短編 「憎しみの果てに」 第3話 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

短編 「憎しみの果てに」 第3話

加奈子が、眼鏡からコンタクトに替えた。

そんな加奈子を見て、冷笑する者もいれば、あまりの変貌振りにあいた口が塞がらぬ者もいた。
教室の後ろの方で、田口明子が下卑た笑みを浮かべ、仲間と何か話している。
眼が合った。
憎しみのこもった瞳が、陰湿な光を放っていた。

席に着いた加奈子に、わたしは声をかけた。
「なんだか、別人みたいね」
そう言って、机の上に伏せられた顔を覗き込んで、わたしは微笑んだ。

加奈子の変化を身近に感じていたわたしは、それほど驚かなかった。
初めに、眉毛がきれいに整えられた。
それから、おかっぱのような髪型から、洒落たショートカットに変わった。
そのとき、わたしは初めて加奈子に聞いたのだった。
好きな人、出来たんでしょ。
そうなんだ。
彼、ショートが好きなんだ。
嬉しそうにそういって、加奈子は頬を紅潮させた。


「みんな驚いてるわよ。田中君、観てよ」

加奈子が教室に入ってから、射抜くようにして見続けていた。
みんなからオタクと呼ばれていている、地味な男である。
加奈子が視線を向けると、一瞬はっとして、ばつが悪そうに眼をそらした。
改めて加奈子を見ると、とても綺麗だった。
ショートカットが、二重瞼の大きな瞳を、より大きく見せていた。
田中が、眼を爛爛と輝かせていたのもわかるような気がした。
ショートヘアーは、ほんとうに可愛い子でないと似合わない。
私は改めて、そう思ったのだった。


下校途中、図書館によった。
テスト勉強より、新刊のハードカバーに夢中になってしまった。
外に出るとすでに、日が暮れていた。
街灯に照らし出されながら、寄り道したことを後悔した。
駅までは、かなりの距離を歩かなくてはならない。

風が冷たかった。
立ち止まり、手をこすり合わせ、息を吹きかけた。

ふと前方を見ると、加奈子がいた。
彼と一緒である。
下校時、一緒に図書館に行こうと誘ったが、断られた。
わたしには、はっきりと彼に会うからと言った。
どうしようかとしばし逡巡したが、そのまま駅の方角に歩くことに決めた。
前方に見える恋人たちは、腕を組み、楽しそうに何か話している。
加奈子が私に気付き、声を上げた。

「あら真由美、遅いじゃない」

「ちょっと、ぐずぐずし過ぎちゃったわ」

加奈子の彼に、視線を向けた。
わたしの視線を察して、加奈子が言った。

「彼、紹介するね。武田大地くん。知ってるよね」

知らないはずはない。
よく知っている。
わたしは驚きを隠せなかった。
武田は、同じ学年で3組の生徒である。
私たちは、1組だ。
武田は、プロサッカークラブのユースに在籍しており、将来を有望視されていた。
当然、校内では有名人だった。
女生徒からは羨望の的である。

「いつも上位ですよね」

武田が言った。
校内に張り出される、テストかなにかの順位のことだろうと思った。

「私より、下よ」

そう言って、加奈子がいたずらっぽく笑った。

学校での事などを少し話すと、私たちは別れた。
最後まで、のどの奥に何かがひっかかるような、違和感を感じていた。
わたしは振り返り、ぼんやりと二人を見つめた。

体を密着させ、歩いている二人の後姿が、やがて闇に消えた。