寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり -10ページ目

寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

想いは誰にも見えないから、このようにブログにしてみたのです。
ダメな僕を朝日とやらが映し出す時まで

結婚して3年。

転職して5ヶ月。

アトピー性皮膚炎を発症してからどれほどの月日が経過しただろう。


左手の薬指には毎日指輪をはめている。

右腕にはスマートウォッチをつけている。

ちなみに僕は右利きだけど腕時計は右腕につける派である。

推理小説では時計を右腕に付ける=左利きという推理をよく見掛けるけど、あれは嘘だといつも思う。

確率的には左利きが多いのだろうから世間的には真実にのかもきれないけど、

僕にとって真実じゃない以上、この理論には何の説得力もないと思ってしまう。

自分にとって本当かどうかってすごく大事だと思う。




話が逸れた。

左手に指輪、右腕に腕時計をつけていると、そこの部分がかゆくてたまらなくなる。

アトピーは本当にツラい。

頭、おでこ、もみあげ、ほほ、あご、首、肩二の腕、腕の関節部分、手首、指、お腹、尾てい骨、陰嚢、おしり、膝裏、ふくらはぎ…

全身の皮膚という皮膚がかゆくてかゆくて堪らなくなる。


皮膚科には行っている。

むしろ皮膚科にしか通院していない。

年間通院数は美容院に通う回数より多い気がする。

当然、それに費やす治療費も。


市販の薬もたくさん買う。

塗り薬、飲み薬、かゆい症状が治るなら何でも買った。

マツモトキヨシでは年間10万円くらい支払っているのではないかと思う。


最近はかゆみ止めならなんでも買う癖がついてしまった。

キンカンを買って痒くなったおでこに塗っているが、ちょっと刺激が強すぎる気がする。


実は塗り薬で刺激の強いものを使いすぎると、かえって症状が悪化するらしい。

アトピーの薬として代表的なものはステロイド剤だ。

これにより炎症(かゆみ)を抑えるらしい。

しかしこれを乱用してしまうと、ステロイド中毒になってしまい、かゆみに効かないただの麻薬となってしまうらしい。


僕は今、ステロイド中毒に陥りつつある。


頭に塗るローション剤も、指に塗る軟膏も、塗っても塗っても痒くて堪らなくなる。

ステロイド中毒になるのが嫌で、今は刺激の少ない保湿クリームを繰り返し塗っている。

けれど、何度塗っても先の患部が痒くて痒くて堪らなくなる。

頭を掻けばフケが出て、足を掻けば粉を吹く。

首を掻けば水膨れ、二の腕を掻けば出血する。

ああ、なんて辛く苦しいのだろう。


特に指先は酷い。

症状も酷いのだが、薬を塗ってもすぐに水に流れてしまうところがツラい。

手に塗ったのに流れてしまった薬だけでも数万円くらい掛かるのではないか、なんてケチな計算ばかりしてしまう。


いや、数値化する事はいい事だ。

痒いという症状の辛さを伝える方法として、

そこに費やした治療費や薬の量を提示する方法がある気もする。

これだけお金を掛けたのに治らないのです。ってね。

ああ、痒くてたまらない。


アトピー性皮膚炎は生活習慣が原因だと言う。

確かに野菜を食べるのと食べないのとでは、かゆい症状が段違いに変わってくる気がする。

ハウスダストが怖いから布団は晴れた日に干しているつもりだし、掃除機もこまめに掛けているつもり。

運動不足だからお風呂ではスクワットをするように心がけている。

ストレス要因になっているものもある。

結婚してもセックスレスなことや周りと比べて無能な自分が劣って見えることなど、それっぽい原因はいくらでもある。


でもきっとこれらのことが複合的に絡み合って、

痒い原因を作っているんだろうな。

だから塗り薬だけでは決して治癒しないんだろうね。




さて僕は今回の記事で一体何を語りたかったのかと言うと、

アトピー性皮膚炎が辛くて堪らないという事が、意図せずして僕の人生を支配してしまったと言う事である。

もし僕にかゆい症状が出てこなかったら、こんなにお金を費やすこともなかった。

こんなに時間を奪われることもなかった。

文句を言う事も、原因分析をする中で私生活の恥ずかしいストレスを見出すことも無かったのではないかと思ってしまう。


子どもの頃のある日から、期せずしてアトピー性皮膚炎と運命を共にするようになって、

時間をかけてお金を費やし体力と細胞を削ってきてしまった。

そしてこれはもう一生ついて回るような気がする。

なんとなく。一生治らないんじゃないかと。

不治の病。

ガンとかそう言うのじゃないけど、本人からすれば深刻な悩みなのである。

そしてそれは自分の意思に反してやってくる。


ああ、なんて不幸なのだろう。


世の中いったい何人の人が僕と同じ不快な思いを抱いているのだろう。

いや誰がそう思っているのかなんて関係ない。

いくら世の中に同じ人が居ようとも居なくとも、自分が不幸であることには変わりない。

皆が幸せだろうと不幸だろうと、

僕自身が不幸と感じるのならそれが全てなのである。

右腕に腕時計をつけたからと言って左利きだと言いきれないように、

僕はアトピー性皮膚炎である事に不幸とならざるを得ない状況なのである。


…ん?

なにかおかしい。

理にかなっていない気がする。

自分の意見に筋が通っていないのではないか。


まあいい。

それもこれも雨による湿気で頭や頬がかゆい中、この文章を書いているからだろう。

結局僕は自分の不幸を何かのせいにしてしか生きていけないのだ。

半天狗なのかな?