最近1日置きにでないと風呂に入れない。外出も多くなり、動けるだけ動いて、夜には体力が残っていない。カウンセリングも受け始めた。
受け始めて解った事は山のようにあり、その山は自分の好きな緑の山と同じだけの価値がある。
友達と話しても、家族と話しても、理解がないとうんざりする。味方ではないと感じる。
きっと弱い人なのだろうと言われた。
もしそうなら今話しなどしてはいない事を彼らは知らなすぎる。今日は薬をもらいに行く日だったが、日々の疲れが出て薬でも押さえられず、寝ていた。
父が代わりに貰ってきてくれた薬の袋に、精神科と書かれてあった。何故か涙が出た。
中学の図書室で読んだ、小数人数の痛切な叫びと行動を記録した本の内容が思い出される。理解もされず、誤解され、報われないまま亡くなった人、その中で生き延びた人が残したもの。
弱かった訳はない。誤解される理由もあった筈がない。彼らはただ叫んでも変わらない事を知っている。ただの何かで終わる事を望んでいない。
ただ何かに苦しめられた人でいるのが、想像出来ない程我 慢ならない事だと、意外と人は知らない。
そういう人こそ、自分が思う事を前提に叱ったりすると、簡単に泣いたりする。弱いが笑わせる。