ひとり暮らしの妹が8月29日、

死んだ。


正しくは死んでいた。


いつも頼んでいるネットスーパーの

配達員から、ご不在のようですと

連絡があって、

おっとり刀で出向いたのだが、

ガッチリカギが掛かっていた。


カギ開けサービスに来てもらい、

部屋に入ったら、

妹は床に仰臥していた。


名前を呼び、ほほをピタピタしても

すでに冷たくなっていた。


こういう場合は警察にまず連絡、

救急隊員も来て死亡確認、

事件性の確認と現金通帳など捜査後、

遺体は警察へ一旦引き取られる。


警察の検案(検死)の結果は、

早朝に心不全を起こしたのだろう、

ということだった。


出不精で大食らいで、

甘いもの可愛いものが大好き、

好きなように生きていたが、

55歳で病気になった。

手術してからしばらくは元気を

取り戻し、何十年ぶりかで再開した

バレエレッスンを楽しんでいたのが

うれしかったが、

コロナの中、バレエもやめていた。

驚くほどつつましい、

暮らしぶりだった。


彼女の61年の生涯が、

幸せだったのか、

私には皆目わからない。

友達もおらず、

寂しい人生と私には思えるが、

性格が姉妹まったく違うから、

どうなのだろう。


ああせいこうせいと言っても、

馬耳東風でイライラしたものだ。


病気になってからは、

従姉妹のKとT子がずっと一緒に

サポートしてくれた。

私よりも親身に話し相手になって、

時には美味しいものを差し入れ、

いつも楽しく付き合ってくれた。

心から感謝しています。


ねーちゃん聞く耳持たない(笑)


亡くなる数日前、

私の夢に母が立ち現れた。


母の横に妹が黙ってぼーっと

立っていたことを思い出した。

母が大好きな子だった。


以前にもちょっと書いたが、

私の夢は往々にして、

ただの夢じゃない時がある。


今すぐ様子を見に行け!

と言いに来たの、お母さん?


それとも、連れて行くと?


そんなこと!

いまさら考えても仕方がない。


とにかく、


あとは神様が受け取ってくださる。



誕生日に描いてくれたこの絵、

私より妹に似ていると思う。


さあしかし、葬儀やら納骨やら、

手筈はせねばならない。


私は墓など要らないが、

妹は父母と一緒になりたいだろう。


葬儀〜荼毘はシンプルに、

墓は実家の墓に、

坊さんに嫌味を言われつつ、

なんとか入れてもらえることに。


こういうやりとりも自分では、

出来ないのでイライラする。

それに、申し訳ない。


あちこちT子に電話を頼んだ。


葬儀社はネットで探した会社だが

担当女史がとても有能な方で、

偏屈で感じの悪い実家の坊さんとの

やりとりを引き受けて下さって、

上手にまとめてくださった。

実にありがたかった。


9月3日土曜日午前中に荼毘。


仲良しの従姉妹たちが来てくれた。

弟も来たが、すでに老いさらばえ、

歩くのも困難な様子で、一同呆気。

マジがっくり。


こいつの始末も私かい?

思わず、天の父母を仰ぐ(笑)

いやいや子供たちに任せるっ!




妹はお骨になり、私の部屋にいる。


もっと私が気を遣っていれば、

今も生きていた。


気が利かないのは私の性格、

しのごの言っても仕方がない。


「ごめーん、気がつかなかった」

「気がついてちょうだいっ!」

母によく叱られた。


妹もよーくわかっている。


さっき、コーヒーを入れて、

妹には線香を炊いたら、

いつものコーヒー(インスタント)が


おおっと〜美味しい〜びっくりラブラブ


なにこの、


フルーティな香り照れ黄色い花


線香は2013年4月京都旅行の際、

比叡山律院の阿闍梨様と対面時、

お土産にいただいたもの。


さすがです。


しばらくの間、線香とコーヒー。

仏様と一緒に楽しもう。


合掌