまで。
続きはまた明日!

こころと体を大切に。
今日もがんばりましょっか!

グレイス














「許し」、という行為は

あなただけの領域の中に生まれるものです。

あなたを傷つけた相手は

そこではまったく関係がありません


ルイーズ・ヘイ

大好きなルイーズ先生の言葉。
本当に偉大なスピリットって
いつも真実を、根底にあるものを語りかけてくれる。


人って、年老いた時、やっと真実を語りだすんだけどさ・・・

若いときって、やっぱりいい格好をしたいとか、
こういう風に言ったら見た目が良い、とか、
後付けで、こうだったことにしておこう、とか、
あるいは、
エゴに騙されて、経験をせっかくしても
その経験を生かせきれなかったり、
言い訳をして逃げ続けたり。

でもね、

いつか・・・
必ず。

人は自分から逃げられないことに
気がつくんだね。

自分からは・・・絶対に、
絶対に逃げられない。

死ぬ間際になって、謝る人も居る。
どうしても逃げおおせない。
自分が欺いたことから。
自分が嘘をつき続けたことから。

でもね、

嘘はね、一回ついてしまうと、
つき続けなくちゃならないんだよね。

そして自分を内側から蝕むんだよ。

自分勝手なことをして生きて行くのも、
このセオリーを逆から言えば、当然自由だ。

だって、相手は関係ない、自分の心の中だけだ、なんだから。
今までそうして何人もの人が、エゴの嘘にだまされて来たね。

好き勝手なことをしていいんだ、だって自分の人生だから、って。

だけど、人は知ってる。
人は知っているんだよ。

自分自身からは絶対に、
絶対に逃げられないってこと。
嘘をついて人を騙した自分からは、どんなに美辞麗句を並べて
言い訳をしても、逃げられない。
それは自分の魂を自ら牢屋に繋ぐことなんだ。

だから絶対にそこに入ったらダメだ。
誰にそそのかされても、
誰かが「大丈夫」って言っても、
世間がよし、って言っても、絶対に絶対に絶対に、
絶対に入ったらダメなんだよ。

入ってしまった人は沢山居ると思う。
そして身近な人が入ってしまって、
そして被害にあったのが自分だったとしたら・・・

でもね、その人のやることってもう決まってて、
自分の心の奥深くを。
いつも心の奥深くの真実だけを、
見つめて、気づいて
改めて、
見つめて、気づいて
改めて、
見つめて見つめて、気づいて気づいて・・・。もっともっと
奥深くまで・・。

そして本当の自分を見つけたときに、
その人は初めて、自分が何をしてしまったのか、気がつけるよ。


でも一方で、
ひどい目にあった人の出来ることは・・・

静かに、静かに、その時を待つことしか出来ないんだよね・・・


ゆるしっていうのは、静かなるものだよ。
そして力強い。

本当にひそやかで、静かで、まるで、
森の奥深くに咲く、一輪のユリの花の様だ。
自分でも気がつかない程、小さな、
でも偉大なことなんだね。許しってね・・。
誰も見てなくても、そっと開いて、良い香りを
あたりにそっと、そっと、散らし始める花。そんな感じだね。

そして明るくなる。
そこに日が射す。
誰も知らない。

誰も知らないけど、
私だけが知ってる。

許しを通り抜けた人だけが手に入れることが出来る
美しい花があるんだよ。

そういうことなんじゃないかな。
本当に本当に、そういうことなんだよ。

知ってる人は知ってる
知らない人は全然知らないんだけど、

私は2010年の長後今頃、6月から7月にかけて
インドに行っていました。

その頃の私と言えば、
神秘の学校の門を叩き、教えを請い、
この世の真実、Truth を知りたくて
沢山の本を読み、人に会いに行き、さらに、
知りたいという人が居れば、自分が知っている事を教え、
というまさに、SEEKER と呼ばれる人たちの生活そのものを
送っていたと思います。無我夢中で突き進んでいました。

そして、どうしても行かなくては行けない、とある種の焦燥感にもかられつつ
お金なんて全然ないのに、インド行きの計画だけを立てていたら、
応援してくれる人が現れ、
予定にも無かったクラスを教えてくれ、という人たちが現れ、
出発の前日までクラスを教え、その頂いたお代金で
インドの生活が送れるだけの現金を手にいれて、
そしてインドへと向かって行ったのでした。

インドでの生活は朝から晩まで、自分の内側にある事柄に向き合い続け、
瞑想と祈り、そして儀式の毎日という、本当に素晴らしい物でした。

アシュラムとしては最新設備が整った場所で、快適に冷房もあり、
冷房が切れているときは扇風機がありました。

途中食あたりになって(インドでのおきまりの通過儀礼。笑)
半日をベッドの中で過ごすという体験もしましたが、
ちょうどその日の午前中の講話で、「痛みを味わい尽くすことで、痛みが消える」というのがあり、
腹痛と下痢と、高熱と、悪寒という痛みのまっただ中に居た私は、

「食中毒なんだけどな・・・原因はバクテリア、って言われているはずなんだけど・・・・
でも同じ物を食べて食中毒にならない人もいるわけだから、
これも、やっぱり私の内側の反映になるのかしら?ということは、
この現れている痛みを味わい尽くすと、痛みが消える、という先生のおっしゃっていた
体験につながるのかしら?」

などと、高熱の頭でぼーーーーーっと考えつつ、

「とりあえずやってみよう」という考えて、痛みの中に入る事にしました。

痛みに入ると、すぐに分った感覚は、逃げたい衝動に駆られる事です。
痛みを避けたい。
痛い痛い、だから痛く無くなれ、痛く無くなれ、と
痛みというサインを無視しようとしている自分がすぐに見つかりました。

ふと、こんな事をしても無駄だよ、と言う自分がいます。
いますぐに講話をききに行かなくちゃ。インドまで来て、何を無駄な時間を過ごしてるの?
と、自分に腹を立てている自分も見つかりました。

そうすると、もう一人の自分が出てきます。

「いや、時間は十分にある。そしてあなたはこの体験をしに、インドに来たのですよ」

そっか。
慌てないで・・・

じっくり・・・

かみしめるように・・・

自分の内側を・・・

するとだんだんと痛みと同化して行きます。痛みと思っていた物が、
じーーーーっと噛み締め向き合っていると、
たとえば、お腹の、どの部分か。熱が一番高いのは体のどの部分か、
そして、その部分の、どの細胞が一番反応しているか、そして
細胞の中にはいりこんだバクテリア達が何をしてるのか、すらがうっすらと分ってくるのです。

バクテリア達は・・・びっくりすることに、
私の細胞の中にある、「悪いもの」「汚いもの」を食べてくれていました。
信じられない事でしたが、そうだったのです。

その事が分った瞬間に、
私の中でひらめきがおこり、涙がでてきました。
私は泣きながら、「ありがたい・・」とつぶやきました。
そして感謝を伝えました。何億というバクテリア達に・・・

すると・・・

熱に浮かされていたからなのか、幻影なのか、いまもって分らないのですが、
とても不思議な光景を目にする事になったのです。

私の体から全てのバクテリアが・・・泡のようにいっせいに飛び立ち、
ベッドに横たわる私の体内から空気中へとまるで浜辺の鳥達が一斉に飛び立つときの様に、
まるで、ソーダの泡が、一斉に吹き出す様に、
天井を見つめていた私の目に、バクテリアの、うっすらとした、雲・・のようなものが、
固まりとなって、私の体からはなれて行くのが見えたのです。

本当に不思議な体験でした。

インドではその他にも沢山の神秘体験をしましたが、
このことは、一番印象に残っているものの中の一つです。

そして私は意識が途切れ、ことん、っと眠りに入りました。

眠りから覚めると、4時間くらい眠り惚けていたようで、
お世話をしてくださる日本人の方が丁度お部屋に入ってこられるところでした。

ーお加減はいかがですか?

はい、もう治ったと思います。

ーえ?食中毒は、2日から3日はかかりますよ。グレイスさんは、まだ半日も横になっていないのですから、安静にしておくのがいいとおもいますよ。

いえ、いまさっき、バクテリアが体から一つ残らず出て行くのが見えました。
もう終わったと思います。先生の教えの通りでした。
体は完全に治りました。熱ももうないようですよ。

ー本当ですか?解熱剤を飲んだんですか?

はい、本当です。解熱剤は飲んでいません。

そういって、私は起き上がって、身支度を始めました。
さっきまで熱があり、ふらふらしながら、10分おきにトイレに行っていた私ですから、
連続で4時間眠る事もまず普通ならあり得ない訳ですね。
お世話の方も全く理解できなかったようで、不思議そうな顔をしておられました。

私は内心、何かをつかんだような気がして、とても嬉しかったのを覚えています。
感覚で、分る事って、ありますね。言葉ではなかなか説明できないんですが。



今体の痛みを持っている方がいらしたら、ぜひとも試してみてください。
向き合う事で、沢山の事が見えてきます。

私の場合は短期的な痛みだったので、比較的簡単だったと思います。
慢性的な痛みを抱えている方はもうすこし難しいかもしれません。

でも、痛みに向かってまっすぐに降りて行ってみると、
実際に体の中で本当は何が起こっているのかが
見えてきます。

バクテリアやウィルスが原因だと、医学では言われているのですが、
実は自分の中にある何かがそれらを招いていたり、あるいは、
バクテリアやウィルスは実は悪者なのではなくて、私を浄化する為に、
一時的に体にきてくれているだけのことなのかもしれないです。
また、よく言われている様に、
病気の症状として現れる物が、体からのサインだと言う考え方も
通じて行くなあ、と私は体験を通して思います。

ガンなどは良い例で、体が一カ所に悪い物を貯めてくれているんですね。
だから、その泥のため池のようなものをかき混ぜたり、壊したりしてはいけないです。
出来るだけ自然な形で、そっとそっと、崩して行き、浄化をしなてくてはなりません。

無意識に私の口から出た言葉・・・

バクテリアさん、ありがとう・・・

ここに何か大きな鍵があるような気がしますね。


では今日も一日、こころとからだを大切に。