あきらめがかんじん。ということで。


朝起きるといつもよりも20分ほど遅い。

こうなったらあきらめてもう一度寝よう。

ってそれでいいのか。


朝ごはんと、顔を洗うのをあきらめて出社。

ってそれはそれでいいのか。


あきらめが肝心。

というか何をあきらめるのかが肝心。


うーん。

どうでもいいけど明日やることがない。

あきらめるか。


あきらめる閑人。

こりゃだめだ。



「茶柱が立つのは縁起が良い」とか。

「鼻緒が切れると縁起が悪い」とか。


いろいろあるけど。

眼鏡が曇った時はどうなんだい。


良いとか悪いと、きっと誰かが決めたんだと思う。

ならば決めてやろう。


「眼鏡が曇ったらいいことある」


ガリガリ君で当たりが出るとか。

好きなあの子も実はニャンちゅう好きとか。

レアなポケモンをゲット出来るとか。


「眼鏡が曇ったらいいことある」


明日はきっといいことあるぞ!!!



「わたし、もずくかける才能ない」

そういいだしたのは、母である。


いやちょちょっと。

なにを言い出したかというと、もずくをかけるのが自分は上手くないというのである。

そのままだけど。


ひさびさに実家に帰ったある日。


レタスとスライスした玉ねぎの上に豆腐。

そこに、もずくをかける出来上がる豆腐サラダ。


そのもずくをかける才能が自分にはないと嘆いていたのである。

母よ気を落とすな。

とういうかさ。ね。


なんだかね~。

と思いつつも、自分でそのサラダを作った時に衝撃を受ける。

「わたし、もずくかける才能ない」

私も母と同じ気持ちに。


蛙の子は蛙。

鳶が鷹を産むことはなかった。


ともあれそのサラダはうまい。

それでいいではないか。