ここ最近、週末になると国会図書館に入り浸り、ご先祖の住んでいた土地の歴史や風土についての調べごとをしています。

 

もともとは、知人の祖父がライフワークとして取り組んでいた家系調査に感銘を受けて始めたことなのですが、戸籍簿のような公的な記録や昔の文献などから、これまで知らなかった遠い先祖との繋がりを見つけたり、百年も二百年も前の暮らしぶりを想像したりするのは、パズルのピースを埋めていく、謎解きゲームのような面白さがあることに気づきました。

 

しかしこれ、調べごとを進めていくうち、お金のかからない都合のいい遊びを見つけたということ以上に、今この時代にしかできない活動なのだと、なんとなく使命感のようなものを、うっすら感じるようになりました。これより先の将来には、時間の壁を埋めることが、今よりもずっと難しくなるであろうからです。

 

調査を進めていくと、必ず時間の壁、にぶち当たります。特に、幕末から明治初期のあいだで、情報の断絶に出くわすことが多いと感じます。

 

江戸以前は、人々が住んでいる居住域の単位も小さいし、農民をはじめ、多くの人は土地に縛られる生活がベースであったからでしょうか、租税関係や知行に関する情報がよく記録されていて、その地域の郷土史などを読み解いていくと、地域差はあるものの、想像以上に細かな情報にあたることも多々あります。

その地域の有力な豪農や、大名の家臣であれば、歴史に名を残すような人物でなくても、個人名を見つけることもできます。

 

一方で、明治になると、旧土地台帳や、戸籍など、今でも手に入れることができて、調査の直接的な手掛かりとなるような情報が、法律によって整備されてくるようになります。

ただ、これらの情報、特に戸籍に関しては、戸籍法により保存期限が定められていることが厄介で、現行法では除籍後150年ですから、明治期の記録は、これから徐々に捨てていい期間になってくる、ということになります。

もっとも、2010年くらいまでは、保存期間が80年とされていたので、すでに廃棄の憂き目にあっているという場合もあります。

 

保存期間終了後の実際の廃棄処分については、各自治体の判断に委ねられており、地方では比較的残っていることも多いようですが、東京や仙台などの都市部では、物理的な保管スペースの都合からか、法令の定め通りに、廃棄処分されてしまっているケースが割と多いようです。

わが家も、ご先祖が住んでいた東京と仙台で、一部がすでに廃棄されており、明治初期のあたりの歴史を辿ることができなくなってしまいました。

 

明治初期の記録が残る戸籍が廃棄されてしまった場合、幕末頃までの文献から得られる情報と、明治以降のあいだの情報の紐づけのハードルが一気に上がることになります。明治以降は、明治初期の関所廃止や、華士族の秩禄処分などを背景に、人の移動が活発になっていることもありますので、なおさら難しくなってしまいます。

 

そうなると、この時間の隙間を埋めるには、ひとつには口承や私的な記録に頼るしかなくなります。さすがに、幕末から明治を生きた人にはもう会うことはできないですが、その時代を生きた人と会話したことがある世代、あるいはその家族から伝え聞いたというような、伝言ゲームの前半にいる世代の人には、今なら、まだ話を聞くチャンスがあるかもしれません。

 

そういう意味でも、この調査は、今しかできない活動、なのだと思います。老後になって興味が湧いたとき、遠い将来に子孫がファミリーヒストリーに関心を持ったときには、すでに多くの情報が、もはや調べても知ることができない情報になっている可能性が高い、のです。

 

インターネットが当たり前になって、何でもググれるこの時代に、ネットでは調べることができない情報が、まだ山ほどあることを痛感したのも、図書館通いを始めてから、あらためて気づかされたことです。

色々なものがデジタルに置き換えられていく中で、決して大衆の役には立たない、小さな町、小さな家族の情報が、次の時代へ残す情報のふるいから落とされ、少しずつ消えていくのもまた、事実ではないかと思います。

 

そんなわけで、大変しぶい遊びではあるのですが、今の時代にできることは今やっておこうということで、アナログとデジタルを繋ぐ最後の世代のひとつの使命を感じながら、花冷えや花粉と闘いながら国会図書館に通う、今日この頃なのです。