短編 「憎しみの果てに」 第8話 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

短編 「憎しみの果てに」 第8話

怒りで血管が怒張していた。

激流となって押し寄せてくる血流で、頭が破裂しそうだった。
無意識に左のこめかみに指を当てる。
ドクドクという脈動が伝わってきた。
田口は、後退りしながら、来るなと叫んでいる。
何故かその声が、遠かった。
ゆっくりと、田口の方へ近づいた。
顔を横に向け、眼だけで私をちらちらと見遣りながら、後ろに下がっていく。
田口は僅かな段差につまずいて尻餅をついた。
私の方へ両手を突き出し、顔を背ける。

「来ないで」

口から出た声は小さく、そして震えていた。
そんな弱々しい田口の姿を見ていると、よけいに腹が立った。
こめかみに触れた指先に、力が入る。
こいつも、横山のように壊れてしまえばいい。

怒り。
悲しみ。
そして、憎しみ。

綯い交ぜになって、私の心を黒く覆った。

「おまえ、なんか」

その瞬間、田口があっと短く叫んだ。
両手で頭を押さえ、苦悶の表情で天を仰いだ。
瞳がぐるぐると、せわしなく動いている。
頭を左右に振りながら立ち上がり、数歩ほど歩いて、崩れるようにひざを突いた。
頭を押さえながら、嘔吐している。

「好い気味だわ」

わたしの言葉に反応して、田口がゆっくりと頭をもたげた。
わたしを一瞥するなり、眼を大きく見開き叫び声を上げた。
尋常でない田口の反応に、わたしははっとした。

気が付くと、口の中に鉄のような味が広がってる。
手の甲で、口の辺りを拭った。
べとりとした、赤黒い液体。
鼻血だった。

わたしはどうなってしまったのか。
激情が、血となって体から噴出しているのだろうか。
あごの先から、血が滴っている。

わたしは我に帰った。
田口の、恐怖に歪んだ顔。
流れ続ける、血。
どこかで見たような、光景だった。

既視感?

いや、違う。
遠い昔に見た、光景。
間違いはない。

刹那、視界が白く反転した。
切れ切れになって、消え去った過去。
それとも、消してしまいたかった記憶なのか。



両親を、一度に失ったあの、交通事故。


脳裏にはっきりと映し出さた。

まるで、スクリーンに写しだされた映画のように。