学校に通うこともなく、母の職場の寮で過ごす日々。

1 Kの間取りで、家族5人が暮らすにはとても狭い。

けど、家という存在があることで、うちの心は少し安定を取り戻す。

何も不思議がることはなく、日々、公園で遊んだりして過ごしていた。

ただ、一つ、母に言われたこと

「昼間は公園に行っちゃダメ。お巡りさんに見つかると、捕まるから」

この言葉に少し恐怖心を抱いていた。

子供にとって、お巡りさんに捕まることは怖いこと。

素直に学校が終わる時間に公園に行っていたように思う。

この頃、母がしていた仕事は、想像できるだろう。

キャバクラだった。夜のお仕事で、帰りも遅いけど、家族のために頑張ってくれてると思ってた。

 

そして、そんな日々を一か月以上過ごしたある日、

「引っ越しするよ」と、母に言われ、何か月ぶりかに我が家に帰る。

近所の人は心配してくれてて、やさしさが嬉しかった。

引っ越しということで、学校も転校。

正直、学校は好きじゃなかった。 いじめられていたからだ。

嫌なことから逃れられる。それだけが嬉しくて仕方なかったように思う。

 

必要最低限の荷物を持って、引っ越しがきまり、

新しい家もマンションで、2LDK.。

母や、祖母の胸中とは裏腹にワクワクしていた。

ただ、この頃から、まったく叔母とは会わなくなって

親戚とも縁が薄れていった。

うちには、それがどういうことなのかわからなかった。

 

新しい学校では、友達もできて

楽しい日々が続いていた。

でも、また始まる陰湿ないじめ。

今ほどではないと思うが、陰口や無視は当たり前。

原因は、転校生のくせに、生意気だったことだと当時は思っていた。

まあ、この辺に関して自分がいじめられる原因については、あとあと語ろうと思う。

ここには、根深いものがあるから。

 

そうこうしているうちに半年ほどたって、また引っ越すことになった。

また、嫌なことから逃げられる。それだけで救われていた。

新しい土地に移っては、引っ越しを繰り返す。

そんな小学生時代。

いじめられてるから、仲の良い友達がいるわけもなく

新しい土地で新しい友達を作っては嫌われての日々。

おのずと、家族との時間が増えていった。

 

 

新しい土地に引っ越しても、母の仕事は相変わらずキャバクラ。

まあ、言い方は悪いけど、違法スレスレの職場だったようだ。

母も、母で苦労していたとは思う。

今では、ある意味自業自得だと、思うけれど。

 

 

小学5年生になった時、引っ越した先で

母の仕事が変わる。

キャバクラから新聞配達に。

実は、この頃、家族が一人増えた。

家族と言っていいのかはわからないけれど、母が男を連れ込んだのだ。

その人は、母とは親ほどの年齢差があったと思う。

最初は、母の良き相談相手だったのか、恋愛関係にあったかは定かではない。

何度目かの引っ越しの時に、家族を捨てて一緒に暮らすようになったのだ。

 

ここで、また家族の雰囲気が変わる。

祖母が、怒りやすくなった。

うちは、長女ということもあって、家事やなんやらを手伝っていた。

同居しだした男は結局、働くことはなく、家にずっといるか、

母の稼いだお金でパチンコ三昧の日々。

そんな環境のせいで、どんどん病んでいく祖母。

もともと、勝気な人なので、鬱という病み方ではなく、孫に対して

自分の思い通り動くことを強要した。

その被害にあったのは三女だ。

常に、祖母の監視化に置かれていたように思う。

うちは、長女ということで、幼少期は甘やかされて育った。

祖母も、曾祖母も可愛がってくれた。

もちろん、しつけに関しては厳しかったように思うが。

次女は、父方の祖母に可愛がられ、幼少期の頃は、

祖母が離さず、二人で過ごすことも多く、内気な性格になっていったように思う。

うちは、その頃、母を喜ばそうと父や父方の祖母の悪口を言っていたので、可愛がられることはなかった。

うちに、祖母、曾祖母、次女に父方の祖母。

三女は、近所に住む老夫婦に可愛がられるという構図があった。

引っ越しを繰り返すうちに、三女を可愛がってくれる人はいなく、

まだ、学校に入る年齢でもなかったし、幼稚園や保育園にも通えず、

うちや次女、その友達や近所の子が彼女の遊び相手で、

それ以外は祖母との時間しかなかった。

今思うと、どれだけの苦痛や我慢を強いられた幼少期だったのだろうか。

彼女も、母と、祖母、もしくは、うちの被害者かもしれない。

 

 

そんな環境のの中、うちが中学に上がる少し前、小六の冬休み

母がこんなことを言ってきた

「もう、いい歳になってきたんだし、家計を支えるのを手伝ってほしい」

要するに、働けということだ。

 

母の務める新聞屋で、朝刊を配るアルバイトをすることになる。

給料としては、ひと月働いて、3万程度。

そのうち1万がうちの取り分。あとは家に。

「長女なんだから」「お姉ちゃんなんだから」と言われ続け、

その責務、義務を背負わされることが当然のような環境で育ったうちは、

何の疑問も持たず、仕事を始める。

これが、我が家の『呪い』だとも、気づかずに。

 

仕事をし始めると、周りの大人も見方が変わる。

「頑張ってるね」「苦労してるんだね」「偉いね」

そんな言葉をかけてもらうことが増えた。

まるで、自分のやっていることを褒められているようで、

自分を認められたようでうれしかった。

もう、ほんと『呪い』でしかない。

 

中学に上がっても、バイトは続いていた。

一つの土地に半年以上住んだのもこれが初めて。

やっと安定してきたと子供心に思っていた矢先、

職場で、留守番をしているときにそれは起こった。

今までの出来事をやっとうちは理解できるようになって、

全てが闇に覆われるのである。

 

 

 

 

続く