2022年


給料も整備士にしては申し分ないし休みも多かったバイクディーラーを退職してカナダへワーホリに行くと決めた歳が24歳。

前の職場の社長に退職のことを伝えるのに3ヶ月くらいかかったかな。

自分で言うものではないけども若気の至りかな、不義理もしたと思う。

この前置きを話せば長くなるのでこの辺で。


嫁に一年時間をくれと伝え始めての飛行機に乗りたどり着いたのがカナダのバンクーバー。

途中で見た景色は一生忘れない。

日本にいる時からバンクーバーのバイク屋での就職が決まっていて入社して4日目で社長に船のインペラ外しといてとの依頼。

訳もわからず炎天下の中とりあえず外す。



宿泊先にいたボビー。僕よりも年下だけども外国の方は本当に年齢がわからない。

借りた家の電気が切れていて、僕に任せて治せるからと意気込んだものの説明書が英語で結局治せなかったのは今でも忘れない。

7/3入社

7/28日退社

これは正直自分でもハプニングでしたね。

バンクーバーってとにかく日本人が多くて俺何しに外国来たんだろ?って思い出してなんとなく「アメリカ バイク屋」と調べると一件ヒット。

メールして2時間後にとりあえず来てもいいよと連絡。

給料の話もなければ移転したらしく場所も分からないけどこのまま日本に帰る選択肢はなく迷わず航空券を取り辞めますと言った次の日にはLAに到着。

飛行機乗ってる最中に高熱になったけどももうどうしようもないままなんとかLAXに到着。


到着して外に出ると安心したのか歩くのもやっと、フラフラしながら予約していたホテルに辿り着き水を飲んで爆睡。

次の日起きるも全く動けない。

Googleマップで病院を探して予約。

予約して行ったのに今日は閉店だと、、。

もう本当に死にそうだったから閉店でもいいけどここに泊まって帰るから死んだら日本に僕を送ってくれと伝えると渋々診断してくれた。

結果コロナでアメリカで働く予定だったショップの出勤日から10日遅れて出社。



となりで中国人がめちゃくちゃ怒っていて、こいつヤバいだろと思ったけどそれは多分日本人の感覚。
多分この国ではとにかく自分の主張をしないど何もできないと学んだ日でもあった。



ここ見たらわかる人もいるかな?

ワイルドスピードのポールとドムの別れ道。

ドムの家。

今は誰か住んでるみたい。


ガンショップ



サンタモニカのスケートパーク

グラセフで見た事ある人もいるのでは?

LAのグリフィス天文台。


とまぁこんな感じの1ヶ月でした。

いつか第二弾を投稿したいと思います。

かなり端折って書きましたがこの間にも吉野家の駐車場で牛丼食べてたら窓ガラスをコンコン、そこには銃口で慌ててアクセルを踏み家に帰り足の震えが止まらなかったり、警察に停められて切符きられたり沢山ありました。


こんな店主のバイク屋です。

以後お見知り置きを。。