世の中への問題提起

世の中への問題提起

なんすかねぁ。精神病を抱えつつ、今の日本社会に絶望した、真正糞ニートが、人生の底辺で生きてきた中で思った「人生論」的なものを、偉そうに書いてる、スクラップみたいなブログですわ。誹謗・中傷には、メチャ弱いんで、その手の書き込みはご遠慮ください。よろしく!

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本当に、分からないヤツには分からないんだと思う。他人の心の痛みが理解できないヤツは、その必要性すらも理解ができないものらしい。
自分のやりたい事を主張するのは当然としても、それで他人がどう思おうが知った事ではないと言うのは、過剰な自由の主張にしか思えない。しかし、それを説明するだけの言葉をこちらが並べられなければ、知恵の無い未熟な人間として取り合おうともしない。あまつさえ説明できたとしても、自分の価値観にそぐわないものとして一蹴する。人に説明を求めておきながら、その心情に思いを馳せる事もなく、「意味が分からない」という言葉と共に、その心情ごと排他する。そして、それに傷ついたと、どんなに泣き叫ぼうが、感情的になって軽挙猛動する人間は人として扱わなくて当然と主張して相手にしない。
そういう排他的な態度がどれだけ人を傷つけるか?それすらも、「イジメはイジメられる側の問題」と言った理屈と同じように、人として扱われるだけの人間性を要求する。つまり、傷つけられたくなければ、それ相応の人間に成れという。
力無き者に慈悲と優しさを持たない。それでは世の中は本当に救われない。今、日本で起こってる諸問題の元凶はこれの気がする。力無き者は生きるに値せず。あたかもそれは、他人に無条件の受容と理解を求める人間よりも、生きるためにゴミ箱をあさる野良猫の方が生きる値打ちがあるとでも言い出しかねない言い分のように思う。
確かに、人間関係を求めるなら、自分から歩み寄る努力は必要だ。どちらか一方が、もう一方に頼りきる人間関係がこの地上にあってたまるか!とも思うのも紛れのない事実だ。しかし、その努力をできない状態の人間に、無条件の受容がない、そんな慈悲のない話があるか?
そして、誰かを思いはかる事のできない人間が、誰かから粗末に扱われたとして、何の反論の余地があるのか?情けは人のためならずとは、上手いことを言ったものだと思う。他人に情けをかける事が、情けをかけた相手にも誰かを優しくする心のゆとりを与え、それが人間関係を円滑にするものではないのか?己の優先権のみを主張し、その優先された事に感謝する訳でもなければ、何かで恩返しをする気にもならない。そういう態度が、傲り高ぶった傲慢な態度だとの批判を受けて、それを否定するものの道理があるだろうか?病気だから、老人だから、女だから。そんなステレオタイプに支配されて、他人からの奉仕的行動に感謝の弁もなくして、世の中がギスギスしないはずはない。この国は、なるべくしてこうなったんだと思う。相手の気持ちを思いはかる事ができない人間のわがままで、世の中のマナーは一杯だ。その元凶たる団塊世代が、経済価値観のみで己の行動を律した事が、この国を完全におかしくしたんだ。それすらも、団塊世代には不当な批判なのだろう。けっきょく、実績や地位、名誉ある人間のみの心情だけが守られ、それを手にするだけの実力の無い人の意見
は排他される。労働者として社会に貢献できなければ、人間としての最低限の値打ちすらない。それに比べて自分達は立派だ。高度経済成長を支え、欲しい物もやりたい事も我慢し続けて社会に貢献した。自分達はなんて立派なんだ。団塊世代にはそういう思いがあるからこそ、人を不当に扱うほどの優先権を主張するんだと思う。ただ、その中で蔑ろにされた家族の心情はだったらどうなる?妻、子供すらも、夫や父親の労働のために、心情ごと蔑ろにされることも、この国には必要な犠牲だったとでも言うのか?それでは、あまりにも慈悲が無さ過ぎではないか?人間は感情で生きるものだと思う。それを蔑ろにされれば、自ずと人の心は離れ、疲弊の一途を辿る。それすらも、人間として軟弱なことだと主張する輩もいる。日本人が思う人間としての最良の生き方は、オレには、人間の尊厳の否定に思える。
だから、団塊世代とオレとでは分かり合えるとは思えないんだよ。そして、この国の現状の元凶は、オレにとっては紛れもなく団塊世代側に有る。今の若者が軟弱になったんじゃない!団塊世代の生き様が人に対して、ともすれば団塊世代自身にとっても無慈悲過ぎるんだ。誰かの無条件の受容無くして、人は生きられない。その責務を怠ったのは、他ならぬ団塊世代なんだよ。そして、その必要性すらも分からないのであれば、もはや団塊世代と語り合う事は何も無い!その代わり、団塊世代がどんなに自身の主張を蔑ろにされようとも、一切聞く耳を持つ気は無い!そして、今から他人に受け入れてもらおうと努力する事すら許さん!ドブネズミはドブネズミらしく、下水道の中で暮らして、這い出てくるんじゃない!それが、団塊世代が受ける当然の報いなんだよ。家族の存在を、自分の労働のための当然の犠牲と思っていた連中が、今さら誰かに優しくされたい、気を使われたいと優先権を主張する事が、犠牲になった側にはどれほど傲慢で自分勝手な態度に写るか?
生きていたくば、そうしてろ!その代わり、他人に迷惑をこれ以上被らせるな!もはや、優先権の主張こそが、他人に迷惑を被らせる事になってるんだよ。
しかし、そう言ったところで、理解はできない。何故なら、団塊世代が優先権を主張するのは、ヤツらにしてみれば当然の権利の主張だからだ。しかし、それを認めるなど、あまりにも我が身が哀れ過ぎる。他人には許容するゆとりが有るのだろう。しかし、もはや、オレには、団塊世代がこれ以上我が物顔で街中を歩くことが我慢ならん!
団塊世代に限らない。学歴がない人間、感情的に行動し、時に軽挙猛動してしまう人を、人として未熟だからとその主張に聞く耳を持たないヤツらにも我慢ならん!そんな慈悲の無い話があるか?この国の人間の平等とは、学歴や地位、名誉が有る事が前提条件になってしまってる。それを身に付ける実力の無い人間に、本当にこの国に生きる最低限の権利のすら有るのか?とてもじゃないが、それを認めてるようにオレには思えん。そんなに慈悲の無い話があるか?
団塊世代や人を見下してるヤツがいるから、そういう連中に仕返ししてる。それだけの事だ。