春日神社








⛩️鳥居⛩️








拝殿
凡そ八百年の昔櫓町の辺に
柳清水と云う湧泉が有り柳の木の傍に
奈良春日大社の御分霊を祀る社が有った
文治年間、源義経公が道中の折に
柳の木に駒を繋ぎ参詣をなされた傳説は、
駒繋ぎの柳と共に後世の語り草となった🧐

爾来星移り年替り幾百星霜、
國分氏より伊達氏の城下となり
眞言宗定禅寺の門徒で
立町一丁目青山照光院別当の
預りとなりしが、
安永五年四月十七日の大火に悉く焼失🧐

以後北材木町近辺に住む
氏子等の請願に依り、
当地に社殿を建立し
安永九年三月十五日に遷座された⛩️

幕末、明治、大正、昭和となり、
昭和弐拾年七月九日の空襲により
歴史ある建物もすべて灰燼に帰し、
終戦となった🧐

併し再度の災火にも拘らず
御神体は崇敬者によって守られて
八百年の傳統を此の度
再度奥殿に祀る事が出来た事は
誠に幸せな事である🧐

漸く終戦の混乱も
戦後十有余年にして治まって
人心も泰平となり、
町内外の信仰厚き氏子篤志家の
努力によって、
昭和三十四年十月に
現社殿が落成し
今後町内はもとより
萬民の守護神として崇められる事になった⛩️








社号額








拝殿内
往古櫓丁柳清水の辺に
御鎮座されたが、
文治年中源義経奥州下向の節、
この社に詣でし時柳に
駒をつないだことから
駒つなぎの柳といわれた⛩️

御神体は翁の面である🛐

別当を青山照光院といい、
立町1丁目にあった真言宗の寺院で
定禅寺門戸である🛐

後、現社の春日町に遷祀した⛩️

安永5年4月17日火災に罹り全焼、
同9年3月15日再建、
昭和20年7月10日戦災にて全焼、
同34年10月復興遷座して現在に至る⛩️








主祭神
天児屋根命、比売神、武甕槌命、経津主命








玉光稲荷神社








小さな社ではあるが、
近隣の方をはじめとし、
参拝者は少なくない🛐








狛犬
街中で狭小だからなのか、
狛犬は一体だけでしたU^ェ^U








御朱印はこの拝殿内で、
神職さんがいらっしゃれば
拝受出来るようです🛐