以下コピペ
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【ワシントン時事】21日付の米紙ワシントン・ポストは、安倍晋三首相が、沖縄県・尖閣諸島の問題について、中国の政治構造に「根深い問題」があると発言したと報じた。首相は同紙のインタビューで「力によってルールを変え、領海や領土を奪うことはできない」と強調した。
首相は中国の海洋進出の要因に関して「(中国は)市場経済を導入した結果、結果の平等という正当性の柱を捨てた。彼らは別の柱を必要としており、一つは高度経済成長、もう一つが愛国主義だ」と分析。その上で、中国は経済成長のために資源を求め、さらに「愛国主義教育、反日教育によってつくられたムードは日本との友好な関係を阻害している」と述べた。
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これについて中国側の発言
洪磊報道官は、われわれは報道内容に大きな驚きを感じていると述べ、「隣国について公然と歪曲、批判し、国家間の対立を煽る(あおる)安倍首相の発言が、国際社会の理解を得ることは不可能だ」と反論した。
洪磊報道官はさらに、「日本が中国の領土に干渉し、歴史および中国の外交政策を歪曲しようとしていることは座視できない。われわれは日本政府に対して発言の真相を説明するよう強く求めた」と述べ、なんらかの対抗手段をせずには済まさないとの考えを明らかにした。
中国にも尖閣は日本だと認めていた文書あるじゃん~
↓これ
中国外交文書に「尖閣諸島」=日本名明記、「琉球の一部」と認識-初めて発見
以下コピペ
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【北京時事】沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐり中国政府が1950年、「尖閣諸島」という日本名を明記した上で、琉球(沖縄)に含まれるとの認識を示す外交文書を作成していたことが27日分かった。時事通信が文書原文のコピーを入手した。中国共産党・政府が当時、尖閣諸島を中国の領土と主張せず、「琉球の一部」と認識していたことを示す中国政府の文書が発見されたのは初めて。
尖閣諸島を「台湾の一部」と一貫して主張してきたとする中国政府の立場と矛盾することになる。日本政府の尖閣国有化で緊張が高まる日中間の対立に一石を投じるのは確実だ。
この外交文書は「対日和約(対日講和条約)における領土部分の問題と主張に関する要綱草案」(領土草案、計10ページ)。中華人民共和国成立の翌年に当たる50年5月15日に作成され、北京の中国外務省档案館(外交史料館)に収蔵されている。
領土草案の「琉球の返還問題」の項目には、戦前から日本側の文書で尖閣諸島とほぼ同義に使われてきた「尖頭諸嶼」という日本名が登場。「琉球は北中南の三つに分かれ、中部は沖縄諸島、南部は宮古諸島と八重山諸島(尖頭諸嶼)」と説明し、尖閣諸島を琉球の一部として論じている。中国が尖閣諸島を呼ぶ際に古くから用いてきたとする「釣魚島」の名称は一切使われていなかった。
続いて「琉球の境界画定問題」の項目で「尖閣諸島」という言葉を明記し、「尖閣諸島を台湾に組み込むべきかどうか検討の必要がある」と記している。これは中国政府が、尖閣は「台湾の一部」という主張をまだ展開せず、少なくとも50年の段階で琉球の一部と考えていた証拠と言える。
東京大学大学院の松田康博教授(東アジア国際政治)は「当時の中華人民共和国政府が『尖閣諸島は琉球の一部である』と当然のように認識していたことを証明している。『釣魚島』が台湾の一部であるという中華人民共和国の長年の主張の論理は完全に崩れた」と解説している。
中国政府は当時、第2次世界大戦後の対日講和条約に関する国際会議参加を検討しており、中国外務省は50年5月、対日問題での立場・主張を議論する内部討論会を開催した。領土草案はそのたたき台として提示されたとみられる。
中国政府が初めて尖閣諸島の領有権を公式に主張したのは71年12月。それ以降、中国政府は尖閣諸島が「古来より台湾の付属島しょ」であり、日本の敗戦を受けて中国に返還すべき領土に含まれるとの主張を繰り返している。
領土草案の文書は現在非公開扱い。中国側の主張と矛盾しているためとの見方が強い。
中国外務省の外交文書「対日和約(対日講和条約)における領土部分の問題と主張に関する要綱草案」の原文コピー。写真右は表紙、同左は75ページにある「尖閣諸島」の文字






