新しく投稿したのでよろしくお願いします
久々の書き込み
前回書いたのが1年位前になってしまいました。
というのも、いろんないざこざに巻き込まれ精神的に余裕がなかったので。前回書いた話をすっかり
ほうったらかしにしていました。
続きを 書きますのでまた読んでください。
ビックリ
吉宗の体感機を練習しはじめて、ビックリしたのは驚くほど簡単だった事とこんなにも稼げるのか!!!と言うのが感想でした。当然この世界は甘くはなく練習も機械を体につけて店での実践練習でした。
そのころは、体感器がそんなに出回ってなく簡単に入り込めて練習できました。
私と、19歳の子がいて定期的に先輩に連れ添ってもらって店を回っていました。
そろそろ慣れてきた頃、先輩に連れられあるA店に行きました。
そこで、ビックリしたのが他のスロットの場所はぜんぜん人がいないのに吉宗だけは、賑わっていました。
何か違和感を感じながらもゴトをしていると、やけに、周りも出ていました。よ~く見渡してみるとそこの
半分以上が顔見知り、つまり、ゴト師でした。知らない顔のゴト師もいてお店側は多分、切腹物だったでしょう。ここで、吉宗の体感器について少し説明します。
1「ビッグを取りまくれる機械」
2「俵を8回そろえれる機械」の二種類があります。私は1の方でした。ここは稼ぎ時だと思ってやりまくっていると
隣から声がかかりました。(やばい見つかった・・・・・)ドキドキしながらしゃべると
「いいなぁ、早く稼げて~時間もかからないし。僕は俵の方なんだけど、僕のも当たりとってよ!!」
意外な事に隣もゴト師でした。2を使っているらしく結構お金を使っていました。
私は「何のことかわからないけど、設定ですかねぇ!???」
ととぼけていました。実はゴトの世界では仲間もしくは、同業者どうしでの、店での会話は禁物なのです。
そして、仕事を終えて、稼ぎを見てみると20万弱ありましたが、
先輩が「じゃ、今日のリース料15万ね。」といわれて、
私は(はぁ!???10万!!????)と
聞き返しましたが、有無も言えずに取られ、確かにリース料はいると聞きましたが、
そこまで取られるのか。。。とへこみました。
それから、毎日多額のリース料を取られ、借金にリース料とてんてこ舞いの日々が続いていきます。
ちなみに、A店は今はありません。すいませんでした。
キッカケ
まず簡単な自己紹介から始めます。
大阪で某パチンコグループの三人の共同経営者の一人の息子で
将来に安心感からか高校を中退(実際は怠けただけなんですけどねw)
フリーターをしながら遊んでたところにスロットという娯楽と
風俗という快楽にはまってしまった。しがない男です。
そんななか、人生が急転落したのが2002年。父親が会社から締めだされ事実上のリストラに合い
実家の収入が無くなり今まで安定していたのにフラフラになってしまいました。
それでも、親孝行せず不良息子になってしまったのです。私の話はこれくらいにして本題に入ります。
この話は過去に体験した実体験話です。
で読んでください。
2003年夏
今日もまた負けた。。。。スロットを覚えて1年。もともとギャンブル好きだった私は麻雀に競馬
とうとう、スロットまでやり始め、借金が150万を超えてしまった。最初は働けば大丈夫と思っていても
やっぱ、借金なんかしてもスロットをするくらいなので、まったく返済めどは立っていなかった。。。
そして、毎日スロットに行き勝っても返済せず遊び当然ながら取り立てがきびしくなり
遅れては利子だけの返済をして収入があるとまた打っての繰り返しだった。
そんな私に愛想をつかせ彼女は離れ友達も少しずつ離れていった(T T)
そんな、私に転機が訪れたのは9月ごろ、親しげに通っていた雀荘で高山という男に
スロットの打ち子に誘われた。(店側が設定を流し遊技をし勝ち分の*パーセントをもらう。結構色々なお店であるらしい)
北斗の拳を一日中打てる!しかも、勝てる!!なんて甘い言葉に誘われちゃったのが人生堕落の一歩だった・・・・当然勝てるが週一回、名古屋まで行き交通時間やもろもろを足すと20時間くらいかかり日当が多いときで2万円、金のない私にしたらましなほうだったが。。当然、返すわけでもなく遊んで飲んでグタグタだった。そんな日々が2ヶ月続き借金は一向に減らず250万円にまで膨れ上がっていた。
人生悪循環の中、悪さに手を染めるとだんだんどうでも良くなっていき、悪い人も寄ってくるのが流れなのか、借金をすぐに返せるといわれ乗り気でチョコチョコついて行ったらジャグラー、吉宗の体感機によるゴトだった。
当然、アングラのブームにのり吉宗の体感機を選び練習が始まった!!!
