春の日差しの中、午前中に家を出て海老名ビナウォーク内にある映画館で上映している西田敏行さん主演の『遺体』を観に行った。
タイトルだけ見てぎょっとするかもしれない。
これはあの311‥‥東日本大震災で亡くなられた方々を安置した遺体安置所での真実を描いた作品だ。
ニュースなどではタブーとされる領域に、私達はその真実を知る事はなかった。
それをこの映画は忠実に再現している。ドキュメンタリーと言っても過言ではないだろう。
まだこれからご覧になる方々の為にあまり詳しくは書かないでおくけれども、私は何度も目頭が熱くなり、嗚咽が漏れそうになるのを抑えながらこの映画を観た。
この映画に登場する人物は皆実在し、彼らと話をしながら、各俳優がその気持ちを伝えるべく演じたのだそうで、主役の西田敏行さんは当時の事を思い、泥だらけの安置所に靴を脱いで上がった。実在の男性はそれを見て『自分もそうしたかった。そうすればよかった。』と悔やんだそうだが、あの日そんな心の余裕もなかったのだろう。
映画は安置所だけのシーンばかりだ。
ストーリーはなく、真実をありのまま描いている。
ニュースでは自衛隊の活躍などを中心に報道していたが、同じ被災者でありながら必死に働く地元の消防団、医師、歯科医、役場の方々、ボランティア、沢山の方の活躍があったことはあまり報じられていない。
それをこの映画は伝えてくれた。
自分の家族の行方もわからない方もいただろう。それでも目の前の事に必死に取り組んだのだろう。
運んでも運んでも次々に増える遺体。
高台の人達は最初、津波でどれだけの犠牲者が出たのかもわからなかった。
安置所に運ばれる遺体の多さにパニックになり、遺体の扱いもうまくいかない。
そんな中で元葬儀社に務めていた民生委員の男性がボランティアを申し出て、御遺体の扱い方を皆に教える。
死後硬直で苦しみからか空を掴むように手を伸ばした遺体、口を空けたままの遺体、それらは優しくその部分をさすり、揉んでやる事で硬直がとける。
遺族との対面時に少しでも安らかで穏やかな表情になるようにと思いをこめる。
遺体に話しかけるとそのお顔が変わると言う。安らいだ表情になるのだそうだ。
『冷たかったねぇ。よく頑張ったね。』‥‥そう言葉をかけながら遺体をさする姿に涙が溢れた。
『死体じゃなくて御遺体です!』
彼の叫びが胸をうつ。
御遺体には産み月の妊婦さん、ご夫婦、小さな子ども。
‥‥皆、昨日までは平和な毎日を過ごしていただろう。
遺体は番号で呼ばれていたが、身元がわかった方を名前で呼びたいと毎日、声をかけていた。
火葬も間に合わない遺体に付き添う遺族。その心に寄り添う彼や役場の方々。
なんとか身元をと頑張る歯科医。
亡くなられた原因を探る医師。
不眠不休、食事も取らず寒い体育館で命に向き合う姿。
御遺体はそんな方々の力で人間の尊厳を取り戻してゆくのだ。
毎日、声をかける。
『寒くないですか』毛布からはみ出した手を元に戻す。
役場の職員の女性も少しずつ、御遺体に近づいてゆく。
雪の中の作業、消防団も体力の限界にきていた。何百、何千の遺体を運ぶ任務は過酷だ。
遺体は水や泥を吸い、コンクリートのように重い。
落とさないように丁寧に運ぶ。
私はこの映画を観なければ、おそらく知る事はなかっただろうこれらの方々に改めて頭が下がる思いがした。
遺体を検死していたら自分の知り合いだったり、医師も歯科医も涙をこらえて身元確認に全力を注ぐ。
そんな姿はテレビでは放送されない。
本当にリアルなシーンの連続に、おそらくまだこの映画を観られない被災者の方は多いかも知れないと思った。
でも私はこの映画を見てよかった。
そして皆さんにも観て欲しいと思う。
静かな悲しみが横たわる。
そこにある人間の悲しみ、苦しみをやはり人間の愛と強さが包み込む。
そんな映画だ。
私は見終わって考えた。
もしこの先に私達の上にこのような状況が起きた時に、私もこの人達のように人として強くありたい、優しい気持ちを忘れたくないと。
最後まで人間として生きたいと。
もうすぐあれから二年になるが、まだまだ進まない復興。
帰れない人々。
なのに少しずつ薄れていく記憶。
風化されてはいけない。
帰り道、暖かい風にあの日を思い出していた。
あの雪の海に消えた町を。