息が苦しくなって、息ができなかったと7時過ぎに練習が終わって車🚘に乗り込んだ娘。すぐにピンときた、過呼吸症候群だったのだろう。涙と一緒に自分をいっぱい追い込んでしまったのだと思った。その一つに、初めてのAPテストがあった。テスト自体より、APテストというのはどんなものかへの不安、先生から
出来なければ、「punishment」するって言葉に酷く怯えていた。結果主義の先生に娘が出来なければ、先生の汚点になってしまうから。当初から、そのクラスの先生とソリが合わず、苦しんでいた。だから、親の判断でレベル3にもかかわらず、APテストを受けさせるように仕向けたのは、私だった。数日苦しむか、来年度、いっぱい、その先生に苦しむか考えたという理由から。結果として、更に彼女を追い込むことになってしまった。彼女はフレッシュマン、学校自体の勝手もわかっていない。テスト数日はストレス満タンだった。
そして、そのあとの走る練習で300を三本、全力で。リレーメンバーと一緒に走る300m、一本目で目一杯、それを彼女だけ、三本、そのあとにクールダウンとのコーチからの指示に従えないほど、足が体が動かなかったようだった。涙と一緒にどんどん呼吸が苦しくなってしまったようだ。私の過去、過呼吸症候群とも、そんな事があったなんて、一握りも言った事がないのに関わらず、同じ道を歩き出している。この事の始まりが良かったのか、わからないけれど、彼女のloadは、始まったのだろう。
ただ、「走る」それだけ、得意な事が特別だったり、何か優れていると思う事はあまりなかった、むしろ、違う事をやれていたらと思う事の方が多かったように思う。今、思えば、人それぞれに、ギフトを与えて頂き、自分自身を最大限に表現するチャンスを各々、与えられているのだと思う。彼女は、そう思えているのか、それが彼女に居心地がいい事なのかまだ、わからずいる。300も、42、44、45秒 僅かな時間を水中に潜ってたかのように、もがき苦しんだのだと思う。
私にしてみれば、全部、上出来。42秒だって、彼女のPRだと思う。最初のレースでトラックに着いた彼女は、「どこがゴール」って言っていた。スパイクも履いてない、ウォームアップも知らない、彼女はいっぱいいろんな事を乗り越えて、2019、ここまで、来た。いっぱい、楽しいこともある10代、彼女は自分自身を表現する、自己表現の達成感を味わう醍醐味を少しずつ、楽しんできているのではないかと思う。